結婚前夜、期待と不安を胸に

南條 綾

結婚前夜、期待と不安を胸に

 明日、私は真琴と結婚する。

 部屋の明かりを消して、ベッドに寝転がったまま天井を見つめる。時計はもう零時を過ぎている。結婚式の前夜だっていうのに、胸がどきどきして全然眠れない。


 目を閉じると、すぐ真琴の顔が浮かぶ。笑ったときの目尻とか、ちょっと低い声とか、からかうときの意地悪そうな笑い方とか。思い出せば思い出すほど、余計に目が冴えていく。


 高校の頃、初めて「好きだ」と自覚した日のことを思い出す。放課後の屋上。風が強くて、前髪がまとまらなかったあの日。


「急にどうしたの」


 フェンスにもたれて、真琴は少し困った顔をしていた。私は手汗でぐちゃぐちゃになった手をぎゅっと握りしめて、一気に言った。


「真琴のこと、たぶん好き。友だちとかじゃなくて、ちゃんと好き」


 声が上ずっていた。言った瞬間、逃げ出したくなった。けど、足は動かなかった。


 真琴は一瞬きょとんとしてから、ふっと笑った。


「そっか。よかった。私だけじゃなかった」


「え」


「私も、綾のことずっと好きだったよ」


 その一言で、世界が少し明るくなった気がした。あれから八年。大学もバイトも就職もあって、遠回りもした。同性同士だからって、周りには隠したり、親には言えなかったり、泣いた夜もたくさんあった。

親に「好きな人がいる」と言いかけて、最後まで言えなくて通話を切った夜。

飲み会で「いい男紹介しよっか」と笑われて、本当のことは言えなくて、笑い返すしかなかった夜。

布団の中でスマホの光だけ見つめながら、真琴に「苦しい」って長文を送って、送信ボタンを押す指が震えた夜。

それでも、真琴は一度も離れようとしなかった。


「綾は私の宝物だから、絶対に手放さない」

私が弱音を吐くたびに、真琴はそう言って、強く手を握ってくれた。

その手を握り返すたびに、「まだ大丈夫だ」って思えてきた。


 ようやく、真琴と夫婦になる日が来る。

法律の言い方はややこしいし、戸籍上はよく分からない扱いのままかもしれない。

それでも、私たちにとってはちゃんと「結婚式」だ。そこで私は、真琴とお揃いの指輪を交換する。


 ドレスの下に着るランジェリーは、真琴がこっそり選んできた白いレースのやつだ。


「ちょっと、これ攻めすぎじゃない?」

袋から出した瞬間、私は固まった。真琴は楽しそうに笑う。


「絶対似合うから。大丈夫」


「そんなの着てたら集中できないよ」


「それが狙いだから」

耳元でそう囁かれて、店の中なのに本気で逃げたくなった。あの声の甘さを思い出すだけで、今も体が熱くなる。


 枕元のスマホに手を伸ばす。画面を点けると、ロック画面に真琴とのツーショットが出てくる。先週撮ったやつ。真琴が私の頬にキスしようとして、私が慌てて逃げている途中の一枚。


「これロック画面にしときなよ。明日から毎日キスできるんだから、今のうちに逃げておきなさい」

そう言って、真琴は勝手に設定してしまった。結局、私は変えないまま今日まで来ている。

……逃げないよ。もう、どこにも行かないし逃げたくないし。

そう心の中でつぶやいてから、そっとスマホを胸に抱きしめる。

真琴の笑顔が、胸の真ん中に貼り付いたみたいに離れない。


「真琴」

小さく名前を呼ぶ。部屋の中には誰もいないのに、返事が返ってきそうで、少しだけ笑ってしまう。


 明日、私は真琴と並んでバージンロードを歩く。きっと緊張して、足が震える。

誓いの言葉で噛んで、写真のとき変な顔になるかもしれない。

それでも、隣に真琴がいて、私の手を握ってくれるなら、それでいい。

真琴明日からずっと一緒にいて幸せになろうね。

おやすみなさい。

そう心の中で挨拶して、目を閉じる。

さっきまでうるさかった鼓動が、少しだけ落ち着いた気がした。

眠りに沈む直前、真琴の笑顔がもう一度くっきり浮かんだ。


「愛してるよ、真琴」

もう一度そう小さく呟いて、私は期待と不安を胸に抱きしめて眠りについた。

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