第10話 歓待、ただし邪教徒。
マインツ男爵領。
セイファート王国山間部に位置するその領地に、やってきたるは王家の紋章の入った馬車。
なにごと、とざわめく領民たちの中で一人、気兼ねなく声をかける少女は誰でしょう?
「あっ、ユフィちゃん!」
「リリアさん! ご無沙汰しております!」
世界のかわいい代表、リリアちゃんです。
領民たちの「明らかに王族のお姫様と対等に話している!?」っていう羨望の眼差しを一身に浴びてるリリアちゃんが誇らしい。
リリアちゃんの威光の前にひれ伏したまえ。
「きてくれてうれしーっ!」
ぴょんぴょんと全身で喜びを表すリリアちゃんの可愛さに、ユーフィリアお嬢様が胸を押さえてもだえ苦しんでいらっしゃる。
「私もお会いできる日を大変楽しみにしておりました。しかし、まずは領主にご挨拶に向かう必要がありますので、また後でたくさんお話ししましょうね」
「じゃあリリアも一緒にいくー! えへへ、そうしたら、あいさつが終わってすぐにお話しできるよね?」
うちの子の可愛さが破壊級。ユーフィリアお嬢様につきましては悶絶していらっしゃるじゃないですか。リリアちゃんのかわいさを理解する姫様はよき君主、間違いない。
◇ ◇ ◇
ということで、マインツ男爵家で一緒に歓待を受けることになりました。
「はわぁ、すっごくいい香りの飲み物ー!」
「この風味、紅茶とミルクを混ぜ合わせるのではなく、牛乳で紅茶を煮出していますね。茶葉は、マインツ山地産でしょうか」
この感想の差よ。
マインツ男爵も、「なぜユーフィリア王女殿下と一緒に領民が?」みたいな顔してるもん。理由はかわいいからだ。覚えておけ。
《おにーちゃん、ミルクと牛乳って違うの?》
(場合によっては同じだけど、ここでいう牛乳は牛から絞った乳のこと。ミルクは植物性油脂と水を乳化剤で白くしたやつのことだよ)
ミルクの方が日持ちがいいし、味が安定する。
そのうえ原価も安いので、ミルクティーと言えば牛乳ではなくミルクを使ってるのが普通。
一方、牛乳は保存が効かないけれど、香りが際立つ。添加物が含まれないのも利点かな。
《つまり、わざわざ牛乳を用意するのは気合が入ってるからってことだね》
(ユーフィリア殿下は第一王女だからねぇ)
訪問に際し、手紙などで先触れは出しているだろうし、男爵なりに頑張ったんだろう。
陶器のカップを静かに戻し、ユーフィリア王女殿下がマインツ男爵に向き直る。
「さて、マインツ男爵。本題なのですが」
「は、はい!」
「手紙にも記した通り、マインツ領の優秀な人材を、王都に引き抜くご相談に参りました」
マインツ男爵が息を呑む。
この時代、領民は貴重な労働力。
人口減は痛手であり避けたいが、相手は遥か目上の王族。
当然断ることもできない。
「は、はい。ちなみに……何名ほどご要望でしょうか」
「1名ですわ」
マインツ男爵がわかりやすく胸をなでおろした。
「では、ライプニッツ準男爵の子息、ヴィルヘルム・ライプニッツなどはいかがでしょう。先日の【魔力測定】の儀でも275と優秀な数値を叩きだしました」
「まあ、それは大変将来有望株ですね」
どうせ引き抜かれるのなら、自分の関係者を送り込んで王家と繋がりを持たせたいってのは誰でも思いつく考えだよね。
厳密にはライプニッツ家とマインツ家に血のつながりは無いけれど、これでヴィルくんが功績をあげて昇爵すればライプニッツ家としては恩義を感じずにはいられないという魂胆と見える。
「ですが、その程度の人材であれば、探せば王都にも十分にいます」
その提案を、ユーフィリア王女殿下がばっさりと切り捨てる。
「そ、それは」
マインツ男爵の表情が強張っていく様子が見ていて楽しい。
「私がお誘いしたいのは彼女、リリア・ペンデュラムさんです」
リリアちゃんがふんすと胸を張る。
「た、確かに、リリア嬢は前代未聞の魔力値
「お待ちください、リリアさんの魔力値が、
「え? ええ。それをお知りになって勧誘にいらっしゃったのではないのですか?」
ユーフィリア様が緋色の髪がふわりと浮き上がるくらい勢いよくリリアちゃんの方を向く。信じられないものを見たと言いたげな目である。
リリアちゃんはぐっと親指を立てた。
あー、ドヤ顔リリアちゃんかわいいー。
「ますます興味深いお方ですわね……」
王女様の目が細められた。
これは獲物を見つけた捕食者の顔ですわ。
絶対に逃がさないって顔に書いてる。
リリアちゃんを正しく評価してくれる人は好き。
「とにかく、私が求める人材はリリア・ペンデュラムさんだけですわ」
「なぜなのです。なぜ、ライプニッツの子息ではいけないのです!」
「ヴィルヘルム・ライプニッツさんは空気から小麦を作れますか?」
「はい?」
マインツ男爵が硬直した。少し遅れて「何かの暗号ですか?」と聞き返し、「そのままの意味です」と返されて呻いている。
そうだよね、空気から小麦ってなんだよって話だよね。
「ふ、不可能です」
「こちらのリリア・ペンデュラムさんはそれができます」
「なっ!? いくら膨大な魔力があったとしても、そんなことできるはずがありません」
目ん玉ひん剝いて、マインツ男爵が声を荒げる。
席から立ち上がり、早口にまくしたてる。
「魔力量は関係ありませんわ。付け加えると、リリアさんの案では、魔力が無くても生産可能ですわ」
「そ、そんなまさか、ありえない……」
がくり、とうなだれるように再度ソファに腰を下ろすマインツ男爵。
「以上が、ヴィルヘルム・ライプニッツさんではなく、リリア・ペンデュラムさんでなければならない理由です。ご理解いただけましたか?」
「……はい」
理解はできたけれど、納得はできていない。
そんな含みのある返事だった。
「では、参りましょうか、リリアさん」
「ん? どこへ?」
「あなたの両親のもとへ、です」
◇ ◇ ◇
ということで、両親ともども、王都で暮らす費用を王家側が負担してくれるから王都に移り住まないか、という話になった。
父は鍛冶職人で仕事場が変わっても職に困らないし、母は家族三人で暮らせるならそうしましょうという感じで王都に移り住むことに。すごい出世街道だぁ。
で、馬車で移動することになったのだけど。
「お父さまとお母さまもご同席いかがですか?」
「い、いえ! そんな畏れ多い……! 我々は別の馬車で追いかけさせていただきます!」
「リリア、くれぐれも失礼の無いようにね?」
「うゅ」
ユーフィリア殿下と一緒にお話ししたいリリアちゃんと両親で、馬車は別のを使い、王都へ。
(鉄道走らせたいなぁ)
《てつどう?》
(馬より早く、馬より長く、馬よりたくさんの人や物を運べる鉄の塊だよー)
《なにそれ! 楽しそう!》
アンモニア生成の利権まわりに一段落つけば、インフラに着手するのもありかな。
「あれ?」
寝ぼけたような声がする。
誰の声? リリアちゃんだ。
「なんだか、すごく眠いや」
普段は眠くなる時間じゃないはずだけど、ユーフィリア殿下と会えてはしゃぎすぎちゃったのかな? かわいい。
「うぅ、リリアさん、私も、ですわ」
ユーフィリア殿下も!?
(ちょ!? なんか御者も眠たそうにしてない!?)
なんだか猛烈に嫌な予感がするんですが!
《おにーちゃん、あとは、まかせた》
(リリアちゃん!? リリアちゃん!? おーい!)
返事がない。完全に寝落ちしてしまったようだ。
「へへっ、いっちょ上がりぃ。楽な仕事だったな」
「無駄口を叩くのはやめなさい」
「へいへい」
幌馬車の布をめくり、複数人が押し入ってくる。
(誰だ!?)
音の反響具合から逆算するに、御者ではないし、ユーフィリア殿下の護衛の人たちでもない。
(ひょっとして、山賊とか!? まずい、リリアちゃん、リリアちゃん! おーい!)
叫んでみるが、リリアちゃんは目を覚ましてくれない。
くっ。こうなったら、反響定位で敵の位置を探りつつ、無詠唱魔法で各個撃破して危難を排除するか。
たぶん、揮発した睡眠薬か何かだろうし、リリアちゃんたちが目覚めるまで防衛し続ければそれで勝ちだ。
(ということで食らえ、【ファイアボール】!)
音の響き方から算出した敵影に向け、火球を無詠唱で発射!
「っ!?」
「ぐぎゃぁぁぁっ!!」
「なんだ!? 伏兵か!?」
うん? 一人だけ、手ごたえが無かったような――
「くふ、いまの火球、ひょっとしてアナタ?」
っ!?
効いてない!?
(というか、苦し……っ、首絞められてる!?)
ありえない、計算が合わない。
声の主は同じ幌の中にいるとはいえ、手で触れられる距離までリリアちゃんに近づけた覚えはない。
翻って、呼吸器系を圧迫するこの感触は、手で首を握りしめられているようにしか感じられない。
(この……っ!)
再度火球のつぶてを発射する。
しかし、無効化された不意の一撃とは違い、警戒されていたゆえかそもそも当たる前に躱されてしまう。
そもそも、幌馬車を燃やさない角度を前提にされてしまっては、弾道予測は難しい話ではないのだ。
馬車の中での戦闘は、こちらに不利だ。
「……睡眠薬が効いてないわけではありませんね。詠唱をしているわけでもない。無意識下の反撃……? 興味深い、興味深いわアナタ!」
ぐぅ、リリアちゃんのすごさを認めてくれるのはありがたいが、こういう危険人物はお呼びじゃないんだよ!
「素晴らしい生贄になりそうな予感……っ、そう、すべてはあのお方のため……!」
さてはこいつら、山賊じゃないな!?
前にユーフィリア殿下が言ってた、邪教徒の方だ!
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