「シルヴィア・レイネル！　貴様との婚約を破棄する」

　王立学園卒業日、その夜の夜会で起きたお決まりの展開に、会場がどよめく。

「アード殿下？　これはいったい……レイアさん、なんで殿下と腕を組んで……」

「貴様がこれまで行なってきた数々の悪行、許されるとでも思っていたのか！」

　アードはシルヴィアに身に覚えのない行為を次々と指摘していく。その聞くに耐えない内容に、会場の皆がシルヴィアに冷たい視線を送る。

「殿下。わたくしはそんなことしておりません！」

　シルヴィアの抗議にアードが返したのは、軽蔑の眼差しだけだった。

「シルヴィア様……わたしのこと、友人だって言ってくれたのに」

　アードの胸に顔をうずめて泣き出すレイア。だが、シルヴィアからはレイアの口元が笑っているのは丸見えだった。

　冤罪による婚約破棄と、身分は違えど親友だと思っていたレイアの裏切り。鮮やかな青のドレスに身を包んだシルヴィアはあまりのショックにドレスと美しい銀色の髪を乱し、膝から崩れ落ちた。

　サファイアのように美しい瞳から涙を零すシルヴィアに、アードが冷酷な声音で告げる。

「シルヴィア、貴様を国外追放に処す」

　その後、国を出たシルヴィアは街道で魔獣と遭遇し、消息を絶った。

＊＊＊

　これが、五年後私に訪れる破滅だ。それを知る私はもちろん転生者。前世でやっていた乙女ゲームに登場する悪役令嬢──シルヴィア・レイネルが十三歳になったばかりの頃に前世の記憶を取り戻したした私は、自室で一人ため息をついた。

「私はこのままだと五年後に死ぬのか……」

　普通ならきっと、これから破滅エンドを回避するために、いろんな人に優しくしたり、何かの特技を伸ばして自分の価値を高めたりするのだろう。

「でも、異世界に来てまでいろんな人に気を遣って空気読んで愛想笑いをする？　冗談じゃないわ！　そんなの、前世と変わらないじゃない！」

　よく考えたら、本来私はもう死んでいるのだ。別の体であれ、むしろ五年も長く生きられるって考えたらそれだけで十分ありがたい。

「うん、そうね。破滅エンドの回避とかめんどくさいし、残りの五年は好きに生きよう」

　でも何か目標みたいなものは欲しいな。ただぼんやりと過ごすのもつまらないし……。

　そう思って部屋を見回すと、「滅びの王国で恋の華は咲き誇る」という題名の恋愛小説が目に入った。その瞬間、私の脳裏にある考えが浮かぶ。

「そうね。婚約破棄の日にこの国を滅ぼしましょう！　悪役令嬢の華やかな散りザマを、全ての国民に見せつけてやるわ！」

　シルヴィアとして生きていくという決意も兼ねて、私は口調をシルヴィアのものに寄せベットに寝転ぶ。そうして急に物騒なことを叫び、笑い出す私を見たメイドたちはその日以来、私に近づくことを避けた。

＊＊＊

「まずは魔法よね」

　さすがは公爵家と言うべきか。屋敷の書斎に忍び込んでみると、学校の図書館と同じくらいの本棚がずらりと並び、その全てに本がびっしりと並べられていた。

「魔導書はどれかしら……見つけた。この棚ね」

　私は百冊以上はありそうな魔導書の中から、『魔法入門書』と書かれた本を取り出す。

「ええと……魔法を使用するためには、最低でもレベル十以上でなければならない……私のレベルって今いくつなの？」

　ゲームではシルヴィアは戦闘系のキャラではなく、終盤でもレベルは二十五くらいだった気がする。

「パラメーター……スキルウィンドウ……あ、出たわ」

　私の目の前には、ゲームのステータス画面そのままのウィンドウが現れた。

『シルヴィア・レイネル

　レベル：２５　　　　　　

　スキル……　　　　　』

「ああ、そう言うことね。シルヴィアの戦闘シーンなんて一度もなかったのにレベルが二十五もあったのは、初期レベルがそもそも二十五だったからだったのね……ん？　スキルも何かあるようね？」

　私はウィンドウをスクロールして先を見た。

『スキル

　【能力値上昇量二倍】

　　　　：レベルアップ時にステータスポイント

　　　　　が二倍になる

　【経験値獲得量二倍】

　　　　：魔獣を倒した時に獲得できる経験値

　　　　　が二倍になる　　　　　　　　　　』

「……シルヴィアって結構、戦闘面でもチートキャラだったのね……いえ、そんなことより、早く魔法に触れてみたい」

　私は気を取り直して、『魔法入門書』を持って屋敷の庭に出た。そして馬小屋の陰に着くと、近くに生えている木々の中から手頃な木を見つけて手のひらを向けた。

「ええと、まずは魔力を感じ取って、使いたい魔法のイメージをして、詠唱をする……」

　私は目を閉じて集中する。そして真っ暗な空間に的にする木のイメージを置く。すると、肌を撫でる空気の揺れを感じ取った。

「これは……風？　……いいえ違うわ。熱くも冷たくもない……もしかしてこれが魔力なの？」

　そう思った途端、私がイメージした暗闇の中に紫色のモヤが充満した。

　魔力って、てっきり自分の体に流れているものだと思っていたけど、周りにあるのね……。

「多分この紫色のモヤが魔力……あとは風の刃をあの木に飛ばすイメージをして、詠唱を……」

　ボウッ……スパアァァァァアァァァン！

「えっ？！」

　私が詠唱する前に、風の初級魔法「ウインドカッター」は私の手のひらから放たれた。慌てて目を開くと、さっきまでは無事だった木々の幹に斬撃の跡が入っていた。

　ズズッ……。

　木の幹が傷口から斜めにずれる音。そのすぐ後には、目の前にあった木々は根こそぎ崩れ落ち轟音を上げた。

「うそ……まずいわ！　見つかったら怒られる！」

　慌てて馬小屋を去った私は、いつのまにか魔導書を落としてしまっていた。

＊＊＊

　シルヴィアが落とした『魔法入門書』は、とあるページを開いて落ちた。

「備考：ごく稀に自分の体を流れる魔力ではなく、大気に満ちた魔力を使用できる者も存在するが、ここ数百年現れていない。また、周囲の魔力を行使できるものは皆例外なく歴史に名を残す大魔導士になっている」