だけど恋とは言ってない!
かやの志保
第一章 イケメン異世界王子、現る
「ユカリ、
セーラー服姿のわたしは、肩までの髪を揺らし、小さく手を振った。
「ばいばい、
「おう。またな
彼らはすぐに、わたしに背を向けてふたりだけの世界に入り込む。
見ているのも恥ずかしいので目をそらす。
うつむき、笑いをこらえる長い髪の女の子と、必死に笑わそうとする長身の男の子。
家の近所でやめてよ。もー。
ふたりは同じ中学のクラスメイト。
わたしの幼なじみと小六からの友人で、カップル。
……で、なぜかよく「一緒に帰ろ」と誘われるのが、わたし。高坂花奈。私立
でもさ。
普通に考えて、わたし、お邪魔じゃない?
翔真にも言ったんだけれど「頼む。あいつ時々話が通じねえんだ。お前がいてくれると助かる」と、すがられてさ。
隣同士の家で、家族同然に育ったとはいえ、ムチャぶりをしてくるやつめ。
好きな子相手なら話が通じなくても良いのかなぁ。
まあ、ユカリは女のわたしから見てもかなりかわいいし、性格も良いから、そりゃ好きになっちゃうだろうけど。
問題があるとしたら、
わたしはぐねぐねと曲がる道を行き、古ぼけた小さな不動屋屋の前で立ち止まる。
ここがわたしの家なんだよ。
ガラス窓には『来客中。ご用の方はチャイムを鳴らしてください』と紙が貼られている。
家の脇にある階段を上り、鍵を開ける。
あれ?
玄関には、大きな黒い革靴と大きめのスポーツシューズ。
お客さんかな?
「ただいま」
リビングを横切り、客間に向かって声をかける。
「帰ってこられましたな」
中から芝居がかった、十歳くらいの男の子の声がした。
一体、なに?
こわごわ、ふすまを開ける。
和室の、つやのあるテーブルの上で。
絵本の中の騎士みたいな姿をした、小さなクマのぬいぐるみが、こちらに向かってうやうやしく頭を下げた。
「お初にお目にかかります。高坂花奈殿。一億二千五百万人の中から選ばれし幸運な乙女よ。
わたくしめはフワモ王国第八王子コルタ・リウビア殿下が侍従・アムルトと申します。
以後お見知りおきを」
すごい。ぬいぐるみがナチュラルに動いてしゃべっている!
しかも上座には、美形の外国人がふたり座っていて。
「こんにちは」頭を下げ、「プロモーション会社の営業の方? 」ってパパに声をかけた。
だって、面白いし、紹介してもらおうと思ったから。
ひとりは二十五歳くらいの、すっとした一重がきれいな和風の顔立ちの男の人。
とても背が高くて、黒く長い髪を金の髪留めでまとめ、グレーのスーツを着ている。
もう一人は、ラフなシャツとパンツ姿の、わたしと同じ、十四歳くらいの白人の男の子。こちらはわたしよりちょっと背が高いくらい。
銀色の髪がくるんと巻いていて、目はぱっちり二重。ふわふわ、甘いお菓子のCMに出てきそう。
わたしの家、両親ともに不動産業をやっているんだけれど。
たまに営業とかで変わったお客様が来るから面白い。
しかも年の近い子がいるのなら、お話してみたかった。
あ、でも、日本語通じるかな?
しかし。
パパは娘ではなくお客様を見る時の、聡いまなざしをわたしに向けた。
「花奈。彼らはプロモーション会社の人たちではない。フワモ王国の王太子殿下と王子様だ」
「は? 」
つい素が出た。
ママが「こら」と言い、にこにこと優しい笑みを彼らに向ける。
「すみませんね、一人娘で甘やかしたものですから」
「いえ。こちらこそ、急な話で申し訳ない」
はっ。
和やかに見える割には、張り詰めているこの空気――
わたしはスカートのポケットに手を伸ばした。
わかったよ。パパ、ママ。
この人たちは不審者だ!
王族をかたるサギ師で、パパとママは刺激しないように話を合わせているんだ。
顔にだまされるところだった。危ない危ない。
わたしはポケットの中のスマートフォンの、通報が出来るボタンを押そうとした。
その時。
同い年くらいの男の子が、わたしを見てふわりと笑んだ。
なんら害意のない、やわらかな笑み。
天使みたいな。
「はじめまして。ぼくはコルタ・リウビアって言います。コルタって呼んでね」
「はあ」
ぼうっと見とれて思わず指を止める。
お人形さんみたいだ……。
白い手がさしのべられる。
「これから二十日間、きみの家にお世話になります。よろしくね、
わたしは呆気にとられて見返す。
事の成り行きを見守っていたパパが、左隣に来て、なだめるように
「わかってくれ。これはフワモ王国の一大事なんだ」
「は? ……へ? 」
気にすることないわよ、と右隣にはママ。「同い年の子との同居よ。楽しいに決まっているじゃない」
は? 地球上にフワモ王国なんて国は存在しませんが。
しかもママ、わたしが見知らぬ男の子と同居出来て楽しいだと?
涼やかなまなざしの青年が、すまなさそうに薄い唇をかみしめる。
「申し訳ないが、君の両親には魔法で言うことを聞いてもらった。
国王陛下が病に伏されたのが、なにせ急だったもので、政府の書簡が間に合わなかった」
言うことを聞いてもらった。その言葉だけが、脳裏にこだまする。
「はあ~~~〜!? 」
お腹の底から叫んだ。
わたしの背後には、きっと京都への修学旅行で見た仁王像が立っている!
「ハンナ、落ち着いて。ぼくがいる二十日間だけだから。記憶は消去するし、あとはみんな忘れて」
「帰れ、このクマと一緒に帰れ。パパとママに手を出すなー!! 」
クマをむんずとつかんでコルタの手に押し付けた。黒髪の青年は焦ったようすで
「では私は戻る。あとは任せた。あと、アムは動かすなよ」
「ノエ兄さま! 」
呪文のような言葉をつぶやく。と、何もない空間が白く輝いた。背の高い青年の身体が、吸い寄せられるように消え、あとにはいつもの和室の光景が残される。
なに、今の。
わたしはへなへなとしゃがみこんだ。セーラー服のプリーツスカートが床に広がる。
ああ、とコルタは困ったように眉を下げると、情けない表情で
「魔法を見るのは初めてだよね? 驚かせてごめん。そういう異世界から来ました」
「……」
「さっきからどうしたんだ」
「立ちなさい、スカートがしわになるでしょ。
あと、明日からコルタくんも同じ学校に通うから。学年が同じだし、いろいろと面倒をみてあげるのよ」
魔法。
じわりじわりと、彼らの言葉が現実味を帯びてくる。
だって、恐ろしいくらいいつものパパとママだ。――コルタたちへの反応以外は。
「大丈夫? ハンナ」
いや誰。
「わたしの名前は花奈……こうさかはなだよ」
ダメ。
もう元気が出ない。
わたしは顔の前で手を組んだ。
神さま、どうかこのイケメンも目の前から消してください。
コルタは片耳に付けたピアスを外した。彼の瞳の色と似たアクアマリン。
振って何事かをつぶやくが、歌うような外国語で聞き取れない。
もう一度付け直すと、また「ハンナ」と言った。
「……もしかして、ケンカ売ってる?」
買うぞ。
コルタは、これからお世話になるのに、そんなわけないでしょとつぶやくと
「これ、日本語専用の翻訳機なんだ。古いし壊れているのかも」
言われてみれば、異世界人とやらのクセに? 日本語がうまい。
「でも、クマは『花奈』って言っていたじゃない」
「アムは魔力で動いているから。ぼくら人間は勉強しないとしゃべれないよ」
ファンタジーなこと言ってるくせに、ずいぶんとシビア。
わたしはすっと目を細めた。
「……きみ、なんなの。さっきから意味不明なんだけれど」
コルタの顔から笑みが消える。ぐっと大人っぽく見えた。
「……から、逃げて来たんだ」
「え? 」
ただのぬいぐるみになっているアムを抱きしめ、緊張した声で言う。
「殺されるかもしれないから、逃げて来たんだ。フワモ王国から」
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