第12話 脱獄、ただし深部へ。
状況を整理しよう。
相手は肩から先をゴーレム製の義手にしていて、切り離してリリアちゃんを壁に叩きつけている。
「これでもワタシは、昔腕利きの冒険者だったのよ。いくつものダンジョンを攻略し、跳ね馬なんて呼ばれたこともあったわ」
「跳ね馬」
「アナタいま冷笑しなかった?」
「うお」
煽るんじゃありませんリリアちゃん。
「この腕は、自分の実力を過信した代償」
そう前置きして、お姉さんは過去を振り返り始めた。
「ゴーレムの生息するダンジョンでトラップにかかり、迷い込んだ深部で見つけたのは研究施設。そこでワタシの意識は一度途切れ……目が覚めると体の一部がゴーレムに置き換わっていたわ。この意味が分かるかしら?」
《リリアしってるよ。回想はまけフラグっていうんだよね》
(口にしちゃダメだよ?)
言いたいこと、たぶんそういう話じゃないから。
「ワタシはそれまでよりもずっと強くなったのよ! あーははは!」
高笑いするお姉さんを前に、リリアちゃんは余裕を取り戻しつつあった。
理由は明快。状況の打開策を、僕が見つけつつあったからだ。
「ねえねえ♡ おねーさん♡ あんまりべらべらしゃべってていいのかなぁ♡」
お姉さんの目が、すっと細められる。
「ええ、だってワタシはアナタよりもずっと強いもの」
「リリアしってるよ♡ そーいうの、慢心っていうんだよ♡」
「どうやら、お仕置きが必要のようね……っ!?」
お姉さんが驚愕を顔一面に張り付ける。
「なっ!?」
がしゃん。
突然、リリアちゃんを押さえつけていたゴーレム製の義手が糸切れたように自由落下した。
拘束力が無くなったことにより、リリアちゃんの体が自由を取り戻す。
「は? はぁ? なによこれ、どういうこと!?」
話はそれだけにとどまらず、お姉さん自身、膝をつき、力が入らないようにうずくまっている。
「あはっ♡ またね♡ おねーさん♡」
◇ ◇ ◇
洞窟の中を小走りにリリアちゃんが駆ける。
ライトは必要ない。足音の反響具合と、ここに来るまでの脳内マッピングで位置は正確に把握できている。
《おにーちゃん、いまのどうやったの?》
(んー、詳しく説明しようとすると難しくなるんだけど)
たとえば、電子レンジの近くでWi-FiやBluetoothの調子が悪くなった経験がある人は少なくないと思う。
これは電波の干渉によって起こる不具合だ。
一般に遠隔操作は、操作信号を特定の周波数帯に掛け合わせて発信し、受信側で復元する仕組みになっている。ここで問題なのは波には重ね合わせの原理が働くということ。
これにより、同じ周波数帯で信号をやり取りし合おうとすると、互いの信号が互いを妨害し合い、本来の信号を復元できなくなるというわけだ。
(たとえば、何十人もが一斉に自分の言いたいことを言ったら、誰が何を言ってるかわからなくなるでしょ?)
《おにーちゃんなら聞き分けられるよね!》
(僕は例外として、だよ。で、ゴーレムとお姉さんは魔力を介して意思疎通をしてたんだけど、そこにリリアちゃんの魔力で干渉して、これまで1対1でできてたやり取りを100対1くらいに偽装したってわけ)
周波数帯解析はマンパワーでごり押ししました。キリッ。分解能とか折り返しノイズを考えながら山張ったら、なんかうまく行きました。
お姉さんが自分語りしてくれて助かったよ。
やはり、回想は負けフラグ。
《おにーちゃんすっごーい!》
この笑顔のためならどんな無茶ぶりにも応えられるね。
(まあ、こんな解決方法、リリアちゃんの膨大な魔力量と僕の並列思考あっての荒業だけど――と、そこを右に)
《あいあいさ》
入り組んだ迷路のような洞窟を、迷うことなく目当ての目的地まで最短経路で向かう。目的地とはもちろん――、
「ユフィちゃん、ユフィちゃん」
王女殿下の牢屋である。
しかし、呼びかけても返事がない。
「たすけに来たよ? おーい」
(まだ昏睡中みたいだね)
リリアちゃんが「むぅ」と口をとがらせる。
「あ、あの!」
そういえば、ユーフィリア殿下がぶち込まれるとき、先客がいたのをリリアちゃんに伝え忘れていた。
驚いて「んひゃぁ」と情けない声を零してしまったリリアちゃんになんで教えてくれなかったのと怒られる。うっかりうっかり。
「俺たちも助けてください! お願いします!」
「いいよー」
「足手まといになっちゃうかもだけど、精一杯――えぇ!?」
リリアちゃんが鉄格子に手をかざす。
「ひのせいれいよ、えーと、あれ、あれだよあれ。ドカーン!」
言いたいことはわかったので、【ファイアボール】を発動し、鉄格子を粉砕する。
一度見聞きしたことを絶対に忘れない力と、必要な時に思い出す力は別なのだ。
「えぇっ!? この鉄格子、ただの【ファイアボール】で壊せるんですか!?」
「ふふん、わたしのはとくべつせーだから♡」
「す、すごい! 秘訣はあのへんてこな詠唱ですか!?」
「ひみつ♡」
壊れた鉄格子に乗り込んで、リリアちゃんがユフィちゃんのそばに駆け寄る。
「ほら、ユフィちゃんおきて」
「ん、うぅ……リリアさん、ここは?」
「なんかね? わるい人にゆーかいされちゃったみたい」
「護衛の皆さんは!?」
リリアちゃんは言われて確かに、と思ったみたいだけど、それは僕も不思議に思っていたことだ。
《おにーちゃんわかる?》
(睡眠薬で眠られたのは間違いないんだけど、予兆なく眠らされた仕組みはわからないかな)
《そっかぁ》
リリアちゃんが「ごめんね、わたしも気づいたらつれてこられていて、よくわかんないや」とユーフィリア殿下に打ち明ける。
「とにかく、一度ここを脱出しましょう!」
「うん。わたしもそれがいいとおもう」
入り組んだ洞窟で音は反響し、鉄格子を破壊した爆発音で位置を逆探知するのは難しい。けれど、爆発が起きそうな場所から居場所を推定するのは難しいことじゃない。
この場を立ち去るのは僕も賛成だ。
「ま、待って!」
ユーフィリア殿下よりも先にぶち込まれていた少年が、待ったをかける。
「俺の友達が連れて行かれちゃったんだ! 友達も助けてくれませんか!?」
少年は、いまにも泣き出しそうだった。
《お、おにーちゃん》
(リリアちゃんの安全が第一、だよ)
《うん。でもね? てをのばせば助けられるかもしれないのに、のばさなかったら、きっと後悔するとおもうの》
……優しい子に、育ったよなぁ。リリアちゃんは。
《だからお願いおにーちゃん、たすけてあげよ? ね?》
でもダメだ。
《むぅ! おにーちゃんはひとごとだからそんな冷たいことが言えるんだよ! えい!》
(ちょっ)
ぐるんと、世界が捻転する感覚。
肉体というからに精神が満ちていく全能感。
いまにも泣き出しそうな少年が、外面の向こうの話から、生々しい現実の話に置き換わる。
《おにーちゃんに、その子のともだちをみすてるけつだんができる?》
……。
はぁ。わかったよ、リリアちゃん。
今回は僕の負けだ。
(できる限りサポートするよ。でも、危ないと思ったらリリアちゃんだけでも逃げてもらうからね)
《わーい、おにーちゃんありがとう♡ だーいすき♡》
体の操作権を、再びリリアちゃんに返す。
と、僕とリリアちゃんの間では壮絶な駆け引きが行われていたわけだけど、傍目には一人で葛藤しているようにしか見えないわけで。
「む、無理ですか……? どうしても、無理ですか?」
と、少年は、いよいよ泣き出してしまった。
「おやぁ?」
リリアちゃんが口元に手を当てて意地悪い笑みを浮かべる。
「あきらめはやすぎクッソワロタ♡ このざまじゃお友達も泣きまちゅね♡ そのぶざまな泣き顔でたすけにいくの? う・じ・む・しちゃん♡」
「え?」
メスガキムーブも、こうやって、人を奮い立たせる分には悪くないのかもしれない。
「あはっ♡ 元気になったぁ?」
「う、うん」
「じゃ♡ いこっか♡」
いや、どうだろう、うーん。
やっぱりやめさせないとだよなぁ。
うんちとかでゲラゲラ笑う子どもを、世のお父さんお母さんたちはどうやって矯正しているんだろう。
尊敬しかないや。
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