第21話:危険度『5』ワイバーン
大雑把な強さの目安がある。
危険度1の魔物は、戦闘に秀でない成人男性が命懸けで戦えば、なんとか勝てるかもしれないくらい。
そして危険度5は、出没したら一定ランク以上の冒険者──あるいはパーティが
一定のランクとは、概ねBランク以上を示す。
Bランクの冒険者。それは一流の実力者である。
「アーサー様……撤退のご準備を」
いつも透き通るようなルナの声も、今ばかりは震えていた。
額には玉のような大汗を浮かべ、険しい表情で上空を見上げている。
彼女の視線の先には──危険度5の魔物、ワイバーン。
白い鱗と、鬼のような角を2本生やした翼竜型の魔物だ。
「はあ、はあぁ! はあああああ!? な、なんで、なんで!? なんでこんなところにワイバーンがいるんだよ!!?」
続くギランは完全にパニック状態になっている。
……見たら、股間の辺りに『黒いシミ』ができていた。
なんか妙な臭いがすると思ったら、こいつか。
「トロルに続いてワイバーン、どうなってんだ!! 今日は厄日だ!!」
「そうだな。まさかこんな事態になるとは」
「てめえのせいだぞ!? なんでか知らねえけどよ、そんな剣馬鹿にしたくらいであんなキレやがって……」
「そもそもお前が煽らなければ、ここへ来なかったんだが──どれ、下がってろ」
直後──空を飛んでいたワイバーンは滑空し、地に降りた。
その衝撃で、地面が揺れ、土煙が舞い上がる。
「……アーサー、様?」
綺麗なルナの顔が崩れた。
ロングソードとブロードソードを構えつつ、俺が前に出たからだ。
土煙が晴れ、顔をもたげたワイバーンの恐ろしい、蛇のような瞳と目が合う。
「た、戦う……おつもりですか?」
「ああ」
俺の返答に、ルナも一歩前へ出て、俺の腕を掴む。
「お、お待ちください! 相手はワイバーン、危険度5の魔物です! いくらアーサー様がお強いとしても、あれはトロルとは訳が違います!」
「放ってもおけないだろ。あのワイバーンもさっきのトロルと同じく、やけに興奮している。気が立った状態のあいつを放置しては、遅かれ早かれ領民に被害が出る」
領民の好感度を下げたくない、という個人的な願望もちょっとあったり。
「で、ですが……」
どくん、どくん。
熱い。
血がマグマのような熱を帯び、血管を超速で循環している。
息が荒くなり、全身の毛が逆立つ。
自分でも分かっていた。
これは、戦人族の血が騒いでるのだ。
「アーサー様、お言葉ですが旦那様と無茶はしないとお約束したのでは? これはその“無茶”です! どうかお気持ちを抑えて、私が注意を引いている間に救援を──」
「ルナ。もしかしてだけど、俺がワイバーンに遅れを取ると思っているのか?」
「……え」
「ルナフレア・シルフィードの英雄である──この俺が」
「──っ!」
すまない、ルナ。
そして父上、母上、カーニャ。
頭じゃ分かっている。
でも難儀なもんで、体が言うこと聞かないんだ。
この体の熱を冷ますには、奴と戦うほかない。
「…………」
「あ、当たり前だ! Fランクが敵う相手じゃねえ! もう一度言うが相手はワイバーンなんだぞ!?」
「さっきワイバーンと遭遇経験があるとかなんとか抜かしてたくせに、やけに及び腰じゃないか」
「あんときゃ命からがら逃げれたんだよ!!」
「本当に遭遇経験がある『だけ』なのね……まあいい」
手首のスナップを効かせ、右手のロングソードをくるくると回転させ、左肩にブロードソードを置く。
個人的なプリショットルーティーンだ。本来はゴルフ用語らしいが、俺なりの集中力を高める一連の動作である。
「ロ、ロングソードを片手で……!?」
「……アーサー様、失礼しました」
「え?」
目まぐるしく表情が変わるギランとは対照的に、ルナは何かを決意した表情に切り替わっていた。
「仰るとおり──あなた様は英雄たるお方。一度でも、あなた様が『勝てない』と思ってしまったこと、どうかお許しください」
「お、おい何言って……」
「ふっ、お目付け役失格だな」
「はい。なので、後で一緒に怒られましょう」
そう言って、ルナも俺の横に立ち──ロングボウを構えた。
「ば、馬鹿かてめえら!? 俺は知らねえ、死にたいなら勝手に死ね!」
「ちょうどいい。ギラン、俺ももう一度言うぞ、これから俺がやることを、しっかり見ておけ。ゴブリンとトロルの時は見ている余裕がなかっただろ」
「は、はあ!?」
既に背中は汗でぐっしょりだった。
同時に痛感した。中身が転生してきた日本人なんだとしても、体は戦人族の末裔なのだと。
本能が告げている。
「──お前が馬鹿にしたこの2つの剣が、ワイバーンを討つ瞬間をな」
奴を倒した時の経験値は、どれくらいだ?
考えただけで、心が躍った。
「作戦は?」
「さっきと同じだ。ルナは援護、俺が……切り込む!」
「グアアアアアアアッッッ!!!」
──咆哮。
「ひぃ!?」
ギランが悲鳴をあげた。
木々が、空が、大地が揺れる。
危機を察した鳥たちが飛び立ち、
それが、開戦の合図となった。
「アーサー様!」
「ああ!」
地面を強く踏み締め、駆け出す。
高鳴る胸の鼓動を原動力に変え、俺はスピードを上げていく。
「は、早えぇ!?」
ワイバーンが何かをしようとしたが、その前に俺が一瞬で間合いを詰めた。
トロルを超える、見上げるほどの巨体。
その頭部に思いっきり、ロングソードとブロードソードを振り下ろす。
ガンッ!!
「グアァッ!?」
「……っ」
だが──やはり『硬い』。
白い鱗は、まるで岩のよう。
手に伝わる感触からも、斬り付けた箇所を見ても、奴にダメージが全然入っていないことが分かった。
さすが危険度5──
「ゴアアアアッ!!」
「!」
すると、ワイバーンが奈落の底みたいな大口を開け、俺を噛み殺そうとしてくる。
すれ違いざま、口内を斬り付ける。
「ギャアアアアッ!!」
「な、なんつう動きだ……」
口内までは鱗がないのか、確かな手応えがあった。
とはいえ、口内一点狙いは、バルザックでも至難の業だろう。
「アーサー様!」
ここで、ルナの援護射撃が入る。
放たれた矢がワイバーンに突き刺さる。けれど、浅かったり、鱗に弾かれたりとダメージは期待できない。
(……鱗か)
この頑強な鱗を突破しない限り、ダメージレースで負ける。
「ガアアアアアッ!!」
「避けてください!」
ワイバーンはその場で回転し、鞭のような尻尾が俺に迫る。
それを宙返りで交わして、着地。
こっちの攻撃はあまり効かないのに、あっちの攻撃は一発一発が致命傷だ。
故に、勝負は短期決戦に持ち込まねばならない。
ならば──
「この『魔法』の出番だな」
あの鱗を貫く方法はいくつか思いついたが、
二刀流で攻めるという観点も含めれば──
腕を通して魔力を練り、ロングソードとブロードソードへ『流す』。
そして、交差させてから振り下ろしたその時、
「なっ……アーサー様、それは!?」
ロングソードは“炎”に。
ブロードソードは“氷”に包まれる。
<
「グルルルル……」
ワイバーンが低く唸る。
その邪眼の先は、燃え盛る剣と、冷気を放つ剣。
防御が硬い敵には、魔力と属性で戦うのがセオリーだ。
だからこそ、炎と氷の力が満ちる2つの剣で、鱗を突破する!
「<属性付与>……ま、まだ教えていないはず……!?」
「さあ、勝負はここからだぜ、ワイバーン」
◇あとがき◆
最新話の読了、ありがとうございます。
非常にざっくりとした、危険度の目安について記載しておきます。
危険度1:冒頭参照。
危険度2:Eランクでなんとか。
危険度3:Dランクの冒険者なら勝負になる。
危険度4:Cランクなら挑戦してもよい。
危険度5:Bランクほどじゃないと危険。
危険度6:Aランク相当の実力が必要。
危険度7:Sランク、またはB〜Aランク複数在籍パーティで五分五分。
危険度8:一般的な魔物だと最強クラス。Sランク複数人での出撃推奨。
危険度9:出没が確認され次第、国が対応に入る。普通の魔物ではない。
危険度10:???
危険度10は少し特殊なので、一旦シークレットとさせてください。
また、危険度は単純な戦闘能力以外の部分も勘定して設定されています。
こちら含めて、今後色々と明かされますので、どうぞお楽しみに。
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