《星を継ぐ者:オルビタル・メサイア》
夢乃眠莉
第1話 人工太陽が落ちた日
アルカディア居住環の朝は、静かに始まるはずだった。
天井に埋め込まれた巨大照明――“人工太陽”が、日周期に合わせてゆっくりと光度を上げていく。それに合わせて街区の人々は目を覚まし、ショップのシャッターが開き、通路を行き交うホバーカートの音が賑わいを作る。
しかし、その日だけは違っていた。
アリア・レンブラントが出勤のために個室の扉を開いた瞬間、廊下の灯りがふっと揺れ、次の瞬間、居住環全体の照明が黒く落ちた。
「……停電?」
人工太陽の光が消えるなど、通常あり得ない。
アルカディアの生命線は、何重にも冗長化されたエネルギー循環システムによって支えられている。全面停電は、ほぼ「終末」を意味した。
アリアは即座に腰の多機能端末を起動するが、画面に赤い警告が走る。
《軌道保安局緊急召集:エネルギー外縁区で重大トラブル発生》
「外縁区……? よりにもよってあそこ?」
外縁区は居住環の最外周、船体の一部に相当する区域で、外宇宙に面している。危険区域のため一般職員は立ち入らない。
けれどアリアは軌道保安局のエンジニアとして、緊急対応の資格を持っていた。
暗闇の通路を駆け抜けながら、彼女は胸騒ぎを感じていた。
この停電は“事故”ではない。
直感がそう囁いていた。
◆
外縁区に近づくにつれ、冷たい空気が肌に触れた。
照明の落ちた金属通路に、わずかな非常灯が赤く瞬いている。
そこに、緊張した面持ちの保安局員たちが集まっていた。
「アリア、こっちだ!」
呼びかけたのは同僚のケンだった。
照明がなくても視認できるほど顔色が悪い。
「未確認機体が外縁区の隔壁を破って侵入した。しかも人工太陽の系統を直撃してきたらしい」
「……攻撃?」
「そう考えるしかない。だが機体は損傷し、自動的に内部に漂着した。お前には解析を頼みたい」
アリアは頷き、現場へ向かった。
そこには、外殻を焼け焦がしながらも形を保つ 銀色の小型艇 があった。
見たことのない設計。軍の所属でも民間でもない。
「……誰のもの?」
「それを調べるために、お前が必要なんだ」
近づくと、機体側面の裂け目から淡い青色の光が漏れていた。
アリアは慎重に装甲板を押し広げる。
その奥に――
一人の少女が、透明なカプセルに横たわっていた。
白い肌。
銀色の髪。
閉じたまつげ。
そして、アリアは息を呑んだ。
「……私?」
どこからどう見ても、カプセルの少女は アリアと同じ顔 をしていた。
その瞬間、少女のまぶたが震え、ゆっくりと開いた。
青い光を宿した双眸が、真っ直ぐアリアを捉える。
「……第一継承者(プライマリ・サクセサー)……アリア・レンブラント」
「な、何なの……あなたは……?」
少女は弱々しく微笑んだ。
「やっと……会えました……」
言葉が途切れた刹那、居住環全体に衝撃が走り、警報が鳴り響いた。
《警告:重力制御ユニットがダウン。外縁区の保持フィールドが不安定です》
「まずい! 隔壁が保たない!」
保安局員たちが走り出す中、アリアはカプセルの少女に手を伸ばした。
「動ける? このままだと――」
少女はアリアの手を掴んだ。驚くほど温かい。
そして囁いた。
「急いで……“彼ら”が来る……」
「彼ら?」
次の瞬間、外縁区の隔壁が悲鳴を上げるように軋み、金属音が響き渡った。
何かが侵入しようとしている。
暗闇の中、アリアの鼓動だけが異様に大きく響いた。
こうして、彼女の“運命”は動きだした。
人工太陽が落ちた日――
それはアリアが「継承者」として覚醒する始まりに過ぎなかった。
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