Sixth Crystalline: Dive into the Darkness

 そこは、闇の極みとも言うべき空間であった。人間どんな闇の中に居ても瞼の開放を光探求の自由を奪われる事はまず無い、その意味で闇はとても穏やかかつ無関心である。だが、苦痛が演出するこの血で染まった闇は違う、更なる闇を追い求め闇に突入した哀れな闇ならざる者を餌だと考えるのだ、たとえその者を八つ裂きにして滲んだ色が黒でなくともその者の滲んだ色とはまた別の色素を持つ欠片と混ぜ合わせて何処までも黒の晴好雨奇を実現させてしまう。つまりは黒い和紙に縦横無尽に描かれた水墨画に使われている墨汁がこの闇の別名である、黒の晴れも晴れを覆い隠す黒の雨も全天に広がる途轍もない黒の風景でしかないのと同様、苦痛自体が生み出す死んだ色黒と生ある者を殺しその体の欠片をごちゃ混ぜにし作り上げた色黒はどちらも結果としては純度のこの上なく高い不浄の透明色黒なのだ。私はそんな黒い悪魔が囁く透明擬態賛歌、そこに無き者として存在する喜びの唄に耳を貸す事はしたくない、この苦痛の血が私の周りに有る事で絶対的に感じる事になってしまう苦痛を死によって逃れる為口を広げ苦痛の血と我が血とを交わらせ悪魔との血の契約を交わしその果てに透明人間ならぬ透明死した人間になる道など選ぶつもりは無い、それならあくまで尊厳の元死に体の有り様に何の差異無いとしても亡き者として華々しく散ってやる道を選び切ってみせる、苦痛の血に包まれつつも口を一切開かず、誰に届くとも知れない悲鳴を上げる弱者行動をせず何より心を引き千切る無様を晒さず、最後まで意識を我が物として抱きかかえたまま静かに息絶えてみせる、それが私の油断が生んだ未曾有の生命の不安定状況において私が導き出した覚悟であった。

 要は苦痛の種類としては水仙に刻み込まれた花と繋がった人々の死に様の私への流し込みと大差は無いのだ、だが、その程度が大きく違う、口を広げれば口から生が抜け出ていく、と言う観点からここは人が水中にて息を止める動作を引き合いに出すのが良案と考えるが死に様の流し込みは口を開ければ即正常な脳が奪われると言う点を除けばせいぜい水面に顔を埋めて自発的にいつでもその苦しみから抜け出せる状態なだけであるのと違って苦痛への突入をしてしまうと水面に顔を埋められた赤子になってしまう、自然と言う神の殺意無き穏やかな豪腕の振れに心臓を潰される一幕を持ち出すなら足の着かない血の海で溺れ死ぬのを考えれば良いか。とにかく、生命の安全域へ辿り着くまでの予想がまるで付かない恐怖がこの時の私を包み込んでいた。口は勿論の事そのままにしておくとじわじわと浸食される様子であった事から海水中においてに近しく光の婚約者目も開ける事を許されない中、私はこの悪魔の部屋へ入り込んだ入り口へ戻るより出口を探す方を選んだ。この苦痛の血が捕食者の体を持っているなら被捕食対象をそう簡単には脱出させない仕組みになっている気がしたのだ、目を開けても闇に次ぐ闇でしかないのでなんにせよ空想するしかないが例えば入り込んだ場所の傍の血を徐々に凝固させて逃げ惑う餌を泳げなくさせてしまうであるなり、旋回動作に一回回ろうとしたら最後と言わんばかりの強烈な必要以上の助けを加えて方向感覚を失わせてしまうと言うより単純に耐え切れぬ苦痛の血との超高速接触を味合わせるであるなり計算され尽くした入り口からの脱出に関する蜜の味の罠が仕掛けられている様に思われた。

 その予想の是非はともかくも幸いにして私は闇の回廊を潜り抜けた。もう二度と入り込むべきでは無いにせよそのあまりの純粋な黒の集合に対する変な憧れを拭い切れないまま、私は第五の光る天使の像を目指す事にした。

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