復讐姫は手段を択ばない!~見せかけだけの聖女伝説~

ジャガドン

プロローグ リヴィア姫は復讐がしたい。

 薄く白い霧がかかる早朝の村。

 古い教会の鐘が、ひとつ、またひとつと柔らかく鳴り響く。


 燦々と輝く太陽の元、窓から入って来た光が、中央で祈りを捧げる少女を照らす。

 ――リヴィア・エルトリア。

 普段は白いワンピースを好む村娘。

 雪のように白い陶磁器肌をしていて、瞳は淡いサファイアブルー。

 髪は白金に近いプラチナブロンドをしていて、腰まで届く真っ直ぐで長い髪。

 陽光を受けると髪に天使の輪が広がる。


 白いヴェールをかぶり、目を閉じ、胸の前で両手を組む姿は、

 まるで神が描いた絵画のように清らかだった。


 献身的で、信仰心の強い彼女に、村の老人たちは涙ぐみ、子供たちはうっとりと見つめる。


「ああ……なんと穢れ無き姿だ。 天使様が祈っておられる……」

「あの子がこの村に来てから、なんだか救われた気がするわい……」


 リヴィアはゆっくりと片目を開く。


 ――哀れな子羊……どうして人は祈ると幸福を感じるのでしょう?

 私は褒められるからやっているだけ。

 この人達は、本当に哀れな人たちだ。

 祈って幸せになれるなら、苦労など要りませんでしょうに。


 リヴィアは清楚な微笑みのまま、彼らに告げる。

「……皆さまの一日が、平穏でありますように」


 透き通る声――。

 教会に響くその声に惑わされた村人は、ただただ祈りを捧げた。


 教会の隅で、ひとりの騎士がその姿を見守っている。

 鋼鉄の鎧に身を包んだ、寡黙な男――


 ヴァルノス・ガーランド。

 大柄で只者ではない雰囲気を持つ彼は、エルトリア王国の騎士である。

 王命により、リヴィア姫と共に亡命し、この村へと辿り着いた。

 歳は三十代半ば、波打った黒い濡れ髪をしていて、銀色に光る瞳は狼の様である。

 その目には、ただひとつの感情しか宿っていない。


 忠義。


「……なんと尊い祈りだ……。

 ああ姫……いや、リヴィア様……あなたこそ天より遣わされた御方……」


 幼い頃よりリヴィアを育てた彼は、彼女にとっては父の様な存在。

 しかし、彼はリヴィアに対し、父の装いをせず忠義を示す。

 この事から、リヴィアは普通の親子ではないのだと感づいていた。


 そして、村に立ち寄った、旅人や商人から聞いた噂話し。

「エルトリア王家は滅ぼされた。

 王族は皆殺し……ただ一人、幼い姫だけが行方知れずだと……」


 その話を聞いた瞬間、リヴィアはピンと来た。

 ――私のことよね?


 “父性あふれる変な騎士”ヴァルノス。

 決して父とは名乗らず、奇妙に距離を取りながら守ってくれる。


 どれだけ声をかけても、敬語は崩れないし、やたら膝をつくし、

 幼いころから“忠義忠義”とうるさい。


 ――ああ、この人、絶対なにか隠してる。


 だからリヴィアは、祈りを終えるとまっすぐ騎士の前に歩み寄った。

「ヴァルノス、わたし……ひとつだけ、確かめたいことがあるんです」


「いかがなさいました、リヴィア様。なんなりと。

 あなたのお言葉は、私にとって――いえ、何もありますまい」


 ――重いなぁこの人。


 リヴィアは小さく息を吸うと、

 清楚さを崩さずに、けれどまっすぐ尋ねた。


「わたし……エルトリアの姫なのでしょう?」


 その瞬間、ヴァルノスの顔が凍りつく。


 そして、見たこともないくらい真剣な目で、

 額を地面につけるほど深く頭を垂れた。


「……すべて、私の罪でございますううう!」


 教会前で土下座する騎士。

 村人は驚いて逃げ、リヴィアはちょっとだけ恥ずかしくなった。


「な、何事だ!?」

「教会前で騎士が自害を!?」


 リヴィアは微笑み、村の人たちに手を振って落ち着かせた。

「やめてよ。人が見てます!」


「隠していたのは私の弱さです。

 戦場で……姫を守る以外、何もできなかった。

 国を救えず……逃げ出すことしか……!」


「もう、いいから顔を上げて」


 ――別に、国にこの人がいた所で結果は変わらなかったでしょうし。

 私を託されたと言う事は王命かしら?

 なら、この人は大義を果たした――と言う事になるんじゃないのかしら?


 リヴィアは優しい声で続けた。


「ヴァルノス、よく私をここまで育ててくれました。

 わたし……国を取り戻そうと思いますの。」

 この時、初めてリヴィアはヴァルノスの名をはっきりと告げた。


「それは……このうえなく不可能な事かと……。

 それに、その様な事を姫様がお考えになる必要は……」

 “必要はございません”と、はっきり言い切れないヴァルノスの言葉に、彼からにじみ出る復讐心をリヴィアは見出した。――そして。


「今も、苦しんでいる民たちがいます。

 エルトリアの騎士ヴァルノスに尋ねます。

 私が彼らに、救いの手を差し伸べる事、ここで拒絶しますか?」


 その言葉を聞いた瞬間、ヴァルノスの目から大粒の涙が溢れた。


「姫ぇぇぇぇぇ! 私は……私は!

 救いたい!! 王家の愛した民をこの手で!

 ですが、姫様の幸せこそが、今の私にとっての何よりなのです」


 リヴィアは軽く笑った。

「民を無下にしたまま、王家の末裔である私が幸せになれるとでも?」


「そのお言葉……まごう事無き王家の言葉!

 このヴァルノス、命に代えても姫様をお守りします!」

 膝をつき、忠誠を誓うヴァルノス。


 そのヴァルノスを見上げ、姫は告げる。

「……元より圧倒的に劣勢。 復讐の道、少し……手が汚れますよ?」


「構いませぬ!! この手、いく数多の血に染めてでも、

 祖国を取り戻す覚悟がございます」


 リヴィアは微笑みながら、心の底で静かに決意する。


 ――さて、帝国はどこまで私を楽しませてくれるのかしら?

 ああ、本当に楽しみ!

 お祈りごっこより、きっと刺激的な日常がおくれるはずだわ!

 復讐と大義名分を建前に、存分に遊んで差し上げましょう!


 こうして、

 清楚な聖女の皮を被った復讐姫リヴィアと、

 姫のすべてを肯定する甘々騎士ヴァルノスの物語が幕を開ける。

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