この街のカード戦争に、私のアルカナは願いを聞かず

剛申

第1話 審判の正位置「目覚め」





続いてのニュースです。

日本の上空を通過する小規模な流星群が、今夜、最終日を迎えます。

最も美しく観測できるのは和歌山県高牧市周辺とされており――。



アサコ「スミ、早く早く!」


スミ「暗いんだから、走ると危ないって」


山道を走る女子二人。


アサコ「今日で最後なんだって!テスト終わって、やっと親が許してくれたんだし!」


スミ「アサコの家、門限も厳しいしね」


アサコ「そうだよ。アタシ、もう大人だってのに!」


スミ「まだ高校生じゃん」


アサコ「高校生は大人だろ?」


スミ「えーと、そうなるのかな?」


アサコ「ほら、ペース落ちてるぞ!急げ~!」


スミ「待ってってば、もう」


アサコの長い髪がなびく。

白い息を吐いて追う、ショートカットのスミ。






農村を囲む尾根の低層。

ベンチが一つだけの簡素な展望台。


アサコ「ラッキー、誰もいない!」


スミ「こんな時間に来る人もいないって」


アサコ「なんで?流れ星が来てるんだよ?」


スミ「アサコみたいに、みんなが星を見るのが好きってわけじゃないの」


アサコ「千年に一度の奇跡とか言われてるのに?」


スミ「流星群って前にも来てたじゃん」


アサコ「それは、おうし座流星群。今回のは大気圏に突入して、もっと輝くんだよ」


スミ「違いわかんないな~」


アサコ「天文部の名が泣くぞ、部長代理」


スミ「二人しかいないのに部長って言われてもね」


アサコ「うるさい。黙って準備する」


スミ「はいはい」


バックパックを降ろし、

LEDのランタンをつけて、

それぞれのグラウンドシートを広げる。


アサコ「ニュース見て!何時ごろが見どころか!」


スミ「ちょっと待ってね……。うわ、また市内で自販機破壊事件が起きたってさ、容疑者が巨大な丸太のような物で、自動販売機を粉砕するところが、防犯カメラで見られ……」


アサコ「そんなのはどうでもいい!今は流星が見れる時間をって……、うわぁ、やっちまったぜ……」


スミ「どした?」


アサコ「双眼鏡、自転車に置いてきちゃったよ」


スミ「別にいいじゃん、無くても見れるでしょ」


アサコ「せっかく来たんだし、取ってくる!」


ライトを手に駆け出して行くアサコ。


スミ「え!ちょ、ちょっと……。ここに一人で、置いて行くなよ……」




シートに寝転んで夜空を見る。

街の明かりも届かない暗闇。

ランタンの明かりだけが、ぼんやりと芝を照らす。


スミ「寒……」


うっすらと白い息。


スミ「あ、見えた」


夜空に光のラインが走ったかと思えば、瞬間、青く光って消える。


スミ「……。あ~……。願い事すればよかった……。また来るかな?」


しばらくして、また空が光る。


スミ「今だ、えっと……、新入部員の確保に、先輩たちの受験合格に、お正月にはお父さんが帰って来れるようにと、あと、それから、それから……。だめだ、多すぎて唱えられない。何か一つにしなきゃ……」


頭上に一際大きな青い輝き。


スミ「……この友情がいつまでも続きますように」




頭上の輝きが、眩いほどに広がる。

徐々に光が大きくなっていくよう。


スミ「……え?なんか……、こっちに落ちてきてない?」


目の前が眩い光に包まれる。

ぱーんっと足元で何かの弾けるような音。


スミ「きゃあ!」


驚いて立ち上がる。

周囲が眩い光に包まれる中、キラキラとしたカードのような物が浮いている。


スミ「なに……、コレ」


恐る恐る手に取る。

ばあっとカードから光が放出され、周囲が一層輝く。



※※※ カードを集めよ。さすれば願いは叶う ※※※



頭に響くような声。


スミ「ヒッ」


腰を抜かして座り込む。

周囲を覆う光がスッと消え、宙に浮いていたカードが地面に落ちる。


スミ「な、なに……?今の」


アサコ「スミー!」


駆けてくるアサコ。


アサコ「スミ!なんかこの辺、めっちゃ光らなかった!?」


スミ「うん……。光ってた……」


アサコ「おい!大丈夫か?」


スミ「えっと……、大丈夫……、かも」


アサコ「なんだそりゃ。流れ星でも落ちてきたか?」


スミ「わかんない」


アサコ「まあいいや。スミも変になっちゃったし、ちょっと怖いしさ、もう帰ろう」


スミ「え、流星は見なくていいの?」


アサコ「戻ってくるときに見えたしね。それより、変なことも起きたみたいだしさ、帰った方がよさそうじゃん?」


スミ「うん……。そだね」


片付けを始める。

シートの足元に鏡のようなものが落ちている。

さっきのカードだ。


スミ「あ、これ……」


アサコ「どしたん?」


スミ「んーん。なんでもない」


カードをポケットに押し込む。




長い山道を自転車で降りていく。

明かりのついた民家もない。

自転車のライトだけが頼り。


アサコ「なあ、スミ、さっき本当に何もなかったの?」


スミ「わかんないよ。なんか急に眩しくなって、それだけ」


アサコ「今回の流星は小さい石だし、大気圏で燃え尽きるって言ってたんだけど、燃えカスが落ちてきたのかもしれないな」


スミ「そういうことってあるの?」


アサコ「あるらしいけど、人がいる所に落ちるのは結構レア。昔は民家に落ちたこととかもあるらしいよ」


スミ「そうなんだ。当たったりしたら、危ないよね」


アサコ「人にぶつかったりした話は聞いたことないけど、今日のスミは危なかったんじゃね?」


スミ「……うん。そうかもね」




ライトの明かりの向こう。

うっすらとしか見えないが、

下り坂の先に、黒い人影が見える。


スミ「あ、誰かいるみたい。スピード落として」


アサコ「りょーかーい」


ブレーキをかけながら下る。

黒い人影に近づいてきたとき、

その人がポケットから、何かを取り出すのが見える。

取り出された光り輝くカード。


スミ「あれって……」


ガン!


自転車が何かに弾かれたような衝撃。


スミ「うわ!」


アサコ「スミ!?」


自転車が転倒して、滑り落ちていく。

道路に転がるスミ。

急停止して自転車を寝転ばし、

駆け寄ってくるアサコ。


スミ「いってー……」


アサコ「どした!?大丈夫かよ!」


スミ「何かにぶつかったみたいな……」


グシャ!!


大きな音がして、振り向く。

木の丸太のような太い棒が、

倒れたアサコの自転車を叩き潰す。


アサコ「なんだ!?」


電柱みたいに長い丸太。

その先端をさっきの人影が抱えて持っている。


アサコ「おい、なんだよ……、アイツ」


ゆっくりと丸太が持ち上がり、

座り込む二人の頭上に動いてくる。


スミ「何……?」


アサコ「まさか……、やべー!」


アサコがスミに飛びつく。


ドン!


アスファルトを転がる二人。

先ほどまでいた場所に、

丸太が叩きつけられている。


スミ「なに……?」


ガタガタと肩が震える。


アサコ「立て、スミ!走れ!」


アサコがスミの手を引いて、

下り坂を反転して駆け上がる。




スミ「はあ、はあ!」


アサコ「なんだよアイツ!バケモンか!?」


スミ「化物!? まさか山の妖怪!?」


アサコ「それって、スミのじいちゃんの作り話だったんじゃねーの!?」


スミ「わっかんないけど!……丸太、……もしかして、ニュースの自販機破壊事件の犯人!?」


アサコ「はあ? あんなの軽々と振り回せる奴が人間なわきゃねーよ!とにかく、今はウダウダ考えてる場合じゃねー!」




上り坂の途中。

神社へ続く長い階段が見える。


アサコ「とりあえず、あそこに逃げるぞ!」


スミ「うん!」


長い石の階段を駆け上がる。


スミ「はあ、はあ、はあ!」


振り返る。

階段の下の方に、丸太を抱えて引きずる男。


スミ「下に来てる!!」


アサコ「止まんな!走れって!」




階段を駆け上がる。

林に囲まれた小さな社が見える。

誰も手入れしておらず、崩れかけの建物。


アサコ「こっち!!」


社の裏側に回る。

縁側の下に潜り込むアサコ。

続くように這って入る。


スミ「来るかな……」


アサコ「静かに。黙って隠れてようぜ」


アサコを見て頷く。




ザリ、ゴン、ザリ、ゴン。


丸太が階段に引きずられている音が聞こえる。

床の下で地面にへばりつく二人。

アサコの手を力いっぱい握る。

握り返される手。

目をぎゅっと閉じて息をひそめる。




シーン……。


音が止む。

自分の心臓の音だけが聞こえる。



ドゴオオオン!!


スミ・アサコ「きゃあああああ!!」


崩落する建物。

頭上にある縁側の板も、勢いよく崩れ落ちる。


アサコ「出るぞ!」


アサコがスミの手を引いて飛び出す。


スミ・アサコ「あ、うわあ!」


二人の足がもつれて倒れる。


金髪の男「出てきた、出てきた。まるでネズミみてー」


パーカー姿、金髪の若い男。

抱えた大きな丸太で社を薙ぎ払ったようにみえる。


アサコ「はあ、はあ、な、なんだよ!お前!」


金髪の男「お前、カード持ってんだろ?くれよ、それ」


スミの肩がビクっとする。


アサコ「は、はあ? 何言ってんだ」


金髪の男「お前じゃねえのか。じゃあ、そっちの奴か?」


男が丸太をゆっくりと持ち上げる。

人が持てるとは思えない大きさ。

それを縦に持ちながら歩いてくる。


アサコ「おい!逃げんぞ!スミ!」


腰が抜けて動けない。


アサコ「おい、スミ!!」


スミ「……も、も、持ってます……」


金髪の男「あ?」


スミ「カード……、私が持ってます」


アサコ「スミ?」


金髪の男「へえ。じゃあほら、出して。俺にそれ寄こせ」


スミ「はい、え、えっと」


スミがポケットをごそごそとまさぐる。


金髪の男「まだか?」


スミ「え、えっと、ここに、あの」


金髪の男「さっさとしろよ!」


男が丸太を振りかぶる。


アサコ「う、うわああ!!」


男に飛び掛かって、抱き着くアサコ。


金髪の男「なんだ、コイツ!」


アサコ「スミ、今だ!!逃げろお!」


スミ「アサコ!」


金髪の男「邪魔……、すんな!!」


アサコの髪を掴んで引きはがす。

腹を蹴り飛ばされ、地面に転がるアサコ。


アサコ「うっ!」


スミ「ア、アサ……」


アサコ「行げ!スミ!!」


立ち上がって再度男に立ち向かうアサコ。


金髪の男「邪魔くせー、な!」


男が丸太を水平に振りまわす。

座り込んでいるスミの頭上をかすめ、

アサコの肩に勢いよく叩きつけられる。

丸太に弾き飛ばされるようにして、

林の中に消えていくアサコ。


スミ「え、ア、ア!」


金髪の男「あーだり、おい、カード見つかったか? さっさと出せよ」


スミ「あ、アサ、アサコ……」


ポケットからカードが落ちる。

ぼんやりと輝いているカード。


金髪の男「さっさと出せばいいのによ……、ほら」


男が手のひらを差しだし、クイ、クイ、と手首を曲げる。

呆然としながら、両手でカードを拾い上げるスミ。


スミ「……。アサコが、アサコが……」


ぼんやりと光っていたスミのカードが、強く輝き出す。



※※※ カードを集めよ。さすれば願いは叶う ※※※



思い出されるように、頭に声が響く。


突如、スミのカードが眩い光を放ち、辺り一帯を光で覆う。


スミ「カード……? 願い……、叶う……?」


スミの手の中で、カードが輝きながら、ぐにゃりと形を変えていく。


スミ「ね、願いが……、叶って、私が……、アサコを……、アサコを助けられるなら……」


金髪の男「おいおいおい!なんだ!? やろうってのか?」


スミの手の平の上で、カードが丸い円盤のようなものに形を変える。

輝く金色の円盤。


スミ「わ、私の、願いが……、叶うのなら!」


男が丸太を振り被ってスミに振り下ろす。

スミが顔をそむける。


その時、

林の杉の木の一本が、男に向かって倒れる。


ドシ。


倒れた杉が、振り下ろされる男の丸太とぶつかり、軌道がずれる。


ドン!

スミには当たらず、隣に丸太が振り下ろされる。


スミ「はあ、はあ、」


金髪の男「あ?」


男は倒れた杉の木を見て、丸太が弾かれたのを理解する。


金髪の男「……運がよかったな~、おい!」


丸太を再度ゆっくりと持ち上げる。


スミ「カード集めとか……、なんのことか……、わからないけどさ」


金髪の男「次は当てるからな」


スミ「もしも……、もしも、私の願いが叶うなら!今の願いは……、お前がここから居なくなること!!!」


金髪の男「はあ!? もう、しんどけ!!」


ゴゴゴゴゴ!!


突如、地鳴りのような音が響く。

地面が激しく揺れる。


スミ「きゃっ」


金髪の男「な、なんだ、地震か!?」


スミは震えながらも男を睨む。


金髪の男「なに見てんだよ!!」


丸太を大きく振りかぶる。

そのとき、男の足元の地面が割れ、バランスを崩す。


金髪の男「なに!?」


ドドドドド!!!


男の足元が崩れ、土砂崩れのようになる。


スミ「きゃ、きゃあ!」


金髪の男「お、おおおお!」


神社の境内の半分が崩れていく。

男のいた場所から、階段のあった場所も巻き込んで崩落し、

崖のようになって崩れる。

土砂に飲まれるようにして、滑り落ちていく男。




地鳴りが止む。

スミの目の前が崩れ、

崖のようになっている。


スミ「はあ……、はあ……、はあ……、助かった……、の?」


手にした金色の円盤が光を失いながら、元のカードに戻る。

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