第5話 恐怖!…のはずが。「ああ、仕事行きたくない…」生前の記憶に苦しむ“社畜ゾンビ”が王都墓地で急増中

恐怖!…のはずが。「ああ、仕事行きたくない…」生前の記憶に苦しむ“社畜ゾンビ”が王都墓地で急増中


夜の帳が下りる頃、王都郊外の公営墓地は、生者の立入りを拒むかのように静まり返る。夜な夜な土の中から蘇り、生者の魂を求め徘徊するという、恐怖のアンデッド「ゾンビ」。その言い伝えは、子供を早く寝かしつけるための作り話として、今も語り継がれている。


しかし、近頃、その墓地で目撃される彼らの様子が、どうもおかしいという。本誌は、その奇妙な噂の真相を確かめるべく、月明かりだけを頼りに深夜の墓地へと向かった。そこで目にしたのは、恐怖よりも“共感”を誘う、あまりに現代的なアンデッドたちの姿だった。


<img="月夜の墓地を徘徊するゾンビたち">

▲彼らは生者を襲わない。ただ、虚空を見つめ、何かを呟きながら歩き続けるだけだ。


聞こえてくる“うめき声”の正体

霧が立ち込める墓地を進むと、言い伝え通り、古びた土饅頭から一体、また一体と、おぼつかない足取りの人影が現れた。しかし、記者が息を殺して耳を澄ますと、聞こえてくるうめき声は、伝説に聞くような「肉…」や「血…」といった、本能的な飢えを訴えるものではなかった。


生前の役人だったと思われる、小綺麗な服が汚れたゾンビは、こう呟いている。 「議事録の提出期限が…ああ、間に合わぬ…予算委員会が…ううう…」


商人風の身なりのゾンビは、頭を抱えながら歩き回る。 「月末の支払いが…在庫が合わん…ああ、ギルドへの上納金が…」


そして、ひときわ若いゾンビは、ただただ力なく、同じ言葉を繰り返していた。 「また月曜日が来てしまう…行きたくない…仕事行きたくない…」


彼らは、生者を襲うでもなく、墓石をなぎ倒すでもない。ただ、生前の仕事のプレッシャーや、金銭的な悩みを延々と呟きながら、目的もなく徘徊しているだけだった。


住民からは同情の声も

この奇妙な現象について、墓地の近くに住む老婆は、本誌の取材にこう語った。 「昔はそりゃあ怖くて、夜は窓も開けられませんでしたよ。でも最近じゃ、聞こえてくるのがうちの孫と同じような弱音ばかりでねえ。『あんたも生きてる間は苦労したんだねえ』って、なんだか可哀想になっちまって。今じゃ、たまに飲み残しのエールをお供えしてやってるんですよ」


墓守の老人も、呆れたように笑う。 「夜中の見回りも、昔ほど怖くはねえよ。ただ、あいつらのうめき声を聞いてると、こっちまで気が滅入ってくるのが困りもんだ。『お疲れさん』って声をかけると、一瞬こっちを見るんだが、すぐにまた自分の悩みに戻っちまうんだ」


神殿の死霊術研究者によれば、「ゾンビは、生前の最も強い“念”に縛られて蘇る。かつてはそれが“復讐心”や“飢え”だったが、現代社会においては、“仕事のストレス”や“将来への不安”が、死してなお魂を地上に縛り付ける、最も強力な“呪い”となっているのかもしれない」という。


彼らをアンデッドに変えたのは、邪悪な魔術師ではない。それは、生前の彼らを追い詰めた過酷な労働環境と、社会のプレッシャーそのものだったようだ。


少なくとも、“まともな”ゴーストたちは、愛や裏切りといった高尚な理由で成仏できずにいる。その一方で、今夜もまた、王都の墓地では、アンデッドたちの悲痛なうめき声が響き渡る。「ああ、仕事行きたくない…」と。その声は、我々“生きている人間”社会への、静かな、しかし重い警告なのかもしれない。

                     ―レミィ・スクープ

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