第二話 バースデー・サプライズ

2-1

 指定してい警戒けいかい都市とし横浜よこはま


 東京湾とうきょうわんに面したこの港湾こうあん都市としは、危険な犯罪者はんざいしゃたちがはびこる日本有数のクライムシティである。そのため、警察けいさつだけでは対処しきれないトラブルがいくつも起きていて、そういったトラブルは『掃除屋そうじや』と呼ばれる業者ぎょうしゃがこっそりと『掃除』していた。

 

「ねえ、鈴理すずり


 金髪きんぱつツインテールの童顔どうがんな少女、星れえなが言った。声をかけられたのは、黒髪くろかみポニーテールの美人めな少女、港川みなとがわ鈴理すずりである。


「もしひまだったらでいいんだけど……金曜の放課後ほうかご、うちにこない?」


 ふたりとも地元高校のクラスメイト同士なので、同じブレザー制服を着ている。その会話の内容は、高二女子としてはごく一般的いっぱんてきなものだ。


 しかし、状況じょうきょう異常いじょうそのものだった。


 というのも、れえなは『二脚にきゃく兵装へいそう』と呼ばれる兵器の操縦席そうじゅうせきに座っていたのである。


 セーターをそでにした両手が操縦桿そうじゅうかんを動かし、ローファーをはいた小さな足がフットペダルを踏み込む。れえなの操縦そうじゅうで、ガスタービンエンジンがうなりをあげる。


 その『二脚にきゃく兵装へいそう』は、人型をしていた。


 あざやかなブルーに塗装とそうされたれえなの『二脚』が、左腕にくくりつけたじゅう機関銃きかんじゅうを発射した。れえなの機体は、テロリストが乗った別の『二脚』と戦っているのだ。


 二脚兵装。それは、二足歩行型の大量たいりょう生産せいさん兵器へいきである。


 ソ連やアメリカといった大国が冷戦期れいせんき乱造らんぞうし、いまやテロリストたちの道具として広く流通りゅうつうしてしまった兵器。横浜にも、数えきれないほどの『二脚にきゃく』が持ち込まれて、テロや犯罪に使用されている。


 そして、れえなと鈴理は正義の『掃除屋』であり、いままさにテロリストの『掃除』をしているところだった。


『遊びに行くのはいいけど、なんで?』


 鈴理がれえなに聞いた。インカムごしの音声通話だ。


「えっ、だって、そのぅ……鈴理と一緒いっしょにあそびたいから……」


 テロリストの『二脚』と戦いながら、れえながもごもごと答えた。


 それはうそではなかったけれど、本当の理由は別にある。今週の金曜日――九月二十五日は、港川みなとがわ鈴理すずり誕生日たんじょうびなのだ。だかられえなは、彼女を家に呼んでサプライズでプレゼントあげようと思っていたのである。


 れえなは鈴理とそんな会話をしつつ、その片手間かたてまにテロリストの機体を武装ぶそう解除かいじょさせた。



   *****



「れえなの家、久々ひさびさに行くな~」


「う、うん。そーだね」


 れえなと鈴理すずりは、学校からの帰り道を並んで歩いていた。


 二〇二六年、九月二五日、月曜日――鈴理の誕生日たんじょうびである。そして彼女は予定どおり、れえなの家に来てくれることになっている。れえなはそこで、鈴理にプレゼントをあげようと思っていた。


 午後の通学路つうがくろにはほとんど人がおらず、平穏へいおんそのものだ。


 指定してい警戒けいかい都市とし、なんて言われているけれど、なにも横浜のすべてが犯罪者はんざいしゃたちの庭というわけではない。おもだった学区に『悪いやつら』はいないし、危険度きけんどの低い地域ちいきには観光客かんこうきゃくだっている。ふつうにらす分には、ほか都道とどう府県ふけんとそう変わらない平和さなのだ。


 そんな道をしばらく歩き、ふたりはれえなの家についた。


 ごく普通のマンションの三階にある一室。そこがれえなの部屋だった。


「じゃあ、どうぞ……」


 れえなが言って、ドアを開ける。鈴理はドアをくぐって中に入り、


「おじゃましま――いや、部屋きったな!」


 中のらかり具合ぐあいに、思いっきり顔をしかめていた。


「まって、ちがうの!」


 れえながあわてて中に入り、弁明べんめいをはじめる。


「ほんとはね、いつもより一時間早く起きて片付けようと思ったの」


 その言葉に、鈴理が納得なっとくした顔であいづちを打つ。


「はいはい。寝坊ねぼうしたのね」


「ううん、ちゃんと起きたよ」


「は?」


 まゆをひそめた鈴理に、れえなが説明する。


「ちゃんと起きたんだけど、きたなすぎて無理むりだった! だからあきらめた!」


「……だろうね。これは一時間で終わる汚さじゃないわ」


 あきれかえった様子ようすで、鈴理が言った。


「前に来たときはこんなじゃなかった気がするけど」


「そのときはしたてだったからね」


 れえなの返事にしばらく考え込んでいた鈴理が、ふいに「わかった!」と言ってぱちんと指を鳴らした。そして、満面まんめんの笑みでこう言ったのだ。


「ここにあるもの全部ぜんぶてよう!」


「えっ」


 目を点にするれえなを無視むしして、ニコニコの鈴理がまくしたてる。


「こういうのはさ、モノが多すぎるから散らかっちゃうんだって」


「でもまって」


「いっそのこと全部捨てちゃおう。ちょっと待ってて、ゴミ袋買ってくるから!」


「まって、鈴理――ちょっとぉ~~!」


 そして、れえなが止める間もなく、鈴理はダッシュで階段をりていった。


 港川鈴理は、ネコのように自由じゆう奔放ほんぽうな女子である。しかも、やりたいことを決めたらなかなか自分の意見を曲げない頑固者がんこものだ。


「もー、なんでいつもこうなの~~っ!」


 このまま大掃除おおそうじ大会たいかいが始まってしまえば、プレゼントを渡すどころじゃなくなってしまう。どうしてこうもうまくいかないんだ。

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