いつだって渡嘉敷は走り続ける
ゆいゆい
第1話 荒井麗亜視点
「俺なぁ、箱根駅伝優勝したいんよ。俺達10人、学生連合で走ってなぁ」
同級生渡嘉敷遥輝が意味不明な発言をしたのは、インハイが終わった直後の3年ミーティングでだった。「はあっ!?」と、渡嘉敷以外の3年生9人が全員首を傾げたのは至極妥当な反応と言えるだろう。
「ねぇー、れいあー。この後どこ行くー?」
「ん。カラオケで良くね?」
「おっけー」
インハイ翌日。俺、荒井
自分で言うのもアレだが、俺は茶髪のシャープな顔立ちで、キリッとした目から長距離界のイケメンエリートとして陸上雑誌でも度々紹介されている。当然、モテる。また、ファッション雑誌やファッション系YouTuberが、俺の容姿をさらに高める教材となってくれている。
高校に入ってからの彼女は結愛が6人目だ。だが、続かない。一体何故なのか。俺は結愛とどうやったら長く付き合えるのか考えながら、自分の歩くフォームを見直していた。
「学生連合で優勝とは……些かも理解できないのだが。渡嘉敷、何が言いたいのだ」
代表して渡嘉敷に質問したのがチームの大エース一色だ。
「いやいや一色ならわかるやろ。まず、俺達が駅伝弱小校に進学するやん?それで予選会で好走するやん。そしたら本戦で10人揃って戦えるやろ?それで優勝したいねん」
「あほかああ!!」
俺らの気持ちを強く代弁してくれたのが生方だ。渡嘉敷の荒唐無稽な発言を率先してへし折りにかかるのが彼の役割だと、俺は常々認識している。
「いいか、渡嘉敷。俺らは陸上界のスターだ。当然、
生方の指摘はもっともだった。俺だって既に5,000m高校記録を樹立して10校以上の強豪校からスカウトが来ている。両親も俺がどの大学でエースとして活躍するのか期待してくれている。もちろん結愛も。なのに、どうして弱小校に進んで陸上を続けねばならないのだ。
「生方の言いたいことはわかるけん。だがな、箱根なんて俺らなら本気だせば簡単に優勝できちゃうやろ。そんな簡単な道、走りたくないねん」
渡嘉敷が語る内容は無茶苦茶だ。そんな簡単に箱根駅伝優勝できるわけないだろう。それができたら、今現在も苦労して優勝を目指している大学生を愚弄してしまうことになってしまいかねない。
だが……渡嘉敷が言うと、本当に学生連合で優勝できてしまいそうなのが恐い。渡嘉敷とは、そういう人間なのだ。渡嘉敷は有言実行男。そしてそれを俺達9人は本当によく知っている。
「そもそもさ、学生連合に優勝ってなくね?あれって参考記録だろ?」
挙手してそう述べたのが遠藤。授業でふざけまくっているくせに質問や指摘の内容は常に的を得ている、頭がいいのかわからないのかわからない奴。
「そうなんよ。じゃけん、参考記録でもええから1番を目指そうと思っとるんよ。多分、メディアも驚きやで。記録にならないランナーが1番に大手町に帰ってきたらなぁ」
渡嘉敷の語る内容にはロマンがある。普通、こんなことを考える奴はいない。多分、これを実現させられるのは俺達だけだろう。それだけの力が、俺達の世代には備わっているのだから。
「面白そうじゃん。やろうぜ、それ!」
「小川、何言ってんのかわかってるんか!?」
チームのお調子者小川に生方が反発する。だが、チーム内の空気は既に渡嘉敷側の意見に流れ始めていた。毎度ながら不思議なことだ。渡嘉敷が提案したことはどれだけ実現不可能な絵空事でも、できてしまう気がしてしまう。もう、俺の頭から、碧学や馬澤への進学は消え去っていた。
「それでなぁ、もう進学候補校は決めてあるんよ。パンフレット見て見てなぁ。重複できへんから早いもん勝ちやで」
渡嘉敷はカバンから沢山のパンフレットを机にばさっと並べた。首都農業大、関東経済大、麗星大学……確かに、近年出場から遠ざかっている大学や未出場校ばかりだ。俺は麗星大学のそれを手に取った。同じ「麗」の字が名前にあるせいか1番に目についたのだ。
「おい、東大まであるじゃねえか」
「東大は一色のためやけん。頑張ってなぁ」
「おい、無茶言いやがって……」
一色は高き壁を突きつけられながら微笑を浮かべていた。相手が強ければ強いほど、ハートが燃え上がるのが一色という男なのだ。そして、文武ともにそれを超える力を持っているからたちが悪い。
俺はパンフレットを左手に、渡嘉敷に伝えた。
「いいぜ、乗った。学連で優勝してやろうぜ。そしたらますます俺達はスターだな」
「せやな。きっと日本中が俺達に注目するけん。荒井、期待してるで」
渡嘉敷が淡々と俺にエールを送ってくれた。
こんな理解不能な提案がもたらされてからわずか1時間、俺達は茨の道を進むことを選んだ。渡嘉敷が生み出した、最高に高きハードルを10人で超えていくのだ。
カラオケ店に入る直前、結愛がくるりと振り返って尋ねてきた。
「そういえばれいあは碧学のオープンキャンパス行くわけ?」
「いや、俺麗星に行くわ」
「はぁ!?れいあ、麗星行くわけ?」
「ん、そうだけど」
「意味わかんないんだけど。一緒に碧学行こうって言ったじゃん」
「あぁ。麗星から陸上の推薦がきててな」
「はっ?碧学からもきてるって聞いたんだけど。てか、アタシと陸上、どっちが大事なわけ?」
「陸上」
そう答えた直後、俺は結愛にぶたれていた。背を向けた結愛はそのまま駅に向かって無言で歩き、30秒後には姿が見えなくなった。そのペースで歩き続けても1キロ9分かかるだろうなぁって思った。
交際67日、結局一度も家デートせずに赤い糸は切れた。あの綺麗な長髪、わりと好きだったんだけどな。かなり上手く行ってたはずなのに何故終わってしまったのか、よくわからなかった。それを気にする間もなく俺は、およそ4キロのロードをランニングして帰宅した。
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