第13話

 体全体が重くうまく動けない中、額には何やら冷たい物が貼られている感覚があった。


(な、何だ……)


 すると今まで真っ暗だった視界に薄日が差すように光が入り、ゆっくりと瞼を開ける。ぼやける視界が徐々に鮮明になっていくと、そこは自室のベッドの上だった。思考が追いつかないまま、天井を見つめる事暫し。


「都築っ」


 自分の横から声が聞こえた途端、すぐさま自分の顔を覗く。一瞬強ばった顔つきだったが、自分と目があった途端、安堵と取れる表情へと変わる。


「わりーー 千納時。状況がちょっとわからない」


 徐々に視界が鮮明になっていく中、周りを見える範囲で見回すと、千納時の背後に、布団を引いて寝ている郁の姿が目に止まった。


「郁、そこで寝てるのか?」

「都築が心配で部屋では寝れないみたいだったからな」

「そっか。因みにぶっちゃけ、あの後って……」

「ああ。都築が倒れて、まず、救急車を呼ぶべきかと思ったけど、郁ちゃんが嫌がってね。それにお母さんも朝まで帰ってこないという事を言っていたのでタクシー捕まえて俺が家まで、ついてきた感じ」

「そっかーー 迷惑かけたな」

「別に、都築が迷惑かける事なんで今回だけじゃないから」

「何だよそれっ」


 少し拗ねたように言うと、彼がクスリと笑いながら、額の冷却シートを剥がし、掌をおでこに当てる。ヒヤリとした感覚が、気持ちく目を閉じた。

「やっぱり熱あるな。昼間も少し体温高い感じがしたけど、あながちその感覚は間違ってなかったか」

「…… もしかしていきなり首触ってきたのって……」

「ああ。少し顔が赤らんでいたから」

「そっか」

「とりあえず、熱も37度台でキープはしているけど、どうする今から病院行く?」

「いや、もうちょっと様子みてみる。多分だけど、疲れだと思うし。まあそれに、これ以上千納時に迷惑かけられないから。それに妹も夜間病院とか救急車駄目でさ。救急車呼ぶとか言った日には大泣きしちゃうから」

「大泣きは流石にしなかったが、半泣きながらも怯えている感覚…… うんーあれは拒否反応というべきかな」

「だよな…… 自分。親父二年前に病死してさ。それが夜いきなり家族で出かけた時に倒れて救急車で運ばれてそのまま還ってこなくて。その印象が強烈すぎて、すげー嫌がるんだよ」

「成る程合点がいくな」

「何か本当色々大変だったよなゴメン。それこそ、千納時も家帰んねーとっ」

「俺の方は心配しなくてもいい。基山さんには連絡したから」

「基山?」

「ああ。俺の家にいる使用人」

「使用人っ、やっぱ前から感じてたけど、千納時んちって」

「なーに。先祖がやり手でそれを父が継承しているだけさ。それに父も家の存続の為に奔走してる事もあって、家をほぼ空けているから」

「でも、他の家族っ」


 言い掛けた所で、文化祭での事を思い出し、口を紡ぐ。


「いない。親が離婚してるから」


 あまりにもあっさりと答えた彼を思わず目で見ると、彼は寝ている郁を見た。


「実は俺にも兄弟いるんだ。二つ上の兄でよく俺とも遊んでくれた。でも、兄は母と一緒に行ってしまったから……」

「そ、そっか。まあさ、その何っていうか色々あったのは夫婦間の事だし、兄ちゃんと会う分には言いんじゃね」

「そうだね。でもじゃあ行ってきますって感じじゃないだよ。兄と母がデンマークにいるから」

「あーー ふーん。っていうかさ、千納時ってハーフ?」

「まあそういう事になるね」


(すげー今納得いったかも……)


 この整った顔と綺麗な透き通った湧き水の湖のような翠色の瞳の持ち主なのだから、頷ける結論。だとしても、かなり個人的な事を聞いてしまった手前、何を言っていいかわからない。それは彼も同様だったのか、少々ばつが悪そうな表情を浮かべ、立ち上がる。


「そういう事だから。とりあえず、都築の体調が悪化して郁ちゃんが対応する事になると大事だから今日勝手に泊まらせてもらう。ただ、明日登校の関係で6時にはここ出るけど」

「う、うん。有り難う」

「とりあえずは、早く都築が完治することが優先。食べ物と薬持ってくるから寝てて」


 そう言い彼は部屋を出て行くと、ものの数分で戻ってきた。


「お粥と、薬と飲み物」

「わりーー」


 ゆっくりと起き上がり、彼の運んで来たお粥と飲み物を口に運ぶ。


「お粥。千納時作ったの?」

「作ったんだ。と言いたいとこだが、俺は料理苦手でね。郁ちゃんが寝る前に作ったんだ」

「千納時も苦手な事あるんだな」

「勿論。完璧な人間なんていないといっても等しい」

「まーな。でも自分的には千納時ってなんでも出来るイメージなんだよな。勉強やコミュニケーション能力も高いしさ。何せ妹みたいな小学生とも普通に話せちゃうじゃん。しかも既に名前呼びって、どんだけ懐かれてるんだよ」

「まあ、それは郁ちゃんが俺に話してくれるからさ」


 すると彼が笑みを称えながら自分を見る。


「それこそ。都築、君も俺の事名前呼びでも構わないけど」

「へ?」

「だって、都築とは新学期早々辺りから話す機会も増えてるし、話す事が無かったとはいえ顔見知り期間をカウントしたらカフェの常連からだから結構長いだろ? それを踏まえると今日会った妹の方が俺を名前呼びっておかしくない?」

「た、確かにそうだけどっ、千納時名前呼びさせないような事言ってたじゃん」

「まあそうなんだけど、お互い色々知れてしまった事だし、俺は全然気にならない。君なら」


 先まで微笑んでいた彼の面もちが少し真剣な表情に変化した。きっと千納時的には考えた上での決断なのかもしれない。そんな彼の姿勢が嬉しくもあり、何だか照れくさい。


「そ、そっか。じゃある、琉叶でいいの?」

「ああ」


 すると彼が今まで見たことのない程の満面の笑みを浮かべたのだ。あまりにもその顔が嬉しさを滲ませているあまり、こちらも思わず照れくさくなる。

「そ、それなら自分も名前で」

「優斗」


 彼に名を呼ばれた瞬間、一気に顔が熱くなると同時に彼の顔が見れなくなってしまい、下を向く。すると額に、彼の冷たい手が添えられ、顔を上げ直すと、もう片方の手を彼自身の額に当てる。

「顔赤くなったけど、熱上がったのか?」

「そ、そういう事じゃなくてっ」

「いや、絶対にさっきより上がっている。少し体を動かしすぎた…… 優斗。俺が食べさすからスプーン貸して」

「い、いやいいっ、自分で食べれるから」

顔の火照りは増す一方であり、それは自分でもわかるぐらいの勢いだ。これ以上赤面したら何をやってくるかわからない。自分はすぐさまお粥をかっこ込み、彼の有り難迷惑の行為を阻止した。



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