第2話 塔の逆位置「救済」





警察「丸太を持った男ねぇ……」


午前9時。

警察署の中、母と二人で取り調べを受ける。


警察「それで……、日向井ひむかいアサコさんは、その男が振り回した丸太で叩き飛ばされたと……」


スミ「……はい」


警察「何度も聞いて悪いけどね、それから、その男はどこに行ったのか、わかる?」


スミ「目の前で土砂崩れが起きて、それに巻き込まれていって……。その後はわかりません」


警察「ふーん……。そう……」


マユミ「あの、まさか、この子を疑っているんですか?」


警察「あ、いやいや、お母さん、違いますって」


マユミ「この子は土砂崩れに巻き込まれかけたんですよ?しかも訳の分からない事件に巻き込まれて」


警察「ええ、わかります、わかります」


マユミ「古い友達のアサコちゃんを、この子が傷つけるはずないでしょ」


警察「違いますから、疑ってませんから!ただね、こちらも、わからないことだらけで、神社の崩落は地震ではなくて、その男が壊したようだと言っているし、日向井アサコさんもどうして、あの場所に倒れていたのか」


マユミ「だから、この子が言ったじゃありませんか」


警察「しかし、電柱のような長さの丸太を振り回していたって言われてもね……。ねえ君、本当にそれは木の丸太だったの?」


スミ「たぶん……。そう見えました」


警察「うーん」




警察署の玄関を母と出る。


マユミ「あんた、本当に身体は大丈夫なのよね?どこかに、ぶつかったりしてない?」


スミ「うん」


マユミ「壊れた神社の柱に当たったとか」


スミ「してない」


マユミ「そう」


スミ「ねえ、アサコ、大丈夫だよね?」


マユミ「意識が戻ったら連絡をくれるって、アサコちゃんのお母さん言ってたから、今は自分のことだけ心配してなさい」


スミ「うん」


マユミ「これから仕事に行くけど、今から学校、一人で行けそう?」


スミ「大丈夫」


マユミ「はあ、お母さん、あんたが心配だわ」


母が手を振り車のほうに歩いて行く。






市街地にある高牧滝見たかまきたきみ高校。

お昼休み中。


女子「あ、来たよ!」


女子「黒瀬さん!」


スミ「おはよう」


スミが教室に入ってくる。

後列角の自席につくと、周りに女子数名が群がる。


女子「黒瀬さん!昨日の地震のとき、熊に襲われたんだって!?」


スミ「え?」


女子「天文部の子、大丈夫?」


女子「違うでしょ、殺人犯だよね?」


女子「まだ意識戻ってないんでしょ?」


スミ「え、あの」


女子「龍ヶ渕町って物騒だね。結構そういう事件起きるの?」


女子「その天文部の子も、龍ヶ渕出身なんでしょ?」


スミ「えっと……」


ミドリ「あんたたち、やめなって」


クラスで一番のギャル、ミドリが止めに入る。


ミドリ「昨日の今日で黒瀬も大変なんだからさ。色々言われても答えらんないって」


女子「あー、そっか、ごめんね」


女子「悪いことしちゃった。気に障ったよね?」


スミ「んーん。大丈夫」


キーンコーンカーンコーン。


女子「あ、やば、また後でね」


女子「黒瀬さん、放課後また教えてね」


ぞろぞろと席に戻る。


ミドリ「あとで皆には、余計な事、聞くなって言っとくから。気にしないでいいよ」


スミ「ありがとう、西野さん」


ミドリ「アタシぐらいしか言えないっしょ。こういうの」


教師「はーい、お待たせ、授業始めるぞー」


女子「きりーつ」




女子「日暮れがたにおはしまして、例の御供なども多からず」


お腹のあたりに違和感を覚える。

なんかあったかい。

ブラウスのポケットに、カイロが入っているみたい。


スミ(なんだろ……。なんか変な感じがする)


ポケットに入れてあるカード。

壁に隠すようにポケットから覗かせてみる。

ぼんやりと光っている。


スミ(昨日のカードが、光ってる……!)


女子「かの人のありさま、いとあてやかに――」


パタパタパタ。

視線を感じて廊下側の窓を見る。

ジャージ姿で通り過ぎていく下級生たち。

一人の男子生徒と目が合う。


女子「さすがに、なほ、あはれなるものにこそ見え給ひけれ――」


少し長めに伸びた髪。

前髪から覗く、真っ直ぐな黒い瞳。

スミと見つめ合ったまま男子生徒は通り過ぎていく。

ポケットの熱さが無くなっていく。


心臓がドクドクと激しく脈打つ。


スミ(なんだろう……、今の……)


教師「――せ、くろせ、黒瀬!」


スミ「は、はい!」


教師「続き読んで」


スミ「はい。えっと……、ほどなく、御前にまゐり出でて、いとしのびやかに物語など聞こえ給ふ――」






放課後の科学準備室。

昨日使ったLEDランタンを棚に戻して、部活動日記を取り出す。


スミ(12月1日、21時、観測開始。天候晴れ)


机で日誌を書く。


スミ(裸眼による小規模流星群の観察。三度の流星を観測。三度目に観測した流星の光が、とても大きく見え、その後、私の足元付近に――)


シャーペンを置く。


スミ「本当に私の足元に流星が落ちたの……?」


窓を眺める。




ガラガラ。

科学準備室のドアが開く。

目を向けると、

さっき授業中に目が合った、下級生の男子がいる。


スミ「え……」


男子生徒「……」


スミ「……あ、ごめんなさい。何か御用ですか?」


立ち上がる。


男子生徒「天文部のこと、学校中で噂になってる」


スミ「え?あ、うん。そうみたいですね」


男子生徒「あんまり目立つとよくないから、忠告に来た」


スミ「それは……、どういう意味?」


ブラウスのポケットが熱い。


スミ(なんかまた、あったかくなってる……)


男子生徒「ブラウスのポケット」


スミ「え?」


胸元を見ると、

生地の外から光が漏れ出るほどの強い輝き。


スミ「あ、」


上から隠すように押さえる。


男子生徒「入院したっていう奴かと思ったけど、あんたの方だったか」


スミ「……何の話?」


男子生徒「見るからに弱そうだし、目立つなって言ってんの」


スミ「目立つ?」


男子生徒「カード、持ってんだろ?」


スミの肩がビクンとする。


スミ「カード……?」


男子生徒「バレバレだよ。カードを持つ者どうしなら、すぐにわかる。あんたも気が付いてんだろ?」


スミ「……あなたも、カードを持ってるの?」


男子生徒「ああ」


スミ「カードを……、どこで拾ったの?」


男子生徒「二週間前の夜、目の前に降ってきた」


スミ「降ってきた……。私と同じだね」


男子生徒「話はそれだけ。じゃあ、忠告したから」


スミ「あの、教えて!」


男子生徒が振り返る。


スミ「このカードって何なの?」


男子生徒「知らない。てか、あんたも聞いてない?あの声」


スミ「……カードを集めたら、願いが叶う?」


男子生徒「そう。集めようと動き出してるやつがいる。昨日、あんたんとこにも来たんだろ?」


スミ「え……。あの人もカードを……?」


男子生徒「まさかとは思うけど、俺がカードを持ってるって知ったら、奪い取りたくなった?」


スミ「ならないよ。何もわかってないし」


男子生徒「そう。あんたがカードを集めようとしてんのか、俺にはどうでもいいけどさ、弱いなら無理に集めないほうがいいよ」


スミ「どういうこと?」


男子生徒「忠告。それじゃ」


スミ「あ、あの!」


男子生徒「なに?」


スミ「あなた、名前は?」


男子生徒「1年1組、新藤しんどうヒロト」


スミ「私は、2年2組、黒瀬くろせスミ」


男子生徒「そう。何度も言うけどさ、いい? カードは集めるな。覚えといて、黒瀬先輩」


ヒロトがドアを閉める。






夕暮れ。

誰もいない学校裏のバス停。

一人、ベンチに座る。


スミ「カードは集めるな、か」


ポケットからカードを取り出す。

鏡のような表面をしたカード。

スミの顔が反射して写る。


スミ「アサコ……、まだ目が覚めてないのかな」


ぼんやりとカードが光り出す。


スミ「え……」


熱くなる。輝きが増す。


スミ「こ、これって……!」


金髪の男「こんなに近くにいるなんてな」


横を向くと、昨日見た金髪の男の姿。


スミ「うわああ!」


ベンチから転げ落ちる。


金髪の男「あんまり大声出すなって。人が来たら面倒だろ」


スミ「はっ、はっ、はっ、はっ、」


過呼吸になりながら後ずさりする。


金髪の男「ほら、それ寄こせ」


誰かに助けを。

周りを見回すが人がいない。


スミ「はっ、はっ、はっ、」


金髪の男「昨日は危うく死にかけたぜ。まあでも? 昨日の今日で地震はこねえよな?」


スミ「だっ、だっ、」


金髪の男「あ?なに?」


スミ「誰か!!」


金髪の男「おい……、大声、出すなって!」


男がポケットから光るカードを取り出す。

そのカードが、ぐにゃりと曲がり、形を変える。

どんどんと大きくなり、電柱のように太く、長く伸びる。

昨日の丸太。


スミ「あ、あああ」


金髪の男「黙って渡しゃあいいのによ!」


丸太がスミに振り下ろされる。


スミ「うわあああ!!」



ドシン!!


丸太がバス停の看板をなぎ倒し、アスファルトを叩く。


スミ「はあ、はあ、」


スミの目の前。

後ろ姿の男子の制服。

右手には細い剣。

丸太を切っ先で刺している。


スミ「あ……」


ヒロト「だから目立つな、つったんだよ」


金髪の男「へえ、こんな近くに二枚もあったのか」


ヒロト「学校の近くは嫌なんだけど。やる?ここで」


金髪の男「お前がソレを、よこす気が無いならな!」


男が丸太を振りかぶる。

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