第3話 宇宙環境外への脱出
金属の軋む音が響く細い保守通路を、アリアとリィナは駆け抜けていた。
背後では保安局の重装部隊が迫り、パルス弾が壁を貫いて火花を散らす。
「くっ……! しつこい!」
アリアが防護ガラスの破片をまたいだとき、脳裏に奇妙な感覚が走った。
視界の隅が“光って”いる。
(……何、これ)
まるで、通路の構造が透けて見えるような奇妙な感覚――
ケーブルの裏側、重力制御盤の弱点、空気循環ダクトの圧力差。
すべてが自然に“理解できる”。
リィナがアリアの袖を掴んだ。
「アリア……覚醒の兆候が出ています!」
「覚醒……?」
言い返す暇はなかった。
背後から重装兵が飛び込んできた。
「見つけたぞ!」
パルス銃の青白い光が走り、壁が弾ける。
アリアは反射的に天井を見た。
そこに非常用エネルギー管が通っている。
(あれを破裂させれば……!)
まるで誰かが耳元で指示しているように、動きが勝手に繋がる。
アリアは近くの工具箱からスパナを掴み、エネルギー管へ思いきり投げつけた。
ガンッ!!
次の瞬間、光の柱が走り、通路に衝撃波が広がった。
「うわぁぁッ!!?」
突入してきた重装兵たちが吹き飛ばされ、パルス銃が弾け飛ぶ。
リィナが驚愕の表情でアリアを見つめた。
「今の……計算して?」
「いや……身体が勝手に……」
「やっぱり……第一継承者の能力が……!」
◆
二人は通路を抜け、巨大なシャフトに出た。
そこは外宇宙に面したメンテナンスエリア。
薄暗い空間の先に、エアロックの赤い警告灯が点滅している。
そして――
「待ってたぜ、アリア」
通路の影から姿を現したのは、半壊した装甲を身につけたケンだった。
傷だらけで、腕から血が流れている。
「ケン! 無事だったの!?」
「しぶといからな、俺は。……だが時間がねぇ。
そっちに追跡部隊が回り込んでる。外に出るしかない」
アリアは息を呑む。
「外って……この宇宙居住環の外側に出るの? 宇宙服もなしで?」
ケンはニヤッと笑った。
「大丈夫だ。非常用の機動艇がすぐそこにある。
お前ら二人を乗せて、外縁軌道まで逃がす」
「ケンも来るんでしょ?」
ケンは首を横に振った。
「悪い、アリア……俺は足手まといだ。
ここで時間を稼ぐ。お前らは逃げろ」
「いや……絶対に一緒に行く!」
その瞬間、シャフト全体が震えた。
《警告:外縁区に複数の未確認ドローン接近中》
黒い影が数体、上方から降りてくる。
蜘蛛のような形状の自律型ドローン。
鋭利なアームを伸ばし、赤いセンサーをアリアへ向けていた。
「アリア、リィナ! 走れ!!」
ケンが身を挺してドローンに銃火器を向ける。
パシュンッ、パシュンッ!!
青白いパルス弾がドローンの装甲を弾き、火花が散る。
しかし相手は数が多い。
アリアは拳を握った。
「ケンを置いていけるわけ、ない!」
「アリア!」
リィナが叫ぶ。
「あなたの能力は、まだ安定していません! ここで戦えば――!」
「能力が何だっていうの……! 私は仲間を捨ててまで逃げない!」
その瞬間――
視界に再び“光のライン”が浮かび上がった。
ドローンの関節の弱点、動力源の位置、回避すべき軌道。
(……見える)
身体の奥で、何かが“動き始めた”。
ドローンが三体、アリアへ飛びかかる。
「アリア、危ない!!」
リィナの叫びが響く――
アリアは踏み込んだ。
床を蹴る動きは、自分の意思よりも速い。
そして腕を突き出す。
バシュッ!!
衝撃波のような空気の歪みが走り、ドローン三体が一気に吹き飛んだ。
金属が床に叩きつけられ、火花が散る。
ケンが呆然と呟いた。
「……今の、素手でやったのか?」
アリアは震える手を見つめた。
「わからない……でも、これが……私……?」
リィナがアリアへ駆け寄り、震える声で言った。
「第一継承者の能力――“適応式戦術脳(アダプティブ・コア)”が、発動しました……!」
「適応……?」
「あなたは環境、戦況、敵の構造――
あらゆる情報を瞬時に解析し、最適な行動を自動で導く力を持つんです。
この宇宙環を作った“本計画の中心”……それが、あなた!」
アリアは胸が苦しくなるのを感じた。
自分がそんな存在だったなんて。
そして、その力を敵は恐れている。
だから――追われている。
◆
ケンが最後のドローンを撃ち落とし、叫ぶ。
「話してる暇はねぇ! 早く行け!
機動艇はすぐ先だ!」
アリアはリィナの手を握った。
「逃げるよ――必ずケンも助ける!」
「約束だぞ!」
ケンが笑う。
「俺を見捨てたら、あの世で文句言ってやるからな!」
アリアとリィナはエアロックへ走り込んだ。
その背後で――
居住環全体が低く唸りをあげ、外宇宙へ向けて大きく傾き始めた。
《警告:外縁区の重力制御が崩壊中。
軌道安定率、急激に低下》
居住環そのものが、崩れ始めていた。
アリアの心臓が速く脈打つ。
逃げなければ――
でも、このままではアルカディア全体が落ちてしまう。
そしてアリアは気づいた。
自分には、もう“普通のエンジニア”として生きる選択肢はない。
運命は動き出し、もう戻れないのだ。
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