第4話 教師、ただし反面(だったのになぁ)。

 5歳になった。

 今日は待ちに待った【魔力測定】の日だ。


《おにーちゃん、魔力測定って何するの?》


 説明しよう。

 魔力測定とは、魔力を測定することである。

 では意味が通じないので、真面目に。


(王都から教会の人が来て、魔力を測定してくれる日だよ)


 田舎出身の僕たちのところには年1回来てくれる。


(もともとの目的は、王都の学園に招待する子どもの選別らしいよ)


 王都の学園の卒業生という肩書は、就職先に困らなくなるくらいに大きい。この世界の教育機関は貴族向けで、広く教育を普及させようという発想がないからだ。

 その貴族向けの学校に、家系図をどこまで辿っても平々凡々な一般市民が入学する方法がある。学園の要求水準以上の魔力を保有している場合だ。


(魔力量が多いと学園から強化育成枠で入学案内が届くんだって)


 測定は本来、入学前の6、7歳を対象にしていたんだけど、早いうちに子どもの育成方針を知りたいという要望が多かったので5歳まで引き下げられた。

 それ未満は落ち着きがなく、進行の妨げになりかねないため一律で受け付けないことになっている。


《わたしのところにも案内くるかな?》

(そりゃあ、魔核が成長しなくなるまで育て続けたテンプレ転生チートだからね)


 そうそう。僕の予想は的中した。

 2歳になるころには魔力量の伸びが目に見えて悪くなり、3歳になるころにはまったく成長しなくなった。

 やはり、未熟な赤子時代のみ可能な育成チートだったわけである。


 生まれたばかりの魔力量がどれくらいだったかはもう覚えてない。

 だけど、今日、他の人と比べれば努力の成果が目に見える形でわかるはず。

 だから今日はわくわくしている。


(あと、そうだ。リリアちゃん、約束は覚えてる?)


 今日は【魔力測定】、年に一度の催しだ。

 5歳から7歳の子どもが参加する催しだけど、都合が合わない場合を除き、基本的には同い年の子どもが集まる日だ。


 僕は彼女に、できるだけたくさんの友達に囲まれて育ってほしいと思っている。

 だから、約束をしたのだ。


《ともだちづくりは第一印象がだいじ! あいさつだいじに!》

(そう! よくできました!)

《えへへー》


 あー、うちの子かわいい……!

 こんなかわいい子にあいさつされたらみんな仲良しラブアンドピースが実現しちゃうね。

 うちの子がかわいくてごめん!


  ◇  ◇  ◇


 お母さまと一緒に、リリアちゃんは広場へ向かった。

 魔力測定のために教会から派遣されてきた人たちはまだ来ていない。

 しかし、広場にはすでに、同年代の子どもとその親たちが集まっていた。


《みててね、おにーちゃん! わたしがともだちつくるところ!》

(おー、がんばれリリアちゃん!)


 とてとて、とかわいらしいステップでリリアちゃんが、広場の隅で誰とも群れずにいるぼっちくんのもとへと駆け寄った。


「はじめまして! わたし、リリア! よろ――」

「けっ、平民が。気安く話しかけるんじゃない」

「え」


 ふん、と鼻を鳴らすぼっちくん。


「わからねえのか? てめぇら凡人と馴れ合う気はないって言ってるんだ。どうせ、父上にすり寄りたいだけの有象無象だろ。俺の貴重な時間をお前ごときに割くにはもったいないって言ってるんだ」


 視線は既に別の方向を向いていて、目を合わせようともしない。


《おにーちゃん、わたし、この子きらい。なかよくしないとだめ?》


 クソ野郎が。

 リリアちゃんに話しかけてもらえたんだぞ?

 もっと恭しく頭を垂れろよ、クソガキが。


 せっかく「みんななかよし大作戦」に前向きだったリリアちゃんの意欲を削ぐんじゃねえよ。


(よしよし、よく頑張ったねリリアちゃん。あとはお兄ちゃんに任せて、休んでて)

《うゅ》


 リリアちゃんが肉体の操作権限を僕に譲る。

 指先一本一本に、神経が繋がっていく感覚。


 とりあえず、このクソガキに謝らせる。

 それは決めた。

 けど、理屈で話が出来なさそうなクソガキに、どうやって非を認めさせるべきか。

 うーん。……アレで行くか。


「わたし、リリア」

「聞いてなかったのか? 平民ごときが――」

「おやぁ?」


 わざとらしく、口元に手を当てて意地悪い笑みを浮かべる。

 目は小悪魔のような視線で、姿勢は低め、相手を小ばかにするように。


「あいさつのしかたもしらないの? ままんにおしえてもらえなかった? かっわいそ~♡」

「は、はぁ!? きちんと教わってるし!」


 ぼっちくんが耳まで顔を真っ赤にして食い気味に否定する。

 うむ。やはりメスガキ。

 メスガキを前に平静を保っていられる雄はいない。

 不意打ちで切れるこれほど強力な札は無い。


「なのにできないんだ♡ よわよわ学習力♡ はずかしくないの~♡」

「る、るせぇ! 俺を誰だと思っている。準男爵、カールマン・ライプニッツが子息、ヴィルヘルム・ライプニッツだぞ!」


 ライプニッツ……。

 僕たちが生まれる少し前に武勲をたたえられて叙爵した凄腕の冒険者だったかな。


「しらないの~? ライプニッツ準男爵は、いちだいかぎり♡ ヴィルくんにぃ、けいしょーけんはないんだよ♡」

「~~っ!」

「あれれ~? おとーさまは武勲をたたえられて貴族になったスゴウデ冒険者なのに、むすこのヴィルくんはイキり市民♡ なっさけな~い♡」

「あーもう! なんなんだよお前! どっか行けよ!」


 典型的な、異性が気になる年頃の童貞みたいなリアクションを取ってくれるぼっちくん、改めヴィルくん。

 メスガキ需要が満たされますなぁ。


「あはっ♡ ヴィルくんはぁ♡ あいさつを返さなかったことも謝れないんだぁ♡」

「ばっ! 誰がてめーなんかに!」

「ぱぱんと違って凡人だもん♡ れいぎを知らないのは仕方ないでちゅね♡」

「誰が礼儀知らずだ!」

「じゃあ言おっか♡ ほら『ごめんなさい』って言っちゃえ♡ 言っちゃえ♡ 謝罪宣言ぶちまけろっ♡」

「~~っ! ご・め・ん・な・さ・い! これで満足か? もう二度と話しかけるな!」


 顔を真っ赤にしたヴィルくんが、どかどかと大股で立ち去って行った。


 ふっ、喧嘩を売る相手を間違えたな。

 子どもにごめんなさいを言わせるなんて造作も無いことなのさ。


《おにーちゃんすっごーい!》

(ふふん、そうだろ、そうだろ)

《わたしも、おにーちゃんみたいにやってみる!》

(……え?)


 ぐるん、と世界が捻転して、体の操作権を奪われる。


 うおぉぉい!? リリアちゃん!?

 早まった真似はダメだ……!

 いまのは悪い対応方法だから……!

 やめろ、そんなことしちゃいけない!

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