第19話:二刀流、無双の証明
ゴブリン退治依頼の指定地である、クリプト湿地帯。
湿地帯というだけあって、強い土や泥の臭いが鼻を突き刺す。
だが、タバコやアルコールの臭いに比べればかなりマシだ。
なにより──
「すごいな……」
目の前に広がる陰鬱とした湿原が、原作で見たグラフィック通りだったからだ。
あの湿っぽい感じや鬱々とした感じが、見事に再現されている。
曇り空なのも相まって、こんな風景だが、思わず見惚れた。
それが幾分、体の内側で沸き立つ怒りを鎮めてくれているのだ。
──怒り。
俺はその感情を抱いた原因に目を向ける。
「あっちぃな〜! ここは蒸すんだよぉ。ったく、なんだって俺様がゴブリン退治なんぞに……」
「お黙りさない。あのお方の怒りを買ったのですから、その罰です」
「げへへ、なんだか知らねえけどよ、嬢ちゃん暑くねえか? その服脱いじまったら涼しくなると思うぜぇ?」
「
ギラン・レッドバトス。
彼に両親から授かったこの2本の剣──もとい、父のバルザックを馬鹿にされたことが、我慢できないほど腹立たしかったのだ。
感情をむき出しにするなど、大人気ない。
そう分かっていつつも、体が勝手に動いていた。
(ギラン、ギランか……)
腹の底から憎たらしい顔をした大男だ。
だが、記憶のどこにも彼の情報はない。
つまり、俺が知らないということは彼は原作だと“モブキャラ”ということになる。
(オープンワールドだからか、コスト削減でモブキャラは顔や体のモデルが使いまわされている。だけど、ここは現実だからか一人一人にちゃんと個性がある)
先ほどのギルド酒場も、ゲームならいくつかあるプリセットモデルを使い回されているが、この世界だとちゃんと1人の人間として構成されている。当然、ノースポーチの町民やぶつかってきたあの少年もそうだ。
そして、
(ルナフレア・ウィンドウ……彼女も原作では、モブキャラということになる)
あんなに美しい女性、俺が覚えていないわけがない。
だが、俺が知らないということは原作だとモブなのだろう。
そう思いつつ、自然とルナの方へ視線が吸われる。
ところが、肝心の本人はそれどころではなさそうだった。
「嬢ちゃん彼氏いんの? まさかとは思うが、あの弱っちそうな奴じゃねえよな?」
「弱っちそう……貴様、私の英雄を
「私の英雄って、ぎゃはははは! なら俺様の方が英雄だな。狼の群れを1人で薙ぎ倒し、ワイバーンとも遭遇経験がある! ノースポーチが誇る“大巨漢”ギラン・レッドバトスとは俺様のことよ!」
「冗談はその存在だけにしておけ。貴様のような下級の戦士が、あのお方と同じになろうなど片腹痛い」
やばい。
ついカッとなって連れてきたけど、失敗だったな。
ギランとルナフレア、相性最悪である。
「あぁん? てめえ、めちゃくちゃエロ可愛いからって調子に──」
その時、ギランがルナに触れようとした瞬間、
「──触るな、
「うごえぇっ……!?」
……自業自得だが、ギランの
ハーフエルフなので、身体能力は一般人のそれを凌ぐ。つまり、彼女の拳はそれなりに威力がある。
汚らしい嗚咽を漏らし、ギランはその場にうずくまった。
「私の体に触れて良い殿方は、あちらにおられるアーサー様のみ」
「ア、アーサーって……こ、こいつ本当に領主の息子なのか……!?」
「アーサー様、どうか私の手を握ってはいただけませんか? 奴に触れ、穢れてしまった故……あなた様の英雄たる手でこの汚れをお祓いください」
「お、お前から殴ってきたんだろうが!?」
「いい加減にしとけギラン。今のは誰が見てもお前が悪い」
一応、言われた通り彼女の肩に手を置き(なぜかルナは不機嫌な顔から一気に満足げな顔になった)、うずくまって震える大男を見下ろす。
「元はと言えば、お前からふっかけてきた喧嘩だ。俺がちゃんと証明するまで、大人しくしてろ」
「し、証明って、何を証明するんだよ!?」
「さっきも言っただろ?」
そう言って、俺は周囲に意識を配りつつ、腰のロングソードとブロードソードを引き抜く。
同時に、ルナの丸みを帯びた尖り耳がぴくっと反応した。
「お前が馬鹿にしたこの剣が、本当に『チャチ』かどうかだ──構えろ」
「は?」
言葉の意味が分からないのか、ギランはぽかんと、口を大きく開けて固まる。
だが、そんなことを気にしてられない。
俺はロングソードを“振りかざす”。
「なっ!? お、お前なにを──!?」
どうやら、自分が斬られると感じたらしい。
が、斬ってやりたい気持ちは抑えて──咄嗟に目を閉じたギランを尻目に、彼の背後へ剣を振り下ろした。
「グギャアッ!?」
その直後、人間とは思えぬ悲鳴が響いた。
「え!?」
「お前、ゴブリンが穴を掘れることも知らないのか?」
バッと後ろを振り向いたギランは、そこでロングソードで脳天をカチ割られたゴブリンの姿を見た。
「い、いつの間に!?」
「……どうやら、私たちが騒ぎ過ぎたみたいですね」
ボコ、ボコボコ、と。
地面から土や苔を纏ったゴブリンたちが湧き出てくる。
醜悪な顔をした小鬼だ。
大きさは俺の腰くらいだけれども、無骨に揃えられたその爪は、奴らが人ならざる存在であることを証明していた。
「アーサー様、申し訳ありません」
「仕方ないさ。俺もルナの立場だったら嫌だったし」
「ご容赦、痛み入ります。お詫びにこの戦い、全力で助太刀いたします」
ルビーの瞳がギラリと光る。
彼女は背に用意していた『弓』を取り出し、矢をつがえ始めた。
ルナは魔法の他、弓も扱うとのこと。
ヴォルフシュテインの家から借りた“ロングボウ”である。
「く、くそったれ! んなことくらい知ってるわ!」
ようやくギランも起き上がると、大剣、ツヴァイヘンダーを構えた。
「カオォ、ゴボォ」
「グゲッ! グェ!」
耳障りな声を出すゴブリンの総数は、9体。
ギランに不意打ちを仕掛けた個体と合わせて、ちょうど10体。
おそらくこいつらが、依頼書に記載があったゴブリンたちだろう。
──ゴブリンの姿形も原作通り。
いいじゃないか。なんだか
胸の奥に、真っ赤な炎が燃え上がった。
剣を握る両の手に力が入る。
ギランを睨みつけながら誓う──証明してやる、バルザックからもらったこの剣が、決してチャチではないことを。
二刀流の、強さを!
「ホガアアアッ!」
ゴブリンの一頭が天を仰ぎ雄叫びをあげる。
それが開戦の合図だ。
同時に、俺は惜しみなく『殺気』を放った。
「ヒグッ!?」
ギルドの酒場と同じく、ここも俺の殺気に呑まれ、ドス黒い重圧が幕を下ろす。
それは醜悪と呼ばれるゴブリンたちの顔を、さらに醜く崩した。
呆気に取られるゴブリン目掛け、駆け出す。
そのうち俺の近場にいた2体は、一瞬のうちに首を刎ねられた。
右手のロングソード。
左手のブロードソード。
それぞれの銀の刀身が、魔物の紫を含む鮮血で彩られる。
「ギャギャッ! ギャッ!」
「キ、キキィ!」
「ホワッ、ホワッ!」
同胞があっという間に殺されたことで、他のゴブリンたちはようやく現実に戻ってくる。
仇を取るべく、俺へ向かって飛びかかってくるも──
「遅い」
足に意識を集中させ、体を回転させながら回避。
それは同時に、遠心力が加わる攻撃にもなる。
「ギャアアア!!?」
「ホエイイイイッ」
2本の剣を通して、悲鳴と手応えが伝わってきた。
「ワ、ワギッ!?」
そして、戸惑う残った個体へすかさず駆け寄り、
ロングソードとブローソードを交差させ、解き放つ。
斬──
体を四等分にされたゴブリンは、断末魔すらあげられずに絶命した。
俺に襲いかかってきた5体のゴブリンは、これで全部。
「あとは……」
4体。
すかさず視線を配ると、3体のゴブリンと交戦しているルナの姿が見えた。
「ふっ」
距離を取りつつ、息を小さく吐き、矢を放つ。
特筆すべきは、一度に3本もつがえたこと。
原作だと、大量のアビリティポイントがなければあの技は使えない。
つまり、ルナフレアは魔法のみならず、弓にも精通しているのだ。
「ギャッ!?」
一本は、一体のゴブリンの眉間へ。
「キャッ」
「ヘホォーイ!」
しかし、残りの二本はゴブリンによけられてしまう。
──が。
「<
避けられた矢が、あり得ない軌道を描き、ゴブリンたちの背後をまるで追うように迫る。
「ギギーッ!?」
「ヘガッ!」
なるほど──外した矢を魔法で操ってリカバリーするのか。
確か、あれはかなり高度の技術を要する魔法のはず。
それを容易く行なったルナは、あっという間に3体のゴブリンを倒したのだった。
「すごいな」
「もったいなきお言葉、アーサー様こそ、素晴らしい身のこなしでした」
だが、安心するのはまだ早い。
俺が5体、ルナが3体、合計で8体。
つまり、残り1体残っているのだ。
そうすると、必然的に残ったゴブリンと戦っているのは──
「ぎにゃあああああ!!」
……なんだ。
結構情けない悲鳴が聞こえたけど。
「……アーサー様、あちらを」
「…………」
呆れた表情のルナが手で示した方向。それを見た瞬間、俺はため息をついた。
視線の先、体格があるはずのギランが小型の魔物であるゴブリンに押し倒され、顔面をめっちゃくちゃに引っ掻かれて甲高い声で叫んでいたのだ。
要は、ゴブリンという下級の魔物に打ち負かされているというわけで──
──すぐそばに転がる“綺麗”なツヴァイヘンダーが、なんだか泣いているように見えた……。
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