第五章 リリアの挑戦と覚醒の萌芽 01



 セシリアが『剣聖の血脈』に覚醒し、好色貴族ブラドの一件が片付いてから数日が過ぎた。


 あの一件で『星影の羅針盤』の名は、良い意味でギルドや街の人々に少しずつ広まり始めていた。


 特にセシリアの剣技は、目撃した衛兵たちの間で「まるで剣の舞姫のようだ」と噂になるほどで、本人は照れながらもまんざらでもない様子だった。


 そんな目まぐるしい日々が続いていたが、今日は久しぶりにパーティー全員での休日となった。


 名が売れてきたことで最近は指名の依頼続きだった。


 それにセシリアの覚醒以降は、彼女の新しい力に合わせた連携の確認や、俺の鑑定による新たな戦術の構築などで、依頼のない時は休む暇も惜しんで訓練に明け暮れていたのだ。


「たまにはこういうのもいいわねー!」


 街から少し離れた郊外の、見晴らしの良い草原にシートを広げ、セシリアが大きく伸びをしながら言った。


 今日は俺の作ったサンドイッチとフルーツを持参して、ささやかなピクニックと洒落込んでいる。


「お昼寝しようかな……」


 ミーナも、普段の警戒心を少しだけ解いて、珍しくリラックスした表情で空を眺めている。


 これも、セシリアが覚醒し、パーティー全体の戦力が底上げされたことによる安心感の表れなのかもしれない。


今日の主な目的は、実はピクニックではなく、リリアの魔法実験のためだった。


「レオンさん、セシリアさん、ミーナさん、本日はわたくしの個人的な実験にお付き合いいただき、本当にありがとうございます」


 リリアが、少し申し訳なさそうに、しかしその瞳は期待と興奮でキラキラと輝かせながら言った。


 彼女が取り出したのは、数冊の古びた魔導書と、何やら複雑な紋様が刻まれた水晶の杖。いつもの杖とは違う、特別なもののようだ。


「気にしないでいいよ、リリア。君の新しい魔法が完成したら、俺たちの戦力アップにも繋がるんだから」


「そうそう! なんかドカーンと派手なやつ、期待してるわよ!」


 俺とセシリアがそう言うと、リリアは嬉しそうに頬を染めた。


「はい! 今回試すのは、古代魔法の文献で見つけた『魔力循環増幅理論』を応用した、全く新しい概念の魔法なんです。もし成功すれば、少ない魔力でより強力な魔法を発動させたり、あるいは複数の魔法を同時に、より少ない負荷で制御できるようになるかもしれません……あくまで、理論上は、ですが」


 そう言って彼女は、少し離れた場所に魔法陣を描き始めた。


 その魔法陣は、俺が見たこともないほど複雑で、幾何学的な紋様が幾重にも重なっている。


 俺の【鑑定スキル】でも、その全容を解析するには少し時間がかかりそうだった。


「ふむ……これは確かに独創的かも。通常の魔法体系とは異なるアプローチだ。成功すれば、文字通り魔法の歴史が変わるかも」


 俺が鑑定結果の一部を伝えると、リリアはさらに目を輝かせた。


「わ、分かりますか、レオンさん! そうなんです! この魔法陣の核心は、術者の魔力だけでなく、周囲に存在する微細な自然魔素を強制的に循環させ、共鳴させることで、指数関数的にエネルギーを増幅させるというものでして……」


 いつものように早口で、しかし熱っぽく語るリリア。


 彼女の魔法に対する探究心と情熱は、本当に素晴らしいものだ。


「まあ、難しいことはよく分かんないけど、とにかく凄い魔法なのね!」とセシリアが腕を組む。


 ミーナは黙ってリリアの描く魔法陣をじっと見つめている。


 彼女なりに、その未知の力に興味を惹かれているのだろう。


 準備が整い、リリアが魔法陣の中心に立ち、水晶の杖を構える。


「では、始めます……! 万が一暴走した時のために、皆さんは少し離れていてください」


 俺たちは頷き、彼女から十分な距離を取った。


 リリアが深く息を吸い込み、呪文の詠唱を開始する。


 普段の彼女からは想像もつかないほど、その声は低く、厳かで、古代の言語を紡いでいるかのように響いた。


 魔法陣が淡い光を放ち始め、リリアの持つ水晶の杖も呼応するように輝きを増していく。


 周囲の空気がビリビリと震え、風が渦を巻くようにリリアの周囲に集まり始めた。


 魔力が、目に見える形で凝縮していくのが分かる。


 これは……凄い。


 彼女の言っていた通り、周囲の魔素まで取り込んでいるのか……?


 俺の鑑定眼には、リリア自身の魔力と、大気中の魔素が複雑に絡み合い、増幅されていく様子が捉えられていた。


 そのエネルギー量は、彼女が普段使う魔法の比ではない。


――鑑定対象:リリア――

【状態】魔力集中(高度)、古代魔法理論実践中、才能の片鱗発現(極微弱・不安定)

【隠された才能】叡智の探求者(未覚醒)、魔法式再構築Lv.EX(未開花)

【スキル】魔法理論知識Lv.EX(才能S)…

【備考】現在の実験は、彼女の才能の深淵に僅かに触れるもの。成功すれば、新たな魔法体系への扉を開く可能性を秘めているが、制御には未知数の困難が伴う。


 才能の片鱗発現……! やはり、彼女にも覚醒の兆しがある!


 セシリアの時とは違う、静かで、しかし底知れない知的な力の奔流。


 それが、リリアの内で眠っている。


 この実験は、その才能の一端を刺激しているのかもしれない。


 リリアの額に汗が滲み、詠唱の声が徐々に苦しげになっていく。


 魔法陣の光はますます強くなり、まるで小さな太陽が生まれようとしているかのようだ。


「もう少し……あと少しで、理論が……実証される……!」


 リリアが、絞り出すような声を上げた、その瞬間だった。


 パァンッ!!


 突如、水晶の杖が甲高い音を立てて弾けるような光を放ち、次の瞬間、魔法陣の輝きが急速に失われていく。


 凝縮されていた魔力は行き場を失い、まるで霧が晴れるように霧散してしまった。

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