エピソード・ジーク その4
「あの、すみません……ジークさん……ですよね?」
「……?あ?ぁー……ひょっとして、フォルト……か?」
「あはは、良かったぁ……人違いだったらどうしよう
かと、ドキドキしちゃいました」
見慣れない形の帽子を被った、猫背で細い男に
声をかけられた。昔近所に住んでいた、のっぽの
フォルト。相変わらずひょろ長い体をしている。
「久しぶりだな。お前、どっか別のところに移住
したんじゃなかったのか?」
「ええ。そうなんですけど……ちょっと色々あり
まして、今はここ……リサイドにいます」
「マジかよ!?いつからだ?オレ仕事でよくここ
来てんだよ。ひょっとして見かけてたのか?
オレの事」
「ははは、実は、結構前から、はい」
腰をやや屈ませながら頭を搔くフォルト。成長して
顔つきは大人びたが、この下がり眉の笑い顔は幼い
頃と何も変わらない。
「せっかくだし飯食おうぜ。色々聞かせてくれよ」
「いいですね。あっちの露店、美味しいもの出てるん
ですよ」
フォルトの後を追い店に向かう。配達の途中だが、
まぁ、別に構うことはねぇ。日が暮れる前に帰れば、
特に何も問題はねぇんだ。簡単な食事を買って、道端
の適当な樽に腰掛けた。オレに続きフォルトも並んで
座り、昼食にありつく。
「……ねぇ、ジークさん」
「ん?」
オレが軽食で口を満たした時、おもむろにフォルト
は言った。
「僕、友達が増えたんですよ。……ジークさんに紹介
したいんですけど……この後、どうですか?」
オレは快諾し、飯を腹に詰めた後で、フォルトの
言う"友人"が集まるという建物に足を向けた。
建物の中はガランとしている。暗く、埃っぽく、
かび臭い。誰も居ないその空間に足を踏み入れた途端
街の喧騒が急に遠のく。室内を見渡すも何も無く、
オレは友人の方に振り返る。
「なぁ、フォルト……誰も居ねぇんだが……」
入口に立つフォルトの姿は、酷く醜く崩れていた。
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「うわあああぁっ!!」
オレはベッドから跳ね起きた。跳ねる心臓で胸が
痛い。乱れた呼吸を整えながら己の手を見る。
「夢……か……」
見慣れない部屋だ。ここは、ボリス家の寝室か?
オレは、ついさっきまで何をしていたかを思い出す。そうだ。庭で囲まれ、襲われ、そして最後にオレは、
屍人になったフォルトの、頭を刺したんだ。手に嫌な
感触が蘇ってくる。胃から妙な液体が込み上げて
きた。
オレの横には驚きに目をひん剥いた助祭がいた。
隣のベッドにはボリスさんが横になっていて、司祭
が治療にあたっている。助祭は「無理しちゃダメです
よ!ただでさえまだ治りきってなかったのに!」と
めちゃめちゃに怒っている。オレはその迫力に押され
「すんません」とだけ謝り、再びベッドに横になった。
「オレはもう大丈夫なんで、ボリスさんを頼みます」
助祭はオレの提案にまたギャンギャンと説教の言葉
をぶつけてくる。……わかってる。だいぶ迷惑をかけ
ちまってるってことは。だから謝罪はする。だが、
無理をしねぇって約束は、多分オレにはできねぇ。
治療の続きが腕を襲う。牙の生えたデカい口に
噛みつかれるような痛みに耐えつつ、先程の夢を
思い出していた。飯を食って、隠れ家に誘われる
所までは、4年前の再現だった。実際は、ガヤガヤと
うるさい室内だった。オレが扉をくぐると、その場に
いた全員がいきなり黙ってこっちを見たっけかな。
あれは気まずかった。
当時から下っ端のフォルトは必死にオレを紹介
するも、連中の1人にからかわれてまごまごしてた。
咄嗟にそのチビの胸ぐらを掴んでしまったのだが……
よく良く考えれば、周囲からの第一印象は最悪だった
ろうな。
腕の回復が9割方済み、助祭がボリスさんの治療に
合流してから少しして、デニスが起きてきた。
エディをまんまと攫われた不甲斐なさと、友人を
自らの手で"駆除した"重さが両肩に乗る。ボリスさん
がなかなか目覚めないのを見て、オレは彼との約束を
胸の中で再確認した。
俺に、信じさせてくれ。ジーク君。
なら、ここで悠長に立ち止まり続ける訳には
いかねぇ。
「……デニス君、オレはリサイドに行く。君も来るか」
・
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村人に囲まれ出発する時、ベティの様子がいつもと
違う事に気づいた。乗馬する時はいつも、どこか座り
が悪い感じがあったのだが、今はそれが無い。デニス
をオレの前に乗せて走り出す時、かつてない一体感を
覚えた。ベティの機嫌を伺うまでもなく、こいつの
考えが入ってくる。オレの走って欲しい調子をベティ
が既に知っているかのような錯覚さえする。これは、
堪らねぇな。高い月が、オレらの進む道を見守って
くれてる気さえした。後から出発する村人の馬車は
多分追い付きはしないだろう。
リサイドの厩舎に着いたのは、まだ空が白む前。
街の門には会いたくもねぇツラが待ち構えていた。
いち早く察知したダガーさんは"それ"に向かって
軽く牽制を入れた。
『お出迎えには、ちと不向きな奴がおるのう。
目立って仕方ないじゃろ……のう、セリカ』
セリカはここで暴れるつもりは無い、としつつも
しっかりオレを言葉で刺してくる。
「あら。ジーク、あなたちょっと見ない内に随分
男前になったじゃない。初体験喰らって大人の階段
登ったかしら?」
「……お陰さまで……とでも言ったら良いか?」
「別に感謝は求めてないわ。それに私はデニス君の
顔を見る為に待ってたのよ。そろそろこの街飽きた
から余所に行こうかと思って、ご挨拶に」
……眼中にねぇってか?確かにこいつからすりゃ、
オレはその辺に飛んでる羽虫の1匹に過ぎないだろう。
現に1度折れかけた。いや、ほぼ折れた。
だが、見栄でも良い、虚勢でもいい。ここから先は
曲がっちゃいけねぇ。意地でも真っ直ぐ立たなきゃ
ならねぇんだ。話の流れでセリカが更にオレを刺す。
「……"肘鉄痛かったわよ"って言ったら、カタカタ
怯えて可愛かったわ。……ねぇ、"同業者"のジーク?」
当たり前だろ。怖ぇに決まってる。どう考えたって
勝ち目の無い奴に嬉々として立ち向かえるワケねぇ
だろうが。
でも、だんだんわかってきた。立ち向かい、相手に
ずんずん向かっていくだけが強さじゃねぇ。怖いやつ
の前から1歩も退かねぇ事だって、同じく強さの証明
なんだ。……だいぶ歳下の少年に教わっちまった。
ほら見てみろよ、臆病ジーク。こいつは、デニスは、
セリカを前にして1歩も退いちゃいねぇ。オレの心は
セリカに折られ、ボリスさんに繋がれ、デニスに
よってより強固に補修された。そんな気がする。
デニスがセリカと話をつけ、彼女が飛び立つと、
オレはようやく深い呼吸を許された。変な冷や汗を
隠すように、オレはデニスを連れマルトの屋敷に
向かった。
・
・
・
「ここがマルトの屋敷……だが」
リサイドに入ってここに至るまで、道端に転がる
呑んだくれや浮浪者に紛れて、オレ達を附ける連中
の気配があった。そりゃ、エディを攫った昨日の
今日だ。スコイルの連中だろうとは察しがつく。
屋敷の庭入口で振り返ると、案の定暗い路地から
予想通りの面々が姿を現す。
「まぁ……当然、お前らが出てくるよな。タンブル」
ニヤけたツラだ。昨日の乱闘騒ぎで重症を負った
奴を除き、ぞろぞろのタンブルの後ろに付き従う
スコイルの構成員。指の関節をパキパキと鳴らし
ながら、タンブルが言った。
「よォ。こんな所で会うたァ偶然だなァジークゥ。
俺ァ今、気分が悪くてなァ。2人ばかし殴りてェ
気分なんだわ。そしたらちょォど良いトコに
良いマトがあってなァ。ついてるよなァ俺ァ」
お前はいつでも機嫌悪ぃだろうが。
「良かったな。周りにいくらでも居るじゃねぇか」
こいつのご機嫌が斜めな理由は、何となくわかる。
庭の乱戦から連中がめそめそ雁首揃えて帰って来れば
オレらが報復に来るのは明らかだ。それを迎え打つ
ために街中に配備されたんだろう。当然、大して休む
間なんか与えられるわけもねぇ。
奴らは今疲弊している。リサイドの神官だけで
これだけの人数の傷を全て癒すのは不可能だ。
1人1人の性能は落ちていると見ていい。だが数が
問題だ。屋敷の中で袋叩きにされりゃ、オレと
デニスの2人では話にならない。あっちにはクローケ
と、場合によってはセリカも控えてる。マルトは……
よくわかんねぇ。あいつ、戦力なのか?
「デニス君……いや、デニス。お前は屋敷に入れ」
ここでの最善策は、連中を抑えてデニスに主要人物
を叩いて貰うこと。確かに大人とデニスをぶつける
のは危険かもしれねぇ。だが、身内の報復は身内
本人がぶつけるべきだ。デニスにはダガーさんも
ついてる。それに、最終的に勝った時、囚われてる
エディにまっさきに顔を見せるのは家族じゃなきゃ
ダメなんだ。……ここは、オレが通さねぇ。
「いや、流石に無理ですって!僕もここで……!」
おいおい……ここに来てそれかよ。確かにオレは
お前程の冷静さは無い。頭だって多分お前の方が
よく回ってるはずだ。だがな、こっちにはこっちの
折れちゃならねぇ部分がある。今度は、折れねぇ。
デニスの言葉を手で制止する。
「……お前、玄関でダガーさんになんて言われた?」
お前の中でのオレは、守るべき弱き者か?確かに
そういう側面もあったかもしれねぇ。自分の家族の
問題なら周りに迷惑かけないようにって考えも
悪かねぇ。だけどな。オレはそれより先にお前ら
家族に迷惑をかけた。誠心誠意罪滅ぼしをしなきゃ
ならねぇんだ。
「オレの"存在意義"も、棚に置いてくれるなよ」
小っ恥ずかしい台詞だが、それがオレの本心だ。
「ここで奴らに背中を見せちまったら、今度こそ
本当に死んじまう気がするんだ。……だから、ここ
から先は通さねぇ。オレにはなんにも出来ねぇが……
引き下がる事も出来ねぇんだ……っ!」
デニスの目がオレを真っ直ぐ貫く。狼狽えてた態度
は消え、目的のみに的を絞った目。純粋なのに少し
憂いを帯びたその目の光が、オレに向けられ、声と
なって発せられる。
「……お願いします!」
「……おう。任せろ」
任せられたこの場を死守する。それがオレの贖罪
の第1歩だ。デニスが屋敷に入るのと同時に、
タンブルが不満を漏らす。
「……随分、カッコつけたじゃねェか、なァ、ジーク
よォ。お前ェ自分が今、何してんのか……わかってん
だろォなァ?」
「わかってるさ。馬鹿な意地を張ってる。でもな、
困るんだよ。お前らにあいつの邪魔をさせるのは」
タンブルは今度は首鳴らしながら近寄ってくる。
威嚇の種類が少ないだろ。……おかしいな。感覚が
麻痺してきてるのか?……セリカに比べりゃ、頭数
なんざどうって事ない気がしてくる。
「お前らァ!やっちまえァ!」
開戦の咆哮が早朝の街に響く。大音声が上がり……
かけて、その勢いは鎮火した。最前列の構成員が
3人、棒を倒したように頭から倒れ、そのまま
タンブルの足元で動かなくなった。出鼻をくじかれた
連中は目を白黒させている。……もちろんオレも、
何が起きたかすぐには分からなかった。
倒れた連中の後ろからこちらに歩いてくるのは、
見慣れた親しい顔だった。
「お前ら……?」
「はーい、注目。悪いなー、うちら3人、ジークに
つかせてもらうわー」
両手をヒラヒラさせながら、人をおちょくるように
グナエが言った。並んで歩くヴェスパーとカザット。
……こいつら、この土壇場でなんて馬鹿な判断
してんだ。どう考えたって不利だろう。
「……なあなあでやるんじゃなかったんか?」
「なあなあでしょ。ちゃらんぽらんだしな、うちら」
「じ、じジークの、ほうが、オイラ性に合ってるから」
「……抜けるには、良いきっかけだ……」
3人の大馬鹿者がオレの横につく。全く。どう
しようもねぇ愛すべき馬鹿達だ。拳を固めて腰を
落とす。いつでも初撃を打てる姿勢でオレは言った。
「タンブル。世話になったな。今日を境に
させてもらうぜ」
言い終わると同時に、怒りに顔を歪めたタンブルを
筆頭にスコイルの波が押し寄せる。周りの奴らを
見ている余裕が無い。タンブルの右拳を捌き、顔面に
拳をめり込ませる。吹き飛んだタンブルの体が一斉に
何人かを巻き込んで薙ぎ倒した。未完治の怪我が、
衝撃に反応して痛みを撒き散らす。
2人、3人と倒すも、痛みで体重が乗り切らねぇ。
絶え間なく襲いかかる"敵"に押され始める。身体に
刻まれ続ける打撲痕。鮮やかな血反吐が地面を
染める。餌に群がる蟻の集団。オレたちを俯瞰
すれば、きっとそう見えただろう。
乱闘が続き、ヴェスパーが呻き声と共に倒れた時、
路地の間からオレの親父がひょっこり顔を出した。
「親父!?」
ボリスさんの回復を待つ最後尾の馬を除き、先行組
が到着したのだと理解した。理解はしたが、あまりに
間が悪い。周りを見渡し、現場の混乱を把握した親父
は踵を返して逃げ戻る。おいおいおい、そこの連中、
なに無関係な親父を追ってやがる。
走ろうとする。手を伸ばそうとする。助けようと、
守ろうと、責任を取ろうと前に駆ける。だが幾重にも
重なる敵対勢力の身体が、それを容易には許さない。
「おや……じ!!」
その瞬間、黒く細い、糸のような膨大な数の棘が
視界を埋め尽くした。目がどうにかなっちまったのか
と、いきなりブツンと意識が途絶えちまったのかと、
そんな事を思った時には、数多の棘は灰のように
一斉に霧散した。
立っていたスコイルの連中は、落とした酒瓶が砕け
散るように、支えを失いバタバタと地に伏した。
何が起きたか、よりも先に、この棘の主の顔が頭に
浮かんだ。こんなの、他の誰でもねぇだろ。
どこから飛んできたのかはよく分からねぇが、
"棘の主"は静かに着地し、手頃な身体にどかりと
腰を下ろす。
「……なーにやってんのよ、馬鹿らしい」
長い髪をかきあげて、呆れた顔でセリカは言った。
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