第13話:ルナフレア・シルフィード

 どくん、どくん。


 心臓の鼓動が、これほど強く聞こえたことはない。

 口の中が渇き、額に汗が滲む。


 原因は手の甲に残る感触だ。

 先ほど、ルナフレアにキスされた感覚がまだ残っている。

 唇の柔らかさ、温かさがくさびのように打ち込まれており、全身の血を熱く沸騰させていた。


「……アーサーちゃん、アーサーちゃん!」

「っ!?」


 メリサの声でハッとし、現実に戻ってくる。


 4人で机を囲んでいる形だが、俺の横にバルザック、斜め向かいにメリサ。

 そして、目の前にルナフレアがいるのだ。


「どうしたの〜ぼーっとして」

「あ、いや……」


 その時──偶然彼女と目が合ってしまった。

 真紅の瞳に視線を釘付けにされた俺へ、彼女は頬を赤らめ、小さく微笑む。


「くすっ……」

「──っ!!」


 だ、駄目だ。また心臓が爆発しそうだ。

 このままでは身が持たないと感じ、すぐさま視線を逸らした。


「どうしたアーサー? 顔が赤いぞ」

「分かった〜! ルナちゃんのこと好きになっちゃったんでしょ〜!」

「はぁ!?」


「おお、そうなのか!? そうか〜、まあアーサーもそういう年頃だもんな〜」

「ち、違います!」

「えぇ〜? 本当か〜? 照れんなよお前〜!」


 くそ、バルザックまで肘をツンツンして俺をからかいはじめた。


「それにしても──とても素敵なお名前ですね、『アーサー』様」


 相変わらず、ルナフレアの声は透明感があった。

 すんなりと耳に入り、疲れた鼓膜を癒すようだ。


「かつてあった大国、灰と雪に覆われた不毛の地を統治した騎士の王、かの英雄と同じお名前です」

「ああ。実はそのアーサー王からとったんだ」

「そうそう、あの王様みたいに強くたくましい子に育つようにってね〜」

「では、ご令息様は願いの通りに育っておりますね。あの盗賊団をたった一人で倒したその腕前は、まさしく英雄の故です」


「……もう、この辺でいいんじゃないか、そろそろ本題に入ろう」


 このままだと、両親からの変なイジリが止まらない可能性がある。

 あと……ルナフレアに褒められると、いつもの3人から褒められるよりもこそばゆい。


 首をぼりぼり掻きながら、俺は話を切り出した。


「グズフィット盗賊団に捕えられた、その詳しい理由を聞かせてくれないか」

「あなた様が望むなら」


 辛い過去を話させるが、念の為確認しておきたかった。


 ルナフレアは、人間の父とエルフの母を親に持つハーフエルフ。

 しかし、両親は2人とも既に亡くなっているらしく、1人で森の妖精や動物たちと、それなりに楽しく暮らしていたらしい。


 ところが、そこへグズフィット盗賊団が襲来する。


「私はハーフエルフですから。奴隷としての価値が極めて高く、彼らは全力を注ぎ込んできました」


 ただ、ルナフレアもただでは終わらない。魔法や自然の力を使って抵抗をし、あのグズフィット盗賊団を半壊させた。

 が、やはり多勢に無勢。いつしか体力は果て、彼らの毒牙にかかった──


 その後、グズフィット盗賊団はヴォルフシュテイン領へやってくる。

 そして、ルナフレアを高く買ってくれる人物を探していた最中に、俺が襲撃してきたという流れらしい。


「つまり、俺は弱っていた盗賊団にトドメを刺した、ってことか」

「ふふっ、逆です。霧の森に残っていた盗賊は、私の反撃を生き延びたたち。それらを単騎で打ち破る豪胆さは英雄的ですよ、アーサー様」

「……そ、そう、か」


 あ〜! なんか暑くない? この部屋。

 今は真冬のはずなのに、なんだか蒸し風呂の中にいる気分だ。


「だが、問題なのはこれからだ。ルナフレアちゃん、行くあてはあるのかい?」

「そうよね〜、お話を聞くに、身寄りもないのでしょう?」

「親戚はいますが、きっと私のことは忘れてますね」


 こんな美少女を忘れる親戚って、どんな人たちだろう。

 あるいは、単純に親戚との仲が悪いことを比喩表現したか。


「あてはありませんが……おかげさまで、力は戻りました。しばらくは魔物退治などで生活しようかと」

「冒険者か。グズフィット盗賊団に一矢報いることができるんだから、案外向いてるかもな」

「フラリの子たちと違って戦えるなら、それもありよね〜」


 ……そうだ。良いことを思いついたぞ。

 少し賭けだが、やってみるか。


「父上、こんな時になんですが、よろしいですか?」

「うん? どうした」

「そのグズフィット盗賊団を始末した褒美を、いただきたいと思うのですが」

「え……い、今か?」

「はい」


 場違いなタイミングに困惑するバルザックだが、一つ頷き、俺へ向き直る。


「ふむ、まあ頑張ったしな! いいぞ、なんでも言ってみろ」

「では、ルナフレア・シルフィード殿を俺のにしてくれませんか?」

「か、家庭教師!?」

「まぁ……」


 その要求には、ここにいる全員が驚いた。


「今、魔法を学んでいるのですが、少し苦戦しております。ですが、彼女はハーフエルフ、魔法に知見がある方です。彼女から直に教えを受けることで、よりスムーズに魔法を修得できると考えましてね」


 俺の言っていることは本当だ。

 ゲームだと魔法書を入手し、ステータスが足りていればそれで唱えられるが、この世界だとそうはいかない。


 魔法の発動には、魔法ごとの魔力消費、魔力循環、魔力理論など、多種多様なことを頭に叩き込む必要がある。


 今後のためにも魔法は学んでおきたいのだが、独学では限界を感じていたのだ。

 ならば、ハーフエルフの彼女は家庭教師としてうってつけだ。


「確かに、ビリーもお前の魔法はすごいと褒めてたしな……」

「あなたいいんじゃない〜? ルナちゃんがどうかが大事だけど〜」


 肝心なのはそこだ。なので、


「──いいのですか?」

「え?」


 色々と細部を詰めていこうとした矢先、ルナフレアが俺の言葉を遮った。


「私如きが……英雄たるあなた様に、魔法を教えても?」

「あー、いや、ルナフレアだから教わりたいっていうか……」

「──ふふっ、とても面白いお方ですね、アーサー様」


 すると、ルナフレアは身を乗り出し、俺の手を取って。


「では僭越せんえつながら、私の知恵と魔力をお貸しいたしましょう」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。色々話を進めすぎ──」


 ところが、彼女が机に身を乗り出したことで、『それが』見えてしまった。

 現在、彼女はメリサの厚意でお古のドレスを着ているのだが、


 そこにある『魅力的な谷間』が、俺の視界の全てを奪っていく。

 顔から火が出そうになりつつも、谷間から目が


「ですが、一つ条件があります」

「じ、条件?」

「はい。これから私のことは、『ルナ』とお呼びください」


 そして再び、あの脳が燃え盛る微笑みを向けてくる。


「親しき方には、そう呼ぶようお伝えしているのです」

「えーっと、それだと俺とはまだ親しく……」

「何を仰いますか」


 きゅっと、俺の手を握る細い手に力が入り、真紅の瞳が、俺の心を射抜いた。


「あなた様は──なのですから」




「あー、なんか、本当に話がとんとん拍子に進んでるけど……」

「や〜ん、ウチの子に春が来たぁ〜♡」


「──これから、よろしくお願いいたしますね、『』?」

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