掃除屋JKちゃんずのメカバトルレポート

こぱか

第一話 クリーニング・ガールズ

1-1

 神奈川県かながわけん横浜市よこはまし午後ごご五時二十一分。


 空は茜色あかねいろまっている。ビルやマンションが立ちなら大通おおどおりは、夕焼ゆうやけ色にらされていた。平日の夕方だからか、くるまどおりはまばらで、道行く人も多くはない。


 そんなとおりに面した駐車場ちゅうしゃじょうに、三台のトラックが停車ていしゃしていた。うち二台が発車し、一台がその場に取り残される。


 その取り残された一台に、異変いへんきた。


 荷台にだいがゆっくりと開いていく。その荷台から、低いうなり声のようなディーゼルエンジンの音が聞こえてきた。そこへ、油圧ゆあつアクチュエータのたてるわずかな騒音そうおん上乗うわのせされる。


 そうして、荷台の上に『何か』が立ち上がった。


 その『何か』は、


 正確せいかくには、人間型をした巨大な機械マシンである。全高は約三メートル。その人型は、逆三角形の胴体どうたいに、円筒形えんとうけい両腕りょううでそなえ、角ばった両脚りょうあし荷台にだいに立っていた。それは球体状きゅうたいじょうの頭部をぐるりとめぐらせ、荷台の上から周囲しゅうい景色けしき見渡みわたしている。


 ――二脚にきゃく兵装へいそう通称つうしょう、『二脚』。


 それは、第二次だいにじ世界せかい大戦たいせんにて生み出された、人間型の搭乗とうじょう兵器へいきである。冷戦期れいせんき量産りょうさんされた『二脚にきゃく』は、現代においてはテロリストたちの手にわたり、『便利べんりな武器』として世界中で使われていた。


 そうは言っても、そんな兵器は日本の市街地しがいちにあっていいモノではない。ようするに、テロである。『二脚にきゃく兵装へいそう』を用いたテロ攻撃が、ここ横浜よこはまで今まさに行われているのだ。


「やっちゃったなあ……」


 その光景こうけいとおまきに見ていた少女――黒髪くろかみポニーテール女子、港川みなとがわ鈴理すずりがぼやいた。そのとなりでは、金髪きんぱつツインテール女子、星れえながぜえはあと肩で息をしていた。ふたりは、地元じもとの高校に通う高校生である。


「……これってさ……れえなたちのせい?」


 れえなが聞いた。


「まあ、そうなるね」


 鈴理すずりが答える。


「……へへ」


 れえなが引きつった笑みをかべた。


二脚にきゃく兵装へいそう』が、トラックの荷台にだいからりる。それは、右手に持ったじゅう機関銃きかんじゅうを持ち上げると、周囲しゅういにあるものをあたりかまわず攻撃こうげきしはじめた。


 じゅう機関銃きかんじゅうが火をふき、やかましい炸裂音さくれつおんがとどろく。


 銃弾じゅうだんの雨をうけ、乗用車じょうようしゃが次々にはじけ飛んでいった。看板かんばんが紙くずかのようにバラバラにされ、コンクリへい自販機じはんきがいとも簡単かんたん粉砕ふんさいされる。まばらだった通行人つうこうにん悲鳴ひめいをあげて逃げていき、通りかかった車はあわててスピードを上げ、逃走とうそうしていった。


 しかし、鈴理すずりとれえなだけはさず、ぼんやりとその様子ようすをながめている。


『そこの二脚にきゃく! すみやかに機体を停止ていしさせなさい!』


 ふいに、そんな警告けいこくが聞こえた。


 交差点こうさてんの先に、また別の二脚にきゃく兵装へいそうが立っていたのだ。あざやかな水色に塗装とそうされ、頭頂部とうちょうぶにパトランプをそなえた、やたらと四角い機体きたいだった。


 ――神奈川かながわ県警けんけい機動隊きどうたいSATサット所属しょぞく、対テロ用の二脚にきゃく兵装へいそうである。


『聞こえなかったのか! すぐに機体を――』


 それには答えず、テロリストの機体がじゅう機関銃きかんじゅうちはじめる。


 SAT機があわててシールドをかかげた。シールドはみるみるうちに穴だらけになっていく。その間に、テロリスト機は全速力で突進とっしんしていき――


 衝突しょうとつ


 テロリスト機の体当たりがSATサットをふっとばし、機体はすぐ横のクリーニング屋にいきおいよくつっこんだ。一瞬いっしゅんにしてガラスがれ、窓枠まどわくはひしゃげてはじけ飛び、内装ないそうがばらばらに粉砕ふんさいされる。


 さらに、テロリスト機はちとばかりにじゅう機関銃きかんじゅうった。


 クリーニング屋に半身はんしんんでいたSATの機体きたいは、その直撃ちょくげきを受けた。SAT機が穴だらけになり、炎上する。それを確認かくにんすると、テロリストの機体は一目散いちもくさんげだした。


「あちゃ~……」


 鈴理すずりが両手で顔をおおう。


「ねえ鈴理すずり、わたしたち怒られる?」


「まあ、そうだろうね」


「……へへ」


 涙目のれえなが笑みをひきつらせる。


 ――指定してい警戒けいかい都市とし横浜よこはま


 テロが増加ぞうかする現代日本において、横浜はもっと危険度きけんどが高い都市とされている。このまちでは、『二脚にきゃく』を使った凶悪きょうあく事件じけんがひんぱんに起こるのだ。


 そして、鈴理すずりとれえなの正体は、こういう事件じけん未然みぜんふせぐための『掃除屋そうじや』なのだった。警察けいさつでは対処たいしょしきれない事案じあん片付かたづける、正義せいぎよごやくだ。


 まあ、今まさにそのオペレーションに失敗したばかりなのだが。



   *****



 午後六時五十二分。


 鈴理すずりとれえなは、制服のままゆか正座せいざさせられていた。

 

 港川みなとがわ鈴理すずり、十六歳、高校二年生。黒髪くろかみポニテ、ながの目をした美人な顔立かおだちで、すらっとした体格たいかくの少女である。


 ほしれえな、十六歳、同じく高校二年生。金髪きんぱつツインテに、アーモンドじょうの目が特徴的とくちょうてき童顔どうがんの少女。鈴理すずりよりも少し背が低く、高校二年生としては小柄こがらなほうだった。


「「……こいつのせいです」」


 鈴理とれえなは、お互いを指さしてそう言った。


「いや、れえながでかい声出したのが原因だから!」


「そもそも鈴理がいじわるしたのが悪いんじゃん!」


 正座せいざしながらいがみあう鈴理とれえなを前にして、デスクにすわった男は目頭めがしらみながらため息をついた。ここは男の執務室しつむしつであり、二人は説教せっきょうのために呼び出されたのだ。


 千田せんだあきら、三十六歳。黒髪くろかみをオールバックにした、ワイルドな顔の男だ。


「だまれ。少しは反省はんせいしたらどうだ」


 千田せんだに言われて、鈴理とれえなはおたがいにふいっと目をらしてだまむ。


「おまえらのレポートを読んだが……なんだこれは。ふざけているのか」


 二人がばつの悪そうな顔をするのを横目よこめに、千田せんだがレポートを読み上げる。


「『スズリとレーナの両名は、テロリストたちの武器の受け取り場所へとバスで向かった。車内でレーナが寝始ねはじめたため、スズリは一人でバスをり、先に現場げんばに行った。寝過ねすごしたことに気付いたレーナは、一駅先で降り、走って現場に向かった』」


「ね、ボス! 悪いのはわたしを起こさなかった鈴理のほうなんですよ?」


 気味ぎみ弁明べんめいするれえなに、鈴理がジト目を向ける。


「バスでる方が悪いでしょ」


「だって眠かったんだもん! っていうか、起こしてくれたっていいのに!」


「だまれ」


 さわぎ出した二人をじろりとにらんでから、千田がつづける。


「『スズリはテロリストを“始末しまつ”するため、現場を見張みはっていた。そこに走ってきたレーナが、“鈴理すずり!! なんで先に行っちゃったの!?”と大声を発したことで、スズリが現場を見張みはっていたことを敵に察知さっちされた』」


「ほら、ボス。悪いのは全面的ぜんめんてきにれえなの方なんですよ。私はちゃんと仕事をしてました」


「ちがっ……! しょーがないよ、てたんだから!」


「そもそも寝るのが悪いんだよなあ」


「『危険きけん察知さっちしたテロリストたちは、トラック二台を発車させるかたわら、一台をその場に残して陽動ようどうを開始。付近ふきん警戒中けいかいちゅうSATザットがそれに気づき、戦闘せんとうになった。スズリ・レーナ両名ともトラックを手段しゅだんがなかったため、テロリストたちの逃走先とうそうさきはわからない』」


 千田せんだがデスク上のモニターから目をはなし、正座せいざする小娘ふたりの方を見た。


「……ふざけているのか」


『ハードボイルド』を自称じしょうしている千田の声が、怒気どきをはらんでふるえていた。やばい。この人めっちゃキレてる。


「「すみませんでした」」


 鈴理とれえなはいちもなく土下座どげざした。


 ようするに、鈴理とれえなはテロリストを秘密裏ひみつりに『掃除そうじ』するミッションを行っていて、些細ささいなミスでそのテロリストを取り逃がしてしまったのだ。


 ――国内における凶悪きょうあく犯罪はんざいやテロ攻撃は、年を追うごとに増えてきている。今の法律ほうりつ政治せいじ体制たいせいでは、それらに対処たいしょしきれないのが現実だった。


 そこで生まれたのが、『掃除屋そうじや』という仕事だ。


『掃除屋』は非合法ひごうほう手段しゅだんを使い、警察けいさつが対処しきれない事案じあんを『掃除』する。政府はそれにたよりつつ、知らないふりをし続ける。鈴理たちは、やみの中でやみつ、正義せいぎころなのである。


 しかし――


「さっき、大ボスから連絡れんらくがあった」


 千田が言う。


「今から二十時間後――明日の十五時に、港川みなとがわ鈴理すずり、星れえな両名りょうめい解雇かいこ。すべての身分みぶん証明しょうめい抹消まっしょうし、『殺処分さつしょぶん』とする」


 殺処分。


 つまり、鈴理とれえなは今回のミスが原因げんいんで殺されるということだ。


「「えぇ~~~っ!?」」


 二人がそろって大声をあげる。千田は顔をしかめつつ、話を続けた。


「おまえらのような不真面目ふまじめなエージェントは、オペレーション全体の邪魔じゃまになる。それが解雇かいこの理由だ。そして、おまえらは日本の暗部あんぶを知りすぎているため、このまま生かしておくわけにはいかない――それが殺処分さつしょぶんの理由だ」


 れえなが泣きそうな顔で言う。


「ちゃんとあやまります! だからゆるしてもらえませんか……?」


 鈴理が口をとがらせて言う。


「私だって人間です。ミスをするのは当たり前じゃないですか」


 しかし、千田はためいきをついて、かぶりをった。


「いいや、交渉こうしょう余地よちはない」


 それを聞いて、鈴理とれえなはフリーズする。そして、お互いに顔を見合みあわせた。


「だが――」


 何かを言いかけた千田をさえぎって、れえなが口を開いた。


「どーするの!? わたしたち死刑になっちゃったよ!?」


 鈴理がまなじりをつりあげて、それに答える。


「なに、私のせいって言いたいの!?」


 そうして、二人のケンカが始まった。


「そうだよ! だって鈴理がいじわるしなきゃよかったんだもん!」


「はいちがいますう。れえながポンコツで役立たずだから連れていく必要ないって思っただけ! どうせ来たってなんもできないんだから!」


「でた! なんでそんなに性格わるいの!? おに! 悪魔あくま!」


「れえながなんにもできないのは事実だし!」


「鈴理だって、いつも待ち合わせにちょっとだけ遅刻ちこくしてくるでしょ!」


「それいま関係かんけいある? れえなだって部屋の片づけできないくせに!」


「鈴理は魚料理さかなりょうりばっかり食べてバカみたい! アシカじゃないんだから!」


「そっちこそハンバーグとか卵焼たまごやきとかいつまで赤ちゃんみたいな――」


「だまれ」


 千田がぴしゃりと言いはなち、言い合いをする鈴理とれえなをじろりとにらんだ。


「ケンカは外でやれ。うるさくてかなわん」


 冷静れいせいさを失い、頭に血がのぼっていた二人は、そのまま千田の執務室しつむしつ退出たいしゅつし、幼稚ようちなケンカをつづけながら自分たちの家に帰った。



   *****



 その翌日よくじつ。午前八時三分。


「「……どうしよう」」


 鈴理すずりとれえなは顔を合わせるなり、ふたりそろって神妙しんみょう表情ひょうじょうをうかべた。


 ここは朝の教室きょうしつだ。鈴理たちは高校二年生のクラスメイト同士であり、仕事しごとがないときは普通ふつうに高校にかよっているのである。


 ホームルームの時間にはまだ早いからか、教室きょうしつにいる生徒せいとは少ない。制服姿せいふくすがたの鈴理とれえなは、窓際まどぎわせきでひそひそと話していた。


「今日の十五時って言ってたよね!? もうあと六時間しかないよ!?」


 れえなが涙目なみだめで言った。


「七時間ね。あいかわらずバカだなあ、れえなは」


 鈴理が肩をすくめた。


「そんなのどうだっていいよ! あぁぁ、どーしよう!?」


 あと七時間。


 それは、鈴理とれえなが殺されるまでのタイムリミットである。


 思い返せば、昨日の夜はどうかしていた。残された人生があとわずかということを、れえなとケンカしたイライラですっかり忘れてしまったのだ。そして、あさきたときにようやく、『あ、私今日死ぬのか』なんて思い出した。


「おちついて。こういうときにあわてふためくのはダサいから」


 鈴理が言うと、れえなは「えっ」と目を丸くした。


「……わたしダサいの?」


「うん。めちゃくちゃダサい」


「がーん」


 ショックを受けたれえなに、鈴理が言う。


「とりあえず、整理せいりしよう」


 れえながこくこくとうなずいた。


「七時間後に、私たちの身分みぶん証明しょうめいがぜんぶ消される。で、掃除屋そうじやに殺されるのが先か、警察けいさつにつかまるのが先か……って感じになると思う」


 鈴理とれえなは孤児こじだった。


 そもそも『掃除屋そうじや』の実行じっこう部隊ぶたいは、訓練くんれんされた孤児こじであることがほとんどだった。身よりのない子供なら洗脳せんのうもしやすいし、ごまにもしやすいというわけだ。


 つまり、鈴理たちの身分みぶん証明しょうめいは、大人たちがでっちあげたものなのだ。そんなのすぐに抹消まっしょうできるし、そうされてしまえば鈴理たちは家も口座こうざもなにもかも失ってホームレスになってしまう。

 

「……よし。国外こくがい逃亡とうぼうするか」


 鈴理が言った。


海外かいがいに行けるの!?」


 れえながぱあっと表情ひょうじょうを明るくする。


「行こう行こう。ってか、それしかないでしょ。どこがいい?」


「えっとね、わたしはグアムとかがいい!」


 にわかにテンションをあげたれえなと一緒いっしょに、明るい気持ちで逃亡先とうぼうさき調しらべる。しかし、数分もたたないうちに鈴理は「あーだめだ」とつぶやいた。


「いまからじゃパスポート取れないや。二週間にしゅうかんかかるっぽい」


「そうなの? 土下座どげざしてもムリ?」


全裸ぜんら土下座どげざでもムリ。たぶん」


「そんなにムリなんだ。全裸ぜんら土下座どげざ最強さいきょうだと思ってたのに」


 二人して腕を組み、「うーん」と考えこむ。こうしているうちにも時間はどんどんぎていく。笑顔えがお死神しにがみが、人生のゴール地点で手をふっているのが見えた気がした。


「よし、ボスにどうしたらいいか聞こう。ほんとはダサいからイヤだけど、えり好みできる状況じゃないし」


「そうだね」


 鈴理とれえなはうなずきあって、ボスの千田にライン通話つうわをかけた。


『……なんの用だ』


死刑しけいからげたいんですけど、どうすればいいですか?」


『おまえらなぁ……』


 千田の声が怒気どきをはらんでふるえている。どうやら昨日のことでまだ怒っているらしい。


「大人なんですから、もうそろそろ許してくださいよ」


『バカを言うな。おまえら問題児もんだいじコンビに俺がどれだけなやまされたと思っている』


 それに関してはぐうの音も出ない。実際じっさい、鈴理とれえなはまじめなエージェントだとは言いがたく、『掃除屋そうじや界隈かいわいでも悪名高あくみょうだかいコンビなのだ。


「ボスぅぅ~~!」


 れえなが鈴理のスマホをうばって、言った。


「たすけてくださいよぉぉ~~~!」


 すると、千田がため息をついてから、こう言った。


『おまえたちの殺処分さつしょぶん決定けってい事項じこうで、交渉こうしょう余地よちはない。少なくとも、今のままではな』


「今のままでは?」


 鈴理がかえす。


『ああ。だが、上を納得なっとくさせられる材料ざいりょうそろえば、交渉こうしょう自体じたい可能かのうだ』


 それを聞いて、鈴理とれえながおたがいに明るい顔を見合みあわせた。


「なーんだ! ボス、そういうのは早く言ってくださいよ~」


 れえなが言うと、イライラした様子ようすの千田が、


『言おうとしたが、その前におまえらがケンカをはじめたんだ』


 と返してきた。


「それで、『上を納得なっとくさせられる材料ざいりょう』ってなんですか?」


 千田のイライラを無視むしして、鈴理が聞いた。


『結果が必要だ。おまえらが“掃除屋そうじや”にとって不可欠ふかけつであることを示す結果がな』


「それってなんですか」


『知らん。こっちが聞きたいくらいだ』


「えぇ~~! ボスぅ~~っ」


 れえなが泣きつくと、千田は『だまれ』と言ったあと、こう続けた。


『今できることといえば、昨日がしたテロリストの始末しまつくらいのものだ。まだ警察けいさつでも行方ゆくえつかめていないらしいからな。何もしないよりはいいだろう』


 その言葉ことばに、れえなが鈴理のほうを見た。


「うん。やろう」


 鈴理がうなずくと、れえなは「わかった!」と返事へんじをした。


『そうは言っても、テロリストの居場所いばしょは俺たちにも見当けんとうがついていない』


「でも、ちょっとはしぼめてるんですよね? リストとかありますか?」


現状げんじょう可能性かのうせいがあるのは二十三か所だ。候補こうほリストやその他データはいつもの場所からダウンロードしろ』


 鈴理はスマホを操作そうさして、リストをざっと確認かくにんした。


「わかりました! ありがとうございます!」


『待て、スズリ。おまえ、まさか――』


 千田が言い切るのを待たず、鈴理は通話を切った。そして荷物にもつをまとめながら、れえなに言った。


「行こう、れえな」


「んぇ? でも、テロリストの居場所いばしょはわかってないんだよね?」


 首をかしげたれえなに、鈴理が不敵ふてきな笑みを返す。


「タイムリミットまであと七時間。それまでに、二十三か所ぜんぶに強行きょうこう突入とつにゅうすればいいだけじゃん。時間ないんだからさ、パワープレイでいくしかないって」



   *****



「むりむりむりむりぃ―――っ!!」


 泣きわめくれえなの手をひっぱりながら、通路つうろける。


 ここは、廃墟はいきょとなったスーパーマーケットである。ボスからもらったリストにある二十三か所のうちの一つだ。鈴理たちは死刑をまぬがれるため、ローラー作戦で二十三か所すべてをあたり、なにがなんでもテロリストを探し出すつもりなのだ。


 廃墟はいきょとなった店内は薄暗うすぐらく、空になったゴンドラ什器じゅうきがずらりとならんでいるだけの殺風景さっぷうけいな場所だった。


 そして今は、凶悪きょうあく犯罪者はんざいしゃ銃撃戦じゅうげきせんをしているところだ。


「なんでこうなるの~~っ!?」


 わめくれえなをよそに、鈴理はトリガーを引く。


 ベレッタ92A1。イタリア製のハンドガンだ。


 ぱんぱん、というかわいた炸裂音さくれつおんとともに、九ミリのパラベラム弾が発射される。犯罪者はんざいしゃがひっこんだ。空のゴンドラ什器じゅうきに弾丸が当たり、火花を散らす。


 敵がかえしてきた。


 鈴理は足を止めない。ベレッタでてきをけん制しつつ、れえなの手を引いたまま什器じゅうきのあいだを走り抜ける。


 ときに、横浜よこはまは『指定してい警戒けいかい都市とし』である。


 言いかえれば、ここは『犯罪者はんざいしゃたちの庭』だ。警察けいさつはがんばっているけれど、それでもテロリストや密輸みつゆ武器ぶき流入りゅうにゅうが止まらない。この都市は、犯罪者はんざいしゃたちと警察けいさつがしのぎをけずる、現代戦の最前線さいぜんせんなのだ。


 だから、廃墟はいきょ凶悪きょうあくな犯罪者がひそんでいることなど、この横浜では日常にちじょう茶飯事さはんじだった。


「まって鈴理! 速いって――ぐえっ」


 言いかけたれえなが、その場でずっこけた。金髪サイドテールとスカートをひるがえし、れえながうつぶせにぶったおれる。


「すず――」


 涙目なみだめで起き上がろうとしたれえなを、鈴理がゆかさえつける。そこへ敵の銃弾じゅうだんが飛んできて、金髪きんぱつの頭をかすめて床に弾痕だんこんをうがった。


「ひぇ」


 れえなが小さく悲鳴ひめいをあげる。


 鈴理は素早すばや上体じょうたいを起こし、ベレッタをかまえる。敵はゴンドラ什器じゅうきから半身はんしんを出し、たおれたれえなのことをねらっていた。すぐにトリガーを引く。


 あざやかなヘッドショット。


 敵は身を引っ込める間もなく、鈴理すずり正確せいかく射撃しゃげきたおれた。これでひとりめ。


 敵は全部で三人。見たところ、かれらは鈴理たちが始末しまつしたいテロリストではなかった。どうやら、最近さいきん横浜よこはまにやってきた外国人がいこくじん犯罪者はんざいしゃグループのようだ。


 鈴理たちがこのスーパーにやってきたとたん、かれらは一斉いっせいおそいかかってきた。だからこれは正当せいとう防衛ぼうえいなのだ。


って、れえな。起きなくていいから」


 鈴理はみじかくそう言うと、たおれているれえなの足首をひっつかんでレジ台のかげに引っぱりこんだ。見ると、ローファーがげてソックスだけになっている。このせいで彼女はずっこけたのだろう。


「鈴理ぃ……」


 涙目のれえなが顔をあげる。


「はいはい。いいから、ここにいて」


 へらへら笑いつつそう言って、鈴理はペンケースをとおくにぶん投げた。向かいのかべにあたったペンケースがはじけ、中身が床にばらまかれる。すぐに銃撃音じゅうげきおんかべに火花がる。


 ――そこか。


 鈴理はレジ台から飛び出して、ゴンドラ什器じゅうきの間にすべりこむ。いた。ふたりめ。


 ベレッタを二連射にれんしゃ


 二十メートル先、目を丸くした敵はびくりと身体からだねさせ、そのまま床に転がった。鈴理の射撃しゃげきはすばやく正確せいかくだ。敵を倒すのには二発もあればじゅうぶんだ。


 のこる敵はあとひとり。


 リリースボタンを押して空のマガジンを捨てる。ポケットからマガジンを取り出し、リロード。スライドを引いて初弾しょだん装填そうてん


「よし、れえな。行くよ!」


 わざと大きな声で言って、れえなを立たせる。そのまま彼女をってバックヤードへ。れえなはローファーがげた状態じょうたいだったけれど、まあそれは仕方ない。


 敵が追ってくる気配けはいがする。


 鈴理は店長室てんちょうしつのドアを開け、ドア付近ふきんかべぎわにれえなをしゃがみこませる。そして彼女の口をおさえ、物音ものおとをたてないようにアイコンタクトを送る。


「……!」


 涙目のれえなが抗議こうぎ目線めせんを返してきたけれど、それは無視むしした。


 数秒後すうびょうご、敵がバックヤードの通路つうろを走ってくる気配けはいがした。こちらの居場所いばしょはバレていない。敵がやってくる。まだ――もう少し――今!


 鈴理は店長室から飛び出した。


 敵はちょうど店長室をとおりすぎたところだった。


 敵がおどろいて振り返る。鈴理はかべにむかい、三角りの要領ようりょうで空中たかくジャンプ。そのまま敵の顔面がんめんに、ローファーのつま先でキックをくらわせた。


「グお!?」


 敵が悲鳴ひめいをあげる。そのすきに着地した鈴理は、すばやくベレッタを向け、発砲。頭部をちぬかれたてきは、一言も発さずにその場にくずれおちた。


「……ふう」


 鈴理が立ち上がり、小さく息をく。


 港川みなとがわ鈴理すずり秀才しゅうさいだった。


 い、き、接近戦せっきんせん。あらゆる技能ぎのうにおいてすぐれた能力を発揮はっきするオールラウンダーである。それに頭の回転も速く、諜報ちょうほう交渉こうしょうだってお手の物だ。


掃除屋そうじや』のエージェントとしては、鈴理は間違まちがいなくトップクラスだった。ただ、不真面目ふまじめで、あまり大人の言うことを聞かないので、しっかり問題児認定にんていされている。


「すずりぃ……」


 ふらふらと、片足ローファーのれえなが店長室から出てくる。彼女の金髪きんぱつはめちゃくちゃになっていて、制服もみだれにみだれている。


「なんもしてないくせにボロボロじゃん。おもしろ」


 鈴理がバカにしたふうに笑うと、れえなは涙目でまなじりをつりあげ、ぽこぽこと鈴理をなぐってきた。


 星れえなは、基本的きほんてきに役にたたない。バカでドジでポンコツであり、運動うんどう神経しんけいなみで、射撃しゃげきもへたくそ。かといって口がうまいわけでもなく、エージェントとしてできることはほとんどない。


「じゃあ、次に行こう」


 鈴理が言った。今は九時十五分。タイムアップまであと六時間を切っている。


「この人たち、殺しちゃってよかったの?」


 れえなが聞いた。


「問題ないって。どうせろくでもない悪人だし」


 いずれにせよ、こういった犯罪者はんざいしゃは横浜から『掃除そうじ』しなければならない。とはいえ、鈴理のやりかたはとんでもないゴリ押しだった。どんな敵がいるかもわからない場所に、作戦もなしに突入するなど、本来ならばありえない。


 しかし、鈴理は秀才しゅうさいなのだ。れえなを連れていても、たいていの状況じょうきょう対応たいおうできる。


「よーし、がんばってテロリストをみつけるぞー」


 鈴理が笑顔でそう言うと、まゆをハの字にしたれえながつぶやいた。


「わたし、十五時になる前に死んじゃうかもなぁ……」




――――――――――――――――――――――――――――――

【キャライラスト】鈴理&れえな

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/822139839894158874


【機体イラスト】3型(警察用二脚)

https://kakuyomu.jp/users/kopaka/news/822139840774284887

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