第37話:危険度10

「ルナ!」

「こちらに」


 邪悪な魔力を解き放ったのと同時に、俺はルナを呼ぶ。

 すぐさま駆けつけてくれた彼女の両手には、ロングソードとブロードソードが握られている。


 そしてそれを──すぐさま抜き、銀の刃に月光を浴びせた。


「殺す……殺す殺す……!」

「お、おい。タルカン様の様子が変だぞ……」

「な、なんだあの魔力は……!?」

「ああ。だ。逆ギレするしか能がない間抜けには相応しい魔力だ」

「アーサーくん、煽ってる場合じゃ」


「……アーサー様、まさかあれは」


 魔法に秀でるルナとハールは、嫌な予感を察知したのだろう。

 額に玉のような汗を浮かべていた。


「へ? へ?」


 一方、ラニアは訳がわからないという感じで俺たちとタルカンを見比べている。

 ま、あいつはいっか。


「おいタルカン。お前、いつの間に『契約』をしたか分からんが、このままじゃマクスリル家は?」

「黙れ!! 元はと言えばてめえが俺に舐めた真似するからだろうが!!」

「そんなにラニアが愛しいか? お前の考えなんてお見通しのはずだが、それだけは理解に苦しむ」

「うるせえ!! 蛮族如きにラニアの可愛さは分からん!!」


 蛮族じゃなくても分からないと思うが。


「……アーサーくん、今契約って言った?」

「で、ではやはり……」


「ああ。原作通り……あいつ、“死神”と契約したみたいだな」

「──はあ!?」


 死神。

 それは、この世界において、最大級の禁忌である存在。


「かつて、勇者が魔王を討ち、この世界に平和をもたらした際に生じた、悪しき死者の念──それらが集まり、この世へ『報復』せんと生まれたのが、死神」

「そうさ!! 俺は奴に魂を売り、最強の魔物である──10を授かったのさ!!」


「ば、馬鹿な……タルカン殿、貴様なんてことを!」

「死神との取引や、神話生物の従属は禁忌なんてものじゃない! ご自分が何をされたか、分かっているのですか!?」


 原作『新・勇者伝説』でも同じく、最大級の強さや討伐難易度を誇る魔物だ。

 いや、魔物という表現は間違いだな。


『神話生物』──神話や伝説の中でしか登場しない、口にすることすらはばかられる怪物たち。


 故に、国が定めた危険度は、『10』。


 危険度9の魔物が出没した場合、国が対応に入る。


 では、危険度10の魔物もとい神話生物が現れた場合どうなるか?


「──、勝てるかもしれない相手だ」


 最も、半壊した国がその後、果たして立ちゆくのだろうか──

 つまり、危険度10の登場は、国の命運をかけた大戦闘に発展する。


 出没した地域はもれなく避難命令。

 国総出の討伐隊が組まれ、魔術師会、最高ランクの冒険者たちにも召集がかかる。


 とにかく、国への被害が最小限に抑えられるように動く。


「だ、だがどうやって死神と契約したのだ!?」


 同時に死神の発生条件というのもある。

 勇者に完膚なきまでに倒された悪しき死者たちの魂だけが集まった存在。

 言い換えれば『霊的な存在』である。


「死後の世界からこちらへ来ることは難しいと伝えられる。上位存在である死神をどうやって……」

「あれはある感情に吸い寄せられて、現世に姿を現します」

「感情……?」

「ええ。『報復』です」


 自分を害した相手へ、復讐を遂げたいという危険な感情。


 それが計り知れないほど高まった時、死神は姿を現す。

 そして、恐ろしい代償と引き換えに契約を交わせば、『神話生物』を贈ってくれるのだ。


「そうさ!! 俺はお前に負けたあの時、復讐を誓った!!」

「……ん?」

「来る日も来る日も、剣術稽古に励み、魔法を学び、だがそれでも、あの夜会で戦ったお前に届かない!! どれだけ頑張っても、どれだけ妬んでも、お前に刃が届くと思えなかったのだ!!」

「…………」


 あれ。

 なんか、原作と違うな。


 原作だと、タルカンは別の理由で信じられないレベルの復讐心を募らせ、死神を引き寄せる。


 だが、その話を聞くと──


「転機が訪れたのは俺の誕生日だった……最高だったよ。てめえへの憎しみが最高潮に達した時、奴が現れた……!」


 ……なるほど。


「それで、代償に何を差し出したんだ?」

! 俺が貰った神話生物を召喚すれば、マクスリル家の血に連なる者たちを生贄に捧げる!!」

「はあ!? タ、タルカン殿、あなたは何を……!?」


「究極の誕生日プレゼントだったぁ……! あは、あはははは!」


 ……予想外だった。

 あの一件が、そんなにタルカンの心へ傷を作っていたのか。

 ここまでコンプレックスを拗らせているとは。


 原作でも激しく嫉妬しやすい性格ではあったが……。


 ならば、この世界のタルカンが死神と契約を結んだのは、俺のせいじゃないか。


(やはり詰めが甘かった。あそこで勝利するべきじゃなかったんだ)

「な、なんだと!? タルカンや、そんな話は聞いておらんぞ!」

「ああそうでしょうとも父上! 俺だって冷静だ。こんな契約しちまったけどよぉ! だから、なるべく使わないようにしようと思ってたよ。あくまで奥の手としてなぁ!」

「ならまだ間に合う! ヴォルフシュテインは私がどうにかするから、一旦抑えて……」


「黙れええええええええ!!!!」


 さて──盛り上がっているところ悪いが。


「父上……」

「…………」


 危険度10。

 神話生物。

 これらの単語に反応して、バルザックは鬼の形相を浮かべていた。


 なぜなら──


「アーサー。普段ならお前の頼みを聞くが、此度は聞くことはできん」

「神話生物が、?」 

「──ああ」


 最後に、この国で神話生物が観測されたのは、意外にも20年前とほど近い。

 だが、その前がおよそ数百年前だったため、国も対応が遅れてしまった。


 討伐隊の編成。

 魔術師会への連絡。


 それらが遅れてしまった結果──ある一つの部族たちが、強敵を求めて戦いを挑んでしまったのだ。


 そう。『戦人族』である。


「当然、勝てるわけがない。だけど、戦いを求め、強敵を探すのはもはや彼らの習性だった。だからこそ、戦ってしまい──滅びた」

「……」

「自業自得かもしれない。やはり他の貴族が言うように、蛮族なのだろうよ。だけど、それでもなぁ! ……神話生物は、あいつらの仇なんだよぉ……!」


 俺が生まれた段階で、戦人族は既に滅びている。

 だから、実際のところどんな風な一族だったのかは、口伝くでんでしか知らない。


 その後、一部族を壊滅させたからか、神話生物は次元の彼方へ去り、同時により恐怖の対象となった。


 あの戦人族を滅ぼすほどの、怪物なのだと──


「父上の気持ちは……分かります。ですが、タルカンが死神と契約に至ってしまったのは、俺のミスです。だから、俺が責任をとって取り返します」

「馬鹿を言え! どっちにしたって、神話生物が出てきて無事で済むわけがない! いいかアーサー! お前が皆を守れ! 皆を守りながらここから逃げて、王へご報告するんだ!」

「父上は?」

「どれだけ稼げるか知らんが……あいつを食い止める! だが、皆が逃げ切れる時間を稼ぐことだけは、約束しよう!」


 ……ちょっと違ったな。

 バルザックは、仇を討とうとしていたんじゃない。


 あくまでヴォルフシュテインの領主として、どうすべきかを考えていたのか。

 だが、


「それじゃあ駄目です。100%父上が死んでしまいます」

「……仕方があるまい! お前と、皆を守るためなら……」

「なので父上。ここは俺に任せてください」

「は、話を聞いていたのか!? 俺は……」


「大丈夫です。

「……は?」


 待たせたな。相棒たち。


 俺は感触を確かめるべく、ロングソードとブロードソードを少し振るう。


。『二刀流』」

「──え?」


 そして、一歩前へ出る。


「ついでにお見せしますよ。戦人族に、ヴォルフシュテイン家に伝わる奥義が、神話生物にも届きうる最強の戦術ビルドだと言うことを」


「俺をコケにし、ラニアを傷物にした罪、貴様らの死を持って償え!! 来い、『ヨルムンガンド』!!!」


 瞬間、報復に満ちた魔力が爆発し──


「──ぎゃああああああああああ!!!?」


 この世に、神話生物が舞い降りた。




 なんと表現したらよいだろう。


 名前の通り、蛇の形は、取っている。

 けれど、思わず吐き気を催すほどの、醜悪で邪悪な姿を取っていた。


 だ。

 血まみれ、

 腐り、

 絶望と憎悪に満ちた人間の死体で、体が構築されている。


 動くたびにぐちゃぐちゃ、と嫌な音が鳴り、

 絶えずドス黒い血が垂れ流れ続け、

 脳天を直撃する、腐敗臭をあたりにばら撒く。


 ホラーゲームに登場してもおかしくない様相。


 これが、神話生物が一体、『ヨルムンガンド』だ。


「あ、ああ、ああ……」


 側にいたハールは感じ取ってしまったのだろう。

 圧倒的なまでの力を。

 顔面蒼白になり、腰を抜かして、目から涙を流す。


「きゃああああー!!?」

「たす、助け、助けてくれー!」

「誰かああああ!!」


 せっかくの俺の誕生日会は、大パニックになった。

 他の貴族たちは半狂乱になって逃げ惑い、

 あるものは絶望のあまり、硬直したり、失禁していたりする。


 全長10m。

 その大きさだ。召喚に巻き込まれ、下敷きになってしまった者もいた。


 ……まあ、俺とヴォルフシュテイン家を馬鹿にした奴らだ。どうってことないか。


「タ、タルカーン!」


 すると、ラニアの悲鳴が聞こえた。


 彼女も恐ろしさのあまり、その場から動けずにいるようだ。

 そんなすぐそばに、タルカンのが転がっていた。


 ……あいつも馬鹿だな。


 契約内容は、『神話生物を召喚した際、マクスリル家の血が流れる人間を生贄に捧げる』というもの。


 どうやら、自分を勘定に入れなかったらしい。


「……アーサー様」

「ルナ、大丈夫だ。皆を頼むぞ」


 ルナはまだ動けるようだ。


「ア、アーサー!」

「父上」


 ちらり、と。メリサやカーニャたちがいる方を見た。


 新人メイドたちは恐怖あまり全員気を失っている。

 メリサは普段絶対に見ないような表情でぶつくさ何かを呟くだけ。

 カーニャは静かに泣き喚いていた。


 ……これじゃあ、家族に危害が及んでしまう。


「もう一度言います。頼みましたよ」


 見れば、ファリスも白目をひん剥いて気を失っていた。


 今この場でまともに動けるのは、俺とバルザック、そしてルナだけだ。


「……わ、分かった。お前を……お前を信じる!」

「……ご用命とあれば、いつでも助太刀に」

「ああ。じゃあ、行ってくる」


 よし。

 やるか。


「きゃあああああー!!?」


 すると、再びラニアの悲鳴が聞こえる。


 見ると、ヨルムンガンドがラニアに死体の腕を繋げた紐を伸ばし、巻きつけていた。


「た、助け、助けてええええー!!」


 あのままではラニアはヨルムンガンドの死体の体へ取り込まれてしまう。


「おいおい。俺の獲物を横取りするなよ」


 そいつは修道院送りにする前に──もう少しだけ痛めつける予定なんだからよ。


「──ヨルムンガンドォ!!」


 それにしても、危険度10か。

 完成した二刀流のチュートリアルにしちゃ、中々骨があるね。


 そう思いつつ、俺は駆けた。




◇あとがき◆

最新話まで読了、ありがとうございます。


ラニアに関してですが、もう少しだけ痛い目に遭います。

前回のあとがき時に書いた人の形を保っていたれるのか? にまだ答えられてませんからね。


いよいよクライマックスです。次話以降もよろしくお願いいたします。

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