第9話 ぶつかる本音
「あ、あの…」
「なんでしょう。井形さん」
「ボディブロック辞めてくれない!?今度は一体何にハマったの!」
廊下の中央で右へ左へと僕の前に立ちはだかる岐美さんに僕は苛立ちを隠せない。
ただでさえ班が決まってからというもの隠木と会話することがまともに出来なくなっているというのに。
「違うよ?井形君」
背後からはさも薄ら笑いを浮かべているような、そんな声。
「ハマっているのは君の方だよ!私達のパーフェクトディフェンスにね!」
振り返るとそこには楽しそうに決めポーズを取る飯森と9番のゼッケンをつけたままの長谷屋君が居た。流れる汗を仕切りにタオルで拭っている所を見るに、部活から抜け出してきたと思われた。
「長谷屋君まで!?」
「ま、まぁ…マジな話それくらい大事な奴ではあるよ…」
正直、最近は忙殺されて何を忘れているかも忘れている気がする。言われてみれば確かに何かあったような気がするが。
「井形さん…まさかお忘れだとでも言うのですか?茶が湧きますよ、まったく」
「あの…普通にお茶作られても困るんだけど…ごめん、何の話だっけ?」
「修学旅行の行先だよ。俺も言われて決めなきゃなって…思い出したんだけど…」
そんな話、聞いた覚えがない。いくら他者に関心がないとはいえ、そこまでずぼらな僕だろうか。
「どうやらクラスのグループチャット上で…その…」
うつむいてぼそぼそと岐美さん。その空気に耐えかねて振り返ってみるが二人も同様だった。
「え…?いやいや…え?」
「ごめん…てっきり全員居ると思っててさ…」
長谷屋君の優しさが胸を抉る。おそらく三人分抉られた。
「クラスメイト相手に…その…ディフェンスは良くない…ってことだよね…僕ら三人」
「わっ…!わわっ、私は違うから!」
飯森は顔を真っ赤にして抗議する。
「私最初は入ってたし!ただ…携帯変えて…その…もっかい入れてって言い出せなくて…」
「モリリン」
優しい声音で岐美さんは飯森の肩に手をやった。マズかったのは横目でも分かる二ヤケ面。
「無理をしなくてもいいのですよ?」
「はぁーっ!?バカにしてんの!?どう考えても二人の方がヤバいじゃない!」
窮鼠猫を噛む。時代を超えて伝わった言葉という物は得てして世界の真理を雄弁に語っている物だ。
結論。彼女の口にした言葉は僕ら二人にとってあまりにも決定的な物だった。僕ら二人は思わず目を合わせる。
岐美さんはただ口をつぐみ今までにないほど何とも言えない顔をしていた。おそらく僕も。
「まぁまぁ、落ち着けよ飯森…」
「俺ら…同士だろ?」
長谷屋君の一声に岐美さんも飯森も、そして僕も目を見開いた。
「ふふ…まさか、長谷屋さんが同士…だなんて鼻が伸びますね…」
「高いね。ピノキオになっちゃうじゃない、それだと」
「はははっ!なんだそれ!」
二人は長谷屋君が心を開いてくれたとばかりに嬉しそうだ。両手に花…というよりはまるで長谷屋君が神輿のように教室の中へと運ばれていく。ただ、僕は二人と違う感想を抱いた。
「どした?井形君」
「あぁ…いや、何でもない」
忘れよう。それは、取るに足らないささいな疑念であることには間違いがない。
僕の懸念としては二人の暴走が長谷屋君にまで悪影響を及ぼすこと。それだけだから。
「それじゃ、決めていきましょうか」
4つの席。僕の前には長谷屋君。岐美さんの前には飯森。僕と岐美さんはいつも通り隣の席。
特に席をくっつける訳でもなく、ただ座って話し合う。
岐美さんが書記を取るのは危険と判断し、今回は僕が取りまとめることにした。
「まず、旅行先は北海道なんだけど…スキーってやりたい…?」
「あったり前でしょ!逆にやらない選択肢ない!」
「まー…俺もやるかなー…」
「じゃあ、やるという事で…」
「む…!」
岐美さんがふんぞり返る。その口元を見ると露骨にむくれていた。
「異論が…おありで…?」
「もしかしたら、死んでしまうかもしれない…!」
「反論としてはあまりに弱いね…」
「岐美さんスキーしたことない?」
飯森が尋ねると、岐美さんはこくんとうなずいた。
「なら、私が教えてあげる!」
「む…長谷屋さんの方が安心できそうな気が…」
「なんでよ!」
「はは…俺もあんま経験ないよ?」
実を言うと僕自身もスキーはあまり乗り気ではないのだが、移動や食事やらで3日はどうにも間が持たない。そもそも、先生の引率が必須である以上さほど自由度はない。故に僕は受け入れた。
「じゃあ一日目はこれで終わりだね。そのまま旅館でご飯食べて…って流れで二日目は札幌観光だから次決めるのは三日目」
行き先は小樽か苫小牧の二択。
「小樽か苫小牧か、どっちがいいかな?行きたい場所によると思うんだけど」
「苫小牧でしょうね」
岐美さんが口火を切る。
「そ、その心は…?」
「え、とまこまい。とま…こまい」
「う、うん…」
「響きがかわいいので…」
「うん、流石に意思決定が独特すぎるかな。その独創性についていくのは僕らには難しそうだ」
「いや!それなら小樽の方が可愛いわよ!」
そうだ忘れていた。この班は常人にはどうあってもイニシアチブが取れない班だった。
「お二人はどうでしょう?」
「俺は…苫小牧かな…可愛さで言うなら…」
しどろもどろに長谷屋君は口にした。皆の視線が残る僕に集まる。
何だこの状況。
「小樽…かな」
「ふふん、分かってるわね井形君」
「あ、まぁ…五感というより、観光スポットが充実してるのは小樽なのかな…と」
修学旅行の行先が決まった段階である程度のリサーチは済ませてある。苫小牧の選択もなくはない。新千歳から近く、時間的余裕が小樽よりは確保できるからだ。
「その心は返し!」
岐美さんは手のひらをこちらへ突き出し、カウンターを繰り出した。得意気な顔。うざい。
「はは…時間的余裕は生まれるんだけど、苫小牧はアクティビティとか自然を楽しむスポットが多くて結局、体力も時間も持っていかれる印象かな。小樽の方は飲食出来る場所も豊富だし水族館もある」
「井形さん!景観はどうですか!」
「まずいわ井形君!」
「なにが」
「岐美さんが粗探しを始めたわ!ねじ伏せるまでゾンビのように立ち向かってくる!」
「ぶっ…くくくくっ…!」
顔を背けて笑いをこらえる長谷屋君。
「あぁー…い、いがだざん…!じぜんが…みだいぃ…」
ゾンビのように両腕を上げ威嚇する岐美さん。何なんだよこれは。
「あー…確か、天狗山だったかな。日本海と小樽の街並みを一望できるとかなんとか」
「よ…よゔぁいい…」
「そこロープウェイあるんだよ。岐美さんも飯森もそんなに運動得意じゃないだろ?それとも自力で登る?おそらく三日目で皆、相当疲労が溜まってると思うけど」
「づ…づよいぃ…」
どうやら完勝のようである。岐美さんはそのままぐったりと机にもたれ込んだ。
「まぁ、小樽も苫小牧も沿岸部だから色々あるよ。展望台とか洞窟とか」
「井形君…ただ勉強できるだけじゃなかったのね…」
ぬかせ。
「まぁ…とりあえず決まりか?」
長谷屋君が口を開く。
グループチャットの内容を見た限りでは大まかな場所を決めろという事だった。つまり、その地方を離れなければ僕達のプラン通りの場所に行くといい。そういう訳だった。
いくら先生と言えども方々に散っていく学生達を完璧に監督するという事は不可能という事だろう。
「そうだね、で…リーダーの方も決めなくちゃなんだけど…」
そこまで言いかけて僕に視線が集まったのに気が付いた。
「井形君じゃない?」
「井形君かな」
「井形先生…」
「まぁ、そんな気はした…」
僕はチャットの方に行き先とリーダーの方を打ち込む。僕と岐美さん、そして飯森の三人が追加されたとのメッセージを早く上へと送ってしまいたかった僕はいくつかに分けてメッセージを送り込む。
「はい、取り敢えず送っといた」
「やけに分けたな、細かく」
「そうまで恥ずかしがる必要はないのでは?井形先生…」
「い、いや…!見やすいじゃん!この方が…!」
時折、常軌を逸した鋭さを見せる岐美さん。これが彼女の寄生体の力だというのか。
「悪いな、井形。リーダー押し付けるみたいになっちゃって」
「いやいいよ。僕がやる気はしてたから…」
「私もそんな気がしておりましたよ」
岐美さんが僕の言葉に乗っかる。
「私もよ!」
荷重限界だ。
「悪い、俺そろそろ部活戻るわ」
長谷屋君が立ち上がり言った。
「行ってらっしゃいませ」
「あ…そうだ。俺らの班でグループ作っとかないか?詳細な行先とか帰った後も話し合えるし」
「そうだね。僕の方から各々追加して誘っておくよ」
「助かる。それじゃ、また明日な!」
爽やかな笑顔で颯爽とかけていく長谷屋君。続けざまに飯森も立ち上がる。
「それじゃ、よろしくね井形君。私、帰ったらバイトだからチャット見れないかもだけど…」
「あぁ、それは大丈夫。まだ余裕あるしな」
「そ、じゃあまた明日」
「お疲れさまでした」
「またな」
飯森はストラップでいっぱいの鞄を肩にかけそのまま教室を出ていった。
「それじゃ、僕の方も…」
流れに続こうと立ち上がったところで岐美さんの腕が僕の腕を捉えた。予想外の出来事に全身の毛がギョッと逆立つ。
「な、何…!?」
「いやいや…アフタートークがあるでしょが…!」
「ご、ございませんが…?」
岐美さんのもう一方の腕が僕の今度は左腕を捉えた。机に突っ伏すような姿勢の岐美さんは僕を捉えて離そうとしない。
「ど、どうですか…?ぶ…ぶちまけ…」
ぶっちゃけ、といいたかったのだろうか。それとも本当に何かをぶちまけてしまったのか。
「辛くは…ないですか?」
「え…?」
僕の心臓はまるで遅刻でもしたかのように突然、何かを取り戻そうと脈を打つ。急速に高まる鼓動に息苦しさで一杯な僕。加えて、ひねり出したような岐美さんの声音と、岐美さんの表情が僕の目線の角度からはくみ取れないことも脈を早める理由になった。
「色々と…抱えては…ないですか?」
「なんで…そんなこと聞くの?」
「そう…見えていて」
そう見えている。彼女がそうなのであれば、僕はどう答えればよいのだろうか。否定してもそう見えているのであればそれは事実に変わりない。つまりは隠せないほどに僕も疲れているという事だから。
だが僕の口を閉じさせるのは紛れもない彼女の存在。理由の一端などではない。大元に彼女が居る。
「私…ですか?」
「違う」
考えるよりも先に言葉が出た。
「あ…その…違うよ。それは」
「そう、ですか」
彼女は寄生体。もしかしたら、僕を篭絡する為にこんなことを言っているのかもしれない。僕が取り溜めた岐美さんの奇行も、それに対する僕の対策もきっと間違いがないはずだ。
そう、信じたいのは僕の方だった。
「岐美さんは…さ」
言葉が勝手に紡がれる。これまでの僕を、その一切を否定するように。
自分でも、まるで意味が分からなかった。
「UMAだったりするの?」
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