頭の重い、てるてる坊主の、言うことには。

さわみずのあん

頭の重い、てるてる坊主の、言うことには。

「……せえ粛にっ。……静粛にっ」

 ばんばん。ばんばんっ。

 と教卓を叩くのは、委員長の渡瀬さん。

 乃木岬小学校、三年一組のクラスでは。

 帰りの会。

 学級裁判が行われようとしていた。

 担任の先生は、おらず。

 三十人の生徒が、出席番号順に。

 十人、十人、十人に分かれ。

 コの字型に机を並べている。

 子供らしい騒々しさの中。

「静粛の意味がっ、分かんねえのかっ。静かにしろっつってんだよっ」

 渡瀬さんは、教卓をちゃぶ台返し。

 教壇から落ちた、教卓の音が。

 静寂の中、響く。

「えー。こほん。皆さんが静かになるまでに。いえ。そうじゃなくて。本日皆さんに、お集まりいだいているのは、月曜日。遠足が雨天順延になった件についてです」

「楽しみにしてたのにな」

「俺はちゃんとやったぞ」

「静粛に。さて、皆さん。なぜ月曜日に雨が降ったのか。それは、このクラスの中に、てるてる坊主を吊るさなかった人がいるからです」

「お前じゃねえの」

「だから、俺はちゃんとやったって」

「三十人三十一脚。クラス一丸。足並み揃えて」

「話ナゲーな」

「な」

「お前が静かになるまでに、何分かかるんだー」

「さっきから、うるっせえぞ。金尾、樫田。ったく。ごちゃごちゃ。おい、てめえら。ちゃんと持ってきてるんだろうな」

「てるてる」

「坊主」

 金尾くんと樫田くんが、机にてるてる坊主を出したのを見て、クラスのみんなも、自分が作った、てるてる坊主を机の上に。

「ようし。全員。持って来てるな。それじゃあ、証人喚問。これから。皆さんのてるてる坊主に。証言をしてもらいます。質問は一つ。雨を降らせたのはあなたですか? です。まずは私から」

 渡瀬さんは。教壇を下り。

 転がった教卓の前へ。

 コの字型に並んだ視線が。

 渡瀬さんに注目します。

 手には、てるてる坊主。

「雨を降らせたのはあなたですか?」

 渡瀬さんが、手を開くと。

 糸が。中指に結ばれていて。

 てるてる坊主は吊るされる。

 ゆあゆあと小さく揺れて。

 首を横に、振りました。

「いいえ。ね。それじゃあ、次は。出席番号の逆順。反時計回りに」

 渡瀬さんは、自分の席に戻って、隣の、

「ほら、柳井さん。次はあなたよ」

「はっ。はいっ」

 柳井さんが席を立ちました。


「雨を降らせたのはあなたですか?」

 てるてる坊主は首を振る。

「雨を降らせたのはあなたですか?」

 てるてる坊主は首を振る。

「雨を降らせたのはあなたですか?」

 てるてる坊主は首を振る。

 …………。


「それじゃあ、最後。相田さん。ちょっと、聞いてる? 出席番号一番。相田さんっ」

 目の前の机に座る女の子に。

 渡瀬さんが、声をかけます。

「相田さん」

「は。はい」

 弱々しく返事をした相田さん。

 てるてる坊主を手に持って。

 教室の真ん中に。

 けれども。黙ったまま。

 渡瀬さんが、代わりに問います。

「雨を降らせたのはあなたですか?」

 相田さんは。

 てるてる坊主の首を。

 ぎゅっと握った手を。

 指を。開きます。

 指に結ばれた紐。

 吊るされた、てるてる坊主は。

 こっくりこくり。と頷きました。

「うなずいた。うなずいだぞ。はいって言った。はいって言ったぞ」

「るてるて坊主だ。るてるて坊主。雨を降らせたのは、相田だ」

「死刑だ死刑」

「首を吊れー」

 金尾くんと樫田くんが囃し立てる中。

「静粛にっ」

 渡瀬さんが立ち上がり。

 相田さんのそばに寄ります。

「てるてる坊主の証言を、クラス全員が聞きました。相田さん。あなた。あなたが雨を降らせたのね」

 相田さんは、何も言わず。

 こくり。と頷きました。

「黙秘権を行使しても構いません。けれどもし、情状酌量の余地があるとするなら。今度はあなたが証言する番です。相田さん。どうして、こんなことをしてしまったのですか?」

「お」

「お?」

「お菓子を、かっ。買えないから」

 静寂。

「分かりました。判決を言い渡します」

 渡瀬さんは、倒れた教卓を教壇に戻し。

 ばん。ばんばんっ。

「被告人は、明朝てるてる坊主の刑に処す」

「死刑だ死刑」

「首を吊れー」

「静粛に静粛にっ。被告人には、退廷を命じます。明日朝。出廷すること」

 相田さんは、てるてる坊主を握りしめ。

 ランドセルを背負って。

 教室を出ていきました。




 明くる朝。

 三年一組のクラスでは。

 昨日の机の形そのままに。

 てるてる坊主の刑執行の、朝の会。

 相田さんは、教室の真ん中で椅子に座り。

 クラスのみんなが、取り囲んでいます。

 相田さんの前に、渡瀬さんが出てきます。

「主文」

「後回し」

「死刑」

「金尾、樫田。殺すぞ。えー。おほん。あれ、何言うんだっけ。ああもう。相田さんの、てるてる坊主の刑を執行します。はい」

 渡瀬さんは、相田さんに。

 てるてる坊主を渡します。

 金尾くんも、樫田くんも。

 みんなが、てるてる坊主を渡します。

 それは。頭の重い、てるてる坊主。

「相田さんは、そのてるてる坊主で月曜日を晴れにすることっ」




 月曜日。

 頭の中の重し。

 マシュマロやチロルチョコ。

 モロッコヨーグルやミニ缶ラムネ。

 一円玉や五円玉、十円玉がなくなった。

 てるてる坊主が、晴れた空を見上げていた。





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