第6話 おつきあい
「井形君、私とつきあってはもらえないでしょうか?」
昼食後という事もあってか、意味の分からない展開に胃がせりあがる。
どうして…どうしてだ…?僕が一体何をしたって言うんだ…?
「かねてから井形さんとつきあってみたいと思いまして、家族にも話をしておりました」
「か…家族…って?」
もしかして岐美さんの実の父、所謂地球外の生命体のことか…!?
「父は
岐美さんは、顔色一つ変えずにお父さんの年収をさらりと口にする。その情報は不要だが、彼女に地球の常識がないともなればその発言にも納得はいってしまう。
「そ、そうなんだ…今日も明け透けモード…って感じ…?」
「…あ、そうです。透け透けモードです」
「っ!?と、透明になれるの!?」
「あ、いえ…冗談です」
「そ、そう…」
本当に冗談なのか…?
「ハハハ、
岐美さんは突如として笑いだす。いや…発音が違うのか。
「あ、お母さん?」
「べっぴんさんです」
「途端に情報が曖昧になったね…」
「母が多用している自己紹介からの抜粋なので…私にはどうにも」
「も、もう分かった…!大丈夫…!」
人の家のお母さんをイタいとは到底言えない。このままでは話の本筋が吹き飛んで行ってしまいそうなので、僕は無理やり話を戻した。
「ところで…付き合うって言うのは…?どういう…」
僕の問いかけに岐美さんは首をかしげる。
「言葉の通り…おつきあいです。持ちつもたれつでの支え合いです」
平然と口にする彼女。
「っ…!?そ、それはっ…あれではなく?一緒に買い物につき合ってくれーとかいうのではなく?」
「そんな分かりにくい表現を私がするとお思いですか?やれやれ…あーやれやれ」
僕が岐美さんに好かれる要素など一体どこにあった。目つきも悪ければ人当たりも悪い僕の事など好きになる要素はないだろうに。僕が木透を同類だと思っていたのはそういう点だ。僕も隠木くらいしかまともに友人と呼べる存在はいないのだから。
考えを巡らせているとチャイムが鳴る。昼休みが終わりを告げる合図だった。
「おや、もうこんな時間ですか。それでは井形君、今週の土曜13時20分に私の家に来てください」
「え…じゅ…13時…20分?」
それは僕が予約していたヘアカットが終わる見込み丁度の時間。12時に予約していた僕のカットが終わる時間は恐らく12時50分近く。僕の予定を知ってか知らずか、岐美さんはその絶妙ともいえる時間をおうちデートの時間に指定した。
どこでその情報が漏れた…!?まさか…木透!?
「あぁ、それと…これ私の住所になりますので」
岐美さんは自分の右ポケットからすっと一枚のはがきを取り出す。受け取ったハガキを見ると、デカデカと周辺を示す地図がそこには描かれていた。
クレヨンのようなものでダイナミックに描かれたそれの隅には小さく製作者のサインと思しき走り書き。まるでミミズが這っているかのようだった。
「ば…バイ…岐美葉子」
「ほほーよく読み取れましたね流石井形さん」
「な、何となくはね…目は昔からいい方なんだ…はは…」
「ですがこれはテスト、まだ序章に過ぎません。油断は厳禁ですよ」
「な、何が…一体待ち受けてるんだ…?」
「それを言ってしまっては面白くないでしょう?」
岐美さんは僕に向かって不気味に笑いかける。表情筋が死んでいるせいか歪な笑身になっていた。
「という事で。せいぜい気を付けて来てくださいね。不慮の事故…なんてことにはならないように」
そう言うと岐美さんは僕に背を向けて歩き出した。ただ一点、不思議だったのは岐美さんの向かう先。次の移動教室も一緒になる予定だというのに、どういう訳か僕に背を向けて歩いて行ったのだ。無論、そちらの方向にトイレはないしそっちから帰る意味もない。
「俺は…死ぬのか…?」
額を伝う汗をぬぐう気力も湧きやしない。行けど地獄、行かぬも地獄なのは目に見えているから。
おつきあい。たったそれだけの一言で僕は完全に詰まされてしまった。
木透とのやり取りで彼女という存在に確かな色が垣間見えたというのに。僕は甚だ見誤っていたようだった。
もしかしたら彼女は人類に友好的な存在なんじゃないかって…なんて…なんて馬鹿なんだ僕は…!
ぐちゃぐちゃに絡まった内面。それでも情けなく教室へ向かって足は動く。凝り固まって出来た常識という鎖に僕はまだ引っ張り続けられていた。授業に出なければならないという常識に。
「おー!俊哉、遅かったな」
教室に戻るなり、隠木が僕に声を掛けてきた。教室の様子を伺うが岐美さんの姿は見当たらない。
「お前がウカウカしてる間にほら、ゲットしちまったよ!今日からピックアップのこれ!ネス子ちゃん!」
スマホを僕に向かって突き出す隠木。その満面の笑みを見て僕は隠木とのこれまでを脳内で振り返る。どれだけ僕が冷たく当たろうとも隠木はずっとそばで笑ってくれていた。隠木が居たから一人ではなかった。
「どした俊哉?なんか反応悪いな」
「隠木…」
「ん?」
「お前と出会えて俺は幸せだったよ…」
「一体どうした!?」
「まさかその
「ふざけたとか言うなよ!もはや社会現象なんだぞ!?UMA娘」
「いずれにしろ最後にお前の笑顔が見れてよかった」
隠木はスマホを放り出し、俺の両肩を掴んで前後に揺らし始める。
「どうした!?俊哉、マジで頭が変になっちまってないか!?木透さん呼ぼうか…!?」
「木透にまで迷惑はかけれない。勿論お前にもな」
「何言ってる!」
隠木以外のクラスメイト達はまたいつもの奴が始まったと言わんばかりに続々と教室を出ていく。
「と、取り敢えず…何があったのか話してみろよ!」
「言えない…」
隠木を巻き込んでまで生きようとは思わないし、何より不安要素が増えることは避けたいから。
「俺がそんなに頼りないか…!?お前の為なら俺は命だって掛けられる…昔、お前が助けてくれたみたいに俺も…!」
隠木は瞳の奥に涙を浮かべて僕に訴えかける。だが、だからこそ情にほだされる訳にはいかない。彼が良い奴であればあるほどに僕はこの事実を一人で抱えなくてはいけなくなる。
大丈夫、勝てばいい。僕が生きて戻れさえすればそれでいいのだから。
それでも不安がる隠木をそのままにしておくのは胸が痛む。だから僕は針の穴に糸を通すように慎重に言葉を選んだ。
「隠木。ただ…信じて欲しい…それだけなんだ…」
「…信じろって言われても分かんねぇよ。せめてお前の抱えてる一割でも話して…そっからだろ、背負うも背負わないも」
その真剣な隠木の瞳を見て僕は息をのむ。一割くらいなら、この悩みを吐露してもいいのではないかと。一割。その言葉に僕が口を開こうとしたその瞬間、背後に強い圧を感じ取った。
「っ…!?」
「どした?」
背後を振り返るがそこには誰も居ない。
気のせい…か…?
「あっ…やっべ!俊哉!もうすぐ授業始まる!」
「あ、あぁ…」
「さっきの話は授業の後な!?」
隠木は颯爽と走り出し、廊下へと駆けていく。
「ま、待って…俺も!」
急いで教科書とノートを机から取り出して僕もそれに続く。
俯いたままの姿勢で走り出す。だけど、それが良くなかった。気付いた。気づいてしまった。
教室の扉のすぐ近く。そこに落ちていたポケットティッシュの存在に。
そのデザインには覚えがある。あの日、パスタを吐き出した岐美さんが包むために使っていた縞柄のポケットティッシュ。それと瓜二つの見た目だった。
校舎に響くチャイムの音に僕の心は冷えていく。
あの時、僕が岐美さんの正体を口にしていたら…どうなっていたんだろう。
「もう、やるしかないのか…本当に…」
僕は廊下で一人、こぶしを握り決意を固める。今週土曜。来る決戦の日はもう間近に迫っていた。
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