あの日の屋上で、君を待ってる

はこみや

あの屋上で、君に好きを言った

私の名前は箱宮みより。

高校二年の五月まで、恋なんてしたことがなかった。尼崎天狼(あまざき・てんろう)くんは、同じクラスの、どこにでもいる普通の男の子だった。

背はちょっと高めで、髪は少し伸びっぱなし。部活は帰宅部で、放課後は友達とゲラゲラ笑いながらコンビニに寄って帰るタイプ。特別かっこいいわけでもなく、勉強が飛びぬけてできるわけでもない。

でも、なぜか目で追ってしまう。

笑うときのえくぼとか、寝ぐせがついてるとことか、教科書に落書きしてる細かい字とか……全部、好きだった。最初にちゃんと話したのは、六月の期末テスト前。

私が数学のプリントを忘れて焦ってたら、天狼くんが後ろの席から小声で言った。「箱宮、俺の貸してやるよ。写せば?」「……え、いいの?」「いいって。俺もう終わったし」そのとき渡されたプリントの端に、ちっちゃく「がんばれ」って書いてあった。

胸が、どきんって鳴った。

それが、始まりだった。それから少しずつ話すようになった。

朝のホームルーム前に

「昨日見た夢、変だったんだよね」

とか言いながら席に来る。

お昼は一緒に購買に行って、私はカスタードクリームパン、天狼くんはツナマヨおにぎり二個。

放課後、教室に残ってると

「帰るの遅いな、一緒に帰ろうぜ」

って自然に誘ってくれる。夏休み前、教室で二人きりで掃除してたとき、急に雨が降り出して。

窓を閉めようとしたら雷が鳴って、びっくりしてしゃがみこんだら、天狼くんがすぐそばに来て、「大丈夫? 怖いの?」って、肩に手を置いてくれた。

その手の温かさに、頭が真っ白になった。夏休みはLINEだけ。

でも、毎日「おはよ」「今日めっちゃ暑い」「宿題終わった?」ってやりとりして、

夜中に「寝れない」と送ったら「俺も」と返ってきて、電話した。

声だけで話してるのに、すごく近くにいる気がした。二学期が始まってすぐ、九月十三日の放課後。

私は、もう我慢できなくなって、屋上に呼び出した。屋上のフェンスにもたれて、天狼くんを待ってた。

夕陽がオレンジで、風がちょっと冷たかった。「……手紙、俺宛?」「うん……」深呼吸して、言った。「天狼くんのこと、好きです。付き合ってください」声が震えた。

死ぬかと思った。天狼くんは、目を丸くして、しばらく黙ってた。

それから、顔を真っ赤にして、「……俺も、ずっと箱宮のこと好きだった」って、小さく言った。「マジで? 信じらんねぇ……嬉しい」そうして、私たち付き合い始めた。初めて手を繋いだのは、次の土曜日のデート。

駅前の古い映画館で、青春映画を見た。

暗闇の中で、天狼くんがそっと指を絡めてきて、私は心臓が破裂しそうだった。

映画館を出たあと、夕方の商店街を歩きながら、ずっと手を離さなかった。初めてキスしたのは、十一月三日、文化の日。

私の家は両親が旅行でいない日だった。「宿題やろうぜ」って言って、家に呼んだ。

リビングで数学やってたけど、全然進まなくて、

「もうやめよ、映画見よ」ってなって、ソファでくっついて見てた。エンドロールが流れたあと、ふたりとも黙ってた。

そしたら天狼くんが、「……みより」って、顔を近づけてきた。唇が触れた瞬間、頭の中が真っ白になった。

甘くて、柔らかくて、ちょっと震えてて。

キスが終わったあと、天狼くンが「ごめん、急に……」って慌ててたけど、私は首を振って、もう一回自分からキスした。その日、初めて、全部した。最初はすごく緊張して、痛くて、涙が出た。

天狼くんも、すごく優しかったけど、ぎこちなくて。「……痛いの?」

「うん、ちょっと……でも、大丈夫」「無理しないで、ほんとに……」

でも、痛かったのは最初だけで、後はただ温かくて、幸せで。

天狼くんの背中に手を回して、泣きながら名前を呼んだ。

「大好きだよ、天狼くん……」

「俺も……みより、ほんと好き」

それから、高三の春までは、毎日が夢みたいだった。でも、受験が近づくにつれて、すれ違いが増えた。天狼くんは理系で、私は文系。

模試の結果が悪くて、私は焦ってて、天狼くんは「俺はもう決まった大学しかないし」って余裕な顔。

私が「一緒に勉強しよう」って言っても、「俺、もういいって」ってスマホばっかりいじる。ある日、十二月の終わり。

私が「最近全然話してくれない」って泣きながら言ったら、天狼くんが、「みよりが重いんだよ。俺、もう受験とかどうでもいいって言ってるだろ」って、初めて怒鳴った。「……重いって、私が?」「うん。毎日毎日、LINEしてきて、会いたがって……俺も疲れてるんだよ」その言葉が、胸に突き刺さった。「……わかった。じゃあ、もういいよ」私は、泣きながら言った。「別れよ。私、天狼くんの重荷になりたくない」天狼くんは、一瞬、顔を歪めたけど、「……そうだな。ごめん」って、それだけ言って、教室を出て行った。クリスマスも、正月も、会わなかった。

LINEも、全部ブロックした。受験が終わって、私は地元の短大に進んだ。

天狼くんは、県外の大学に行ったって聞いた。それから二年、連絡は一切取らなかった。私は短大で普通に過ごして、友達もできて、バイトもして。

でも、誰かと付き合おうとしても、すぐに比べてしまう。

あのときのキス、あのときの温もり。

結局、誰とも付き合えなかった。二十歳の春、大学の近くのコンビニで、偶然、天狼くんに会った。髪を少し短くして、少し大人っぽくなってた。「……みより?」私は、息を呑んだ。「……元気?」天狼くんが、小さく笑った。「まあ……ね」沈黙が続いた。

それから、天狼くんが、「……ごめん。あのとき、俺、ほんと最低だった」って、頭を下げた。「みよりのこと、大事にできなくて……逃げた。ほんと、ごめん」私は、涙がこぼれた。「私も……ごめんね。重いって言われて、傷ついて……でも、私も弱かった」コンビニの外のベンチで、昔みたいに並んで座った。天狼くんは、大学でサークルに入ったけど、なんか虚しくて、一年で辞めたって。

誰とも付き合ってないって。私も、同じだったって話した。夕陽が沈む頃、天狼くんが言った。「もう一度、やり直したい」私は、泣きながら頷いた。「……私も、ずっと待ってた」それから、また付き合い始めた。今度は、ちゃんと話し合った。

「重いって思ったら、ちゃんと言って」って。

「俺も、逃げない」って。遠距離だったけど、毎週のように会いに行った。

天狼くんが大阪から新幹線で来てくれる日もあった。二十三歳の秋、天狼くんが就職で東京に配属になった。一緒に住むことになって、初めてちゃんと「同棲」した。二十五歳の春、桜の季節にプロポーズされた。「みより、結婚してください」シンプルな言葉だったけど、一番嬉しかった。結婚式は、二人と親族だけの小さな式。

誓いのキスをするとき、天狼くんが耳元で囁いた。「ずっと、みよりが好きだった。高校のときから、今も、これからも」私も、涙をこらえながら、「私も……ずっと、天狼くんだけ」って、返した。あの屋上で告白した日。

初めてキスした日。

初めて全部した日。

喧嘩して離れた日も、全部全部、今に繋がってる。私の初恋は、終わらなかった。これからも、ずっと、天狼くんと一緒にいる。


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あの日の屋上で、君を待ってる はこみや @hako0713

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