聖女逃走

 僕はただ寝ていただけなんだ。

 

 大都市の片隅の家でお母様とお父様と静かに暮らしていた。


 将来の為の習い事を教えてもらいながら、ただただ楽しい日々を過ごしていたんだよ。


 あの夜まではね。


「予言の魔術師を殺せ! 我等に災いをもたらすであろう魔術師達を皆殺せえぇ!!」


「全てを壊せ! 全てを殺せ! 全てを破壊し蹂躙せよぉ!」


「「「オオオオォ!!」」」


 静かだった夜に突然、アイツ等がやって来たんだ。


 全てを壊しながら。このランサルの都市を壊し始めた。


 僕はお母様とお父様に家の地下へと隠れている様に言われたんだ。


 そして、夜が明けた次の日の朝、そこは僕が知るランサルとは違う。


 絶望の世界が広がっていた。


「何これ? みんな壊れてる……お母様とお父様は? どこ?……なんでこんなに事に?」



「あん? 見ろよ! あんな所に生き残りのガキが居るぜ!」

「ん? マジかよ! やったな! 追いかけ回して」



「黒い化物?……あれはお父様が言ってた……魔人?!」



「待てや! ゴラァ! クソガキ!!」


「どこに逃げても助けてくれる奴なんて、どこにも居ねえぞ。俺達が焼きつくしたまったからなぁ!」


 追われてる追われてる追われてる……僕は今、怖い人達に追われている。


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。


「誰か! 助けて下さい! 怖い魔人達に追われているです! 助けて下さい!」



「ハハハハハハ!! 一生懸命逃げてやがるぜ!」


「クソガキ! そっちに行って良いのかよ? そっちは俺達。バルテュス国軍の駐屯地だぜ?」



「助けて下さい! お願いします。助けて下さい! 誰かいませんか? お母様! お父様! どこに居るんですか! 居たら返事をして下さい!!」


 僕は一心不乱に逃げた。一生懸命になって怖くな居場所を目指したんだ。


「助けて下さ……があぁ?!」


 何か硬い物にぶつかった。岩よりは硬くなかったからもしかして……


「あ、あの! 助けて下さい。今、僕は怖い人達に追われてい……て?」


「ん?……何故、ここに人が居る? 昨晩のうちに全滅させた筈だが。なあ? ウル」


「へあ?……鎧の化物?」


 金と銀の鎧姿の化物が僕を見下ろしていた。怖い怖い怖い怖い。


「ああ、しかしこの子供。我等の軍に最後まで抵抗した。魔術師夫婦にそっくりではないか? 小僧顔を見せろ。俺とラグドが持つ魔術師夫婦の顔と見比べるのでな」


「見比べ……る? あれ? その顔……僕のお母様とお父様……なんでお顔しかないの?」


 顔しかない。僕の大切なお母様とお父様の身体がない? なんで?なんで?なんで?なんで? 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! 会いたい!会いたい!会いたい!


 それなのになんでお母様とお父様の身体無いんだよぉ!!


「……その睨んだ顔。ラグド、コイツはこの魔術師夫婦の子供に間違いな……」


「ウル。どうした? 何故、最後まで喋らな……」



「お、おい! ウル様とラグド様の身体が消えたぞ! あのクソガキ。何しやがった?」

「……分からねえ。ただあのガキ。さっきと雰囲気違くねえか? おい!クソガキ。お前、あの方達に何しやがった?」


 僕はさっきから喋るごみ達の事なんて無視して、地面へと転がったお母様とお父様の生首を拾い上げた。


「お母様。お父様。僕だけ生き残ってごめんなさい。僕だけ無傷でごめんなさい。僕だけが残ってごめんなさい。僕の命を助けてくれてありがとうございます。お母様。お父様」


 僕はお母様とお父様を抱き抱えながらひたすら謝り感謝する。深く深く感謝します。僕を救ってくれてありがとう。


「なんだアイツ? 背中から、なんで光の鎖見てえなのが出て来てんだ?」

「……あのクソガキが動き出す前に殺そう。嫌な予感がす……」

「な?! ゼリクトなんで顔が消えてんだ?」


「許さない許さない許さない……僕はお前達魔人を絶対に許さない……エルキド」


「なんだ? その武器は? クソガキィィ!」


ドスッ!



 蛮族共を狩って狩って狩りつく……それが僕からお母様とお父様を奪ったコイツ等への復讐だ。


「ハハハ!! なんだ? あのデタラメ強さは? 魔人共を、一方的に殺しまくってじゃねえか」


「……笑い事じゃありませんよ。オルストス隊長……早く止めないと。捕虜にする魔人も殺されちゃいます」


「良いんじゃねえか。その方が。浄化前で後方で待機させてる軍の奴等の戦力も温存できるしよう。無駄になるのも兵糧だけで済むじゃねえか」


「そんな……何を他人事みたいに言ってるんですか?」


「あん? 他人事だろう? 俺は所詮は雇われの隊長だからな」


「…………そうですか」


「それにもう手遅れだろう。魔人共……おれらが話し合ってる間に狩り尽くされちまったみたいだぜ。それと来るぜ! 光鎖の坊主が」


「そんな? まさ……か?」


 魔人達を全滅させたら、話しかけようしていた人族。1人は大人にもう1人は子供。


「誰ですか? アナタ達は? 僕の敵? 味方?」



「ハハハ! 敵に決まってんだろう。ルシアンのガキ! お前を捕まえに来たんだぜ」


「は? ちょっと待って下さい。オルストス隊長! 貴方はいったい何を?」



「そうなら始末す……」


 僕はなんの躊躇いもなく大人の方を刺そうと鎖を振り上げた。


「良いのか逃げなくて? テメエの聖痕なんて俺は消し飛ばせるんだぜ。シルレア・トリスメギストス」

「トリスメギストス?……こんな小さい子が? 魔術師なんです……か?……光の鎖が私に絡み付いて。は、離しなさい。ボクちゃん」


 大人の方へと振り上げようとした鎖を、子供の方へと飛ばして捕まえた。


「ボクちゃんじゃない。シルレア……この娘は僕の人質に貰うから。それとこの娘の荷物も」


「ん~? 好きにしなをその為に連れてきたんだかな。聖女候補ちゃんだぜ。大切にして仲良くやりな」


「は? はぁ? 何ですかそれ? オルストス隊長!!」


「あばよ。聖女候補ちゃん……アンタはとりあえず。戦死した事にしておくからよう。花嫁修業しながら頑張ってくれや」



「ちょっと待って下さい! それはどういう事ですか! オルストス!」

「ここから逃げるよ。聖女候補さん」

「ま、待ちなさい! 意味が分かりません。オルストス! これはお父様に報告しますからね。覚えていなさい!!」


 僕は光の鎖を遠くへと伸ばし、光の鎖が掴んだ何かへと向かい始めた。



「おお! すげえな。聖痕の力……いや~! これから楽しみだな。ルシアン、お前の息子の成り上がりがよう! ハハハ!!」










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