第8話 正体、じつはお姫様。

 反響定位と呼ばれるものがある。

 いわゆるソナーというやつで、コウモリが超音波で周囲の様子を探る能力だと思ってもらえばいい。


 この反響定位は、人間も持ちうる。

 とりわけ、目が見えない人が持つことの多い能力だが、鍛錬次第で獲得できる技能だ。


 さて、僕とリリアちゃんの感覚器官は共有だ。

 リリアちゃんの視力は抜群で、僕も世界をばっちり見えている。

 が、リリアちゃんと違って睡眠いらずの僕は、彼女の睡眠中、視覚情報が完全に遮断される。

 これが何を意味するか分かるだろうか。


 反響定位を会得するのに、十分な時間が僕にはあったということだ。


《おにーちゃん! いまどんなかんじ!? 追ってきてる!?》

(来てる来てる。数は二人)


 全速力でリリアちゃんが走っている。

 背後を振り返る余裕はない。

 だけど、僕なら、背後の情報を見てきたように脳裏に映し出すことができる。

 そして、僕のイメージをリリアちゃんは読み取ることができる。


「あの、リリアさん!」

「としょかんだと魔法がつかえない。そとにでるよ!」

「そ、そうではなく……」


 ユフィちゃんが緋色の髪を振り乱し、目を回している。


 何かを伝えようとしている?

 リリアちゃん、いったんユフィちゃんの話を聞いて――。


「やば――っ」


 図書館を飛び出した。

 扉を開け放ったすぐ目の前に、別の二人組が待ち構えていた。


《新手!? 二人だけじゃなかったの!?》

(ごめん、気付けなかった!)


 待ち構えていた二人組は、仕込み杖を抜き身にした。

 白銀の刀身が、日に照らされてきらめいている。

 刃が閃き、リリアちゃんに襲い掛かる。


「あ、ぶなーい」


 が、リリアちゃん。これをギリギリで回避。


「は、はは♡ 子ども相手にムキになってはっずかー♡ その余裕のなさのひけつをおしえてちょ♡ よわよわおにーさん♡」


 リリアちゃんは強がりの笑みを浮かべてはいるけれど、弱ったなぁ、と思ってるのがひしひしと伝わってくる。

 だからとっさに、背後にかばったユフィちゃんにだけ聞こえるくらいの声量で、


「ユフィちゃん。にげて」


 と伝えた。


「で、ですが!」

「……おやぁ? ユフィちゃんはわたしがまけると思ってるのかなぁ♡ 見る目なーい♡ こんなよわよわおにーさんたちにぃ、まけるわけないじゃん♡」


 一度見た技はリリアちゃんに通じない。

 それは剣技だろうと同じだ。

 いまの太刀筋は覚えた。

 シミュレーションリストにも入れた。

 後はリリアちゃんの反射神経と身体操作能力があれば、見切りも可能。

 ……理論上は、ね。


《おにーちゃん、かてそう?》

(できる限りのことはやってみる)

《そっかぁ》


 この人たち、強い。

 それが僕とリリアちゃんの共通認識。

 ゆえに、これはリリアちゃんの虚勢。

 精一杯のハッタリ、強がり。


 初めてできた友達を守りたいという、極めて純粋な、優しさ。


「だからお願い、ユフィちゃん――にげて」

「いえ、ですから、そうではなくて……!」


 緋色の髪のお嬢様、ユフィちゃんがお手てをぎゅってして叫ぶ。


「この方たちは、私の護衛です!」




「……え?」


 え?


「申し訳ございません。最初から、包み隠さずお話するべきでした」


 緋色の髪をふぁさりとかきあげて、見とれるようなカーテシーを繰り出すユフィちゃん。


「改めて、ご挨拶申し上げましょう。ユーフィリア・フォン・セイファート。セイファート王国の第一王女です」

「は、はわわわわわ」


 ……え?

 王女様? え、王女様?


《どどど、どうしようおにーちゃん》

(おおお落ち着け。とりあえずいったん僕を表に出して!)

《あいあいさ》


 ぐるん、と世界が捻転して、肉体という空に精神が満ち満ちていく。


 魂と肉体がリンクするや否や、僕は平伏した。


「王女様とは露知らず、大変なご無礼をお許しください!」


 リリアちゃんが「なんでお姫様ってきづかないのー!?」って叫んでるけど、土台無理。

 この時代、SNSもなければ新聞も出回ってないんだ。

 知識があっても、即座にがっちゃんこさせるなんて難易度ヘルモードにもほどがある。

 まして図書館で遭遇するなんて誰が予想できるだろうか。


「おやめください! 先にお話ししましたでしょう?」

「お、お話……?」

「私と、友達になってくださる。そうおっしゃってくださいましたよね」


 ……怒って、ない?


(セ、セーフ!)


 リリアちゃんがかわいくて助かった!

 これがむさくるしい成人男性だったら不敬罪だったのは間違いないだろう。

 かわいいってお得。可愛いは正義。


(と、いうことだから、リリアちゃん、戻ろうか)

《うゅ》


 リリアちゃんに体の操作権を返却する。

 ぐるんと世界がねじれて、肉体と精神が切り離される。


「えーっと、じゃあ、あらためてよろしくね、ユフィ……ユーフィリア?」

「ふふ、ぜひユフィとお呼びください」


 二人が握手をしたところで、護衛さんたちが仕込み杖をしまった。


「それにしても、すさまじい変わり身でしたね。まるで人が変わったようでしたわ」

「うーん、まあそんなかんじ」

「え?」


 二重人格を打ち明けることは禁止していないけれど、特殊な例であることは説明してある。

 信じてもらえない、ならまだしも、そもそも理解してもらえないこともあり――両親には打ち明けたけど、ほとんど伝わらず――リリアちゃんは人に言いふらさなくなった。


 リリアちゃんの「説明めんどくさいな」感を感じ取ってくれたのか、ユフィちゃんもそれ以上追及してくることは無かった。

 代わりに、ユフィちゃんの詰問を受けることになったのは護衛さんたちだ。


「あなたたちもあなたたちです。私のご友人に刀を向けるとは何事ですか」

「申し訳ございませんお嬢様、ですが、いまは邪教徒の件もあり、最大級の警戒態勢を取るよう大臣からも厳命されており――」

「こんなに愛らしいリリアちゃんが邪教徒のはずないでしょう!」


 そうだそうだ!

 さすが一国のお姫様。お目が高い。


 それはそれとして――。


(邪教徒ってなんだろ)

《聞いてみよっか?》

(よろしくー)


 リリアちゃんは興味ないみたいだけど、僕は気になる。


「ねね、ユフィちゃん。邪教徒って?」


 ユフィちゃんは一瞬不思議そうにして、それから合点が言ったようにうなずいた。

 察するに、ユフィちゃんを王女と見抜けなかったことと、邪教徒に関する無知から、僕たちが田舎者だと感づいたかな。


「王都では子どもの誘拐事件がここ最近頻発しているんです。騎士団も警戒態勢を取って対応しているのですが、検挙した事件の実行犯たちは、こぞってとある紋章を彫っていました」


 このような模様です、とお姫様の護衛さんがサンプルを見せてくれる。

 上下左右に頂点があるひし形に、涙目を描いたような刻印だ。


「いわく、あのお方に捧げる生贄、と主張しているようです」

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