第48話「ユニゾン?」

 ポルターは今日もチラ見の人生を送る。

 シャルキーとトレランスに背中を押され、ようやっとデートに誘ったまでは良いものの、「デートって何?」というノイレンのまさかの一言にノックアウトされたポルターはそれ以来デートに誘えずに悶々とした日々を過ごしている。

『はあ、ノイレン今日も可愛いなあ。デートしたいなあ。』

 予想外のカウンターを食らった日からいつものビール樽が重くて仕方ない。チラ見するしないの前にとても足取りが重くなってさくさく運べない。

 ノイレンはレッスンの最中にポルターのほうへ顔を向ける時はにこっと微笑むようになった。それまで常連たちからチップをもらったことはあっても花束というあからさまなプレゼントをもらったのは初めてだからノイレンの中でポルターの立ち位置が一段上がっている。

『ノイレンは僕のことどう思っているんだろう・・・』

 ポルターはそんなことを考えながらポケーっとノイレンを横目に見る。彼女の中で一段上がってはいるけれど、それはあくまでも知り合いとしての親密度が増しただけであってそれ以上の感情はまだノイレンにはない。そしてデートがなんなのか結局聞けずじまいで未だにその実態を知らない。ポルターが自分に特別な感情を抱いているなんて知る由もなかった。

「ポールター、さっさと運んじまいな。いつまでかかってんだい。」

 シャルキーはあれ以来背中を押してくれない。ノイレンの無知ぶりに下手に外野が騒ぐとよくない方向へ事態が転がりそうでしばらくは様子見だねと決め込んでいる。

『その方面に関してノイレンはまるっきり”にぶちん”だからまずはお前が奮闘するんだな。』とポルターはトレランスに肩を叩かれた。自分も相当なにぶちんのくせしてよく言ったものである。

 せっかくの援軍も突風のように過ぎ去り再び孤軍奮闘せねばならなくなったポルターだった。

「がんばってね!ポルター。」

 練習の手を緩めずにノイレンは励ましの言葉を贈る。

「ありがとう!!僕頑張る!」

 ノイレンの一言で足が軽くなった。単純なのがせめてもの救いか。

「ようしノイレン、あたしとユニゾンしよう。いいかいあたしの動きをよく見てぴったり息を合わせるんだよ。今夜はこれを披露しようじゃないか。」

 ラクスの誕生日イベントで前座を務めて以来ノイレンも毎日一回だけステージに立たせてもらえるようになった。人前で踊る場数を踏むことが今の課題だ。

「ユニゾン?」

「2人で同じ動きをするってことだよ。あたしとノイレンの息を合わせることで2人の動きを合わせるのさ。ぴったり合うとねとても楽しいよ。1人で踊るときよりわくわくと心が弾んでくるんだ。」

 シャルキーはノイレンに自覚させることなく他人に寄り添うことを学ばせようと前からユニゾンすることを企んでいた。人前で踊ることに慣れてより上達してきた今ならそれができると判断したのだ。ダンスの先生としては生徒の成長が嬉しい。

「面白そう。」

「それじゃ始めるよ。いいかいまずは基本のシミーからだ。」

 シャルキーはノイレンの前に立つと手を広げてポーズをとった。ノイレンもそれに合わせて同じポーズをとる。

「まずはゆっくりやるから流れを覚えて。覚えたらいつものペースにするよ。いいね。」

「はいっ。」

 ノイレンは後れを取るまじとシャルキーの動きに集中する。体だけでなく手足の指先まで注視して全く同じ動きになるよう彼女の動きをトレースする。

「へぇ、おんなじ動きだ。面白いなあ。」

 樽を運びながらポルターが2人の動きに見とれる。一歩遅れてシャルキーの動きを真似るノイレンを見ているとまるで魔法でも見ているようで面白い。

「ポールター、足を動かしな!」

 シャルキーが踊りながらポルターを睨む。

「はいぃ、すみませんっ。」

 ポルターは背筋をピンと伸ばして逃げるように運んでいく。

「ポルターったら。」

 ノイレンがくすっと笑った。


 シャルキーとノイレンがユニゾンの練習をしているところにチーフが申し訳なさそうな顔をしてやってきた。

「どうしたんだい?」

 シャルキーは練習を中断して話を聞いた。何事もそつ無くこなすチーフがそんな顔をしているから不安になった。

「調理係のコウクレイが風邪で休むと今使いの者が来まして、」

「風邪なら仕方ないじゃないか。あんたが謝るようなことじゃないよ。」

「実は、調味料を今日彼に出勤する途中で取ってきてもらうことになってたんです。」

「今日なんとかする分くらい残ってないのかい。」

「あるにはあるんですが、どうにも心細くてできれば開店前に在庫したいんです。あれがないとこの店うちの味が出せないですから。なのでこれから私が取りに行ってきますんで仕込みが少し遅れます。申し訳ありません。」

 チーフはまるで自分の不手際であるかのように頭を下げる。実に誠実な人だ。

「しかたないね、そういうこともあるさ。気に病むんじゃないよ、あんたの責任じゃない。」

「そう言ってもらえると助かります。今から行ってきますんで。」

 そう言ってチーフが出かけようとしたのをシャルキーが引き止めた。

「ちょっとお待ち。ポルター、あんたこのあと時間あるよね。」

 そして最後の樽を運んでるポルターに声をかけた。

「ええ、これ運んだら店に戻るだけなので、なにか?」

 ポルターは馬鹿正直に答えた。彼のその顔を見たシャルキーの切れ長の目が光る。

「悪いけど帰りにちょいと寄り道しておくれよ。ノイレンをお供につけるから。」

 ポルターは大きく目を見開き頬を紅潮させて即答する。

「はいっ、喜んで!!」

 シャルキーはその切れ長の目を細めて含み笑いを浮かべるとチーフを見た。チーフもそれで彼女の意図を察してニコリと微笑んで軽く頷いた。


「えーっ、わたしが取りに行くの?練習はどうすんの?」

 1人置いてけぼりで勝手に話をまとめられたノイレンは頬をぷうとリスのように膨らませてぶうたれる。

「うちの味が出せなくなったらユニゾンどころじゃないからね、頼んだよ。」

 シャルキーはイタズラっぽく笑ってノイレンを見た。

「せっかく面白いことやり始めたとこだったのに。」


 かくしてノイレンとポルターは馬車の御者台に並んで座っている。

「コウクレイのやつ、元気になったら埋め合わせさせてやる。」

 ユニゾンの面白さにのめり始めたところで中断させられたノイレンはポルターの前だというのに頬をぷうとリスのように膨らませている。

「まあまあ、風邪じゃ仕方ないよね、ノイレンもお気の毒様。」

 ノイレンをなだめつつもポルターは内心嬉しくてたまらない。

『ノイレンとくっつきそうだ。たああ、興奮してくる~。可愛い、やばい。』

「大丈夫?なんか顔赤いよ、ポルターも風邪ひいた?」

「えっ、いあ、だいじょぶ、だいじょぶ!僕バカだから風邪ひかない。」

 下心を悟られないよう慌てふためいたポルターは身もふたもないことを口走る。

「あはは、それなら平気だね。わたしもバカだから風邪ひいたことない。」

 ノイレンはあっけらかんと受け流した。

 ポルターは左手で自分の胸を押さえた。心臓がバクバクしている。

「あ、あの、ノイレン、」

「何?」

 ノイレンは涼しい顔でポルターを見る。

「デ、デート、したい、な。君と。」

 ポルターはやっとの思いでそれだけ言えた。

「そうだ!それ訊きたかったの。デートって何?師匠もシャルキーも誰も教えてくれないんだもん。」

 ポルターはノイレンのほうを見ることができず前を向いたまま説明しだした。彼の視界に馬の動きに合わせて揺れる手綱が映る。

「デートってのはさ、男女が、一緒にさ、お出かけとか、ご飯食べたりするんだよ。」

 そして横目でちらちらとノイレンの反応を窺った。

「お出かけってどこ行くの?」

「あちこち。例えば、このあたりなら、そうだな、街はずれの池とか、あと劇を観に、とか。」

「それ1人でもできるじゃん。わざわざ一緒に行く意味あんの?」

 ノイレンは純粋に素朴な疑問として訊いた。ポルターは勢いよくノイレンのほうを向いて声高に答えた。

「あるよ!・・・す、好きな人と一緒ってのが大事なんだよ。」

 ポルターがいきなり大きな声を隣で出すものだからノイレンは面食らいながらも、師匠やシャルキー、カバレの常連たちを思い浮かべた。みんなと街はずれの池へ出かけることを想像してみた。

『なんだ、お店にいるのと変わらないじゃん。場所が違うだけか。』

「ノイレンはさ、どこか、行きたい場所ある?」

 ポルターはまたノイレンから目をそらして訊いた。

「ない。」

 身もふたもない返答にポルターは沈黙するしかなかった。握っている手綱を親指でさすって沈黙に耐える。馬車を引く馬のひづめの音だけが妙に耳に響く。

「じゃあさ、一緒においしいものでも、食べに行かない?」

 ポルターは決死の思いで話題を振った。

「ごめんポルター。ダンスの衣装とか買ったから今お金ないんだ。」

 これも即答で断られる。

「僕がおごるよ!心配しないで。」

「それはダメだよ。ポルターにおごってもらう理由ないし。」

 またも即答。ノイレンはポルターに向いてはっきり述べる。

「ぼ、僕がおごりたいんだ、それじゃダメ?」

 ポルターは肩をすくめるようにして横目でちらっとノイレンを見ながら尋ねる。ノイレンはその彼をまっすぐに見据えながら答える。

「ダメ。わたしが納得できない。」

 ポルターは悲しくなった。悲しくなってべそをかきそうな情けない顔で言葉に詰まりながら言い返す。

「そんな、そんな堅苦しく考えなくても、い、いいじゃないか。」

 ノイレンは前に向き直り、馬車の行く手を見つめる。

「わたし他人ひとに借りを作るの嫌い。」

 凛と意志の強いノイレンのその横顔にポルターはしゅんと落ち込んでうつむいてしまった。もう何も言い返せずにうなだれて手綱を握っている。彼の目に映るのは左右に揺れる馬のしっぽ。だがそれにはさすがにノイレンも気の毒と感じたのかこんな提案をした。

「じゃあ、師匠んにおいでよ。野菜ゴロゴロ肉スープにパンとチーズしかないけど。1人増えるくらい大丈夫だから、一緒に食べよう。スープはわたしが作るからさ。」


 かくして翌日のお昼時。

「こ、こんにちは。」

 めかしこんだポルターが小さい花束を持ってトレランスの家に現れた。

「いらっしゃい。スープも温まったところだよ。」

 カクカクした動きで玄関をくぐる。目の前がダイニングキッチンだ。テーブルにはトレランスとその隣にアニンが座っている。

「さ、座って。」

 ノイレンが席を勧める。椅子に腰かける前にポルターは目の前にいる2人に挨拶した。

「こ、こんにちは、トレランスさん。それと・・・奥様?」

「いやん、奥様ですって。先生わたくしどうしましょう。」

 アニンが頬を赤らめてくねくねしながら照れる。隣でトレランスは引きつっている。ポルターは腑に落ちない顔でノイレンを見た。

「気にしないで勘違いしてるだけのおばさんだから。」

「小母さん?」

 これにはアニンがむくれ顔になる。

「ちょっと他所よそ様におばさんって言わないでちょうだい、小娘。」

「誰が小娘だよ、おばさん。」

「ま、なんて口の利き方かしら。お客様がいらっしゃるというのに。いつも教えている通りになさい。」

 アニンはノイレンといつもの応酬を始める。2人にとってはなんの変哲もないことだがポルターは少々居心地の悪さを感じる。

「やなこった。あんな言葉遣いしてると体がむずむずしてくんだよ。」

「それはあなたがまだレディになり切れてないからですわ。そこにお座りなさい、今からお客様に向けた言葉遣いを教えて差し上げますわ。」

「やだね、スープが冷めちゃうだろ。」

 1人トレランスは目を閉じ、じっと嵐が過ぎ去るのを待っているようだった。


「ご、ごちそうさまでした。」

 食事を終えたポルターは早々においとまする。なにせ些細なことでノイレンとアニンはポルターお客様そっちのけですぐに口喧嘩を始めるし、彼の向かいに座っているトレランスはなぜかずっと睨んでくるしで、期せずしてありつけたノイレンの手料理なのに味がわからなくなるし、彼が妄想していたノイレンと二人きりの甘い食事の時間はこれっぽちもないしで「来なければよかった」とさえ思い始めた。

「口に合わなかった?ごめんね、大したもの作れなくて。」

 ノイレンは料理が彼の口に合わず沈みこんでいると思った。

「ううん、そんなことない。美味しかったよ。またノイレンの手料理食べたいな。」『できれば二人きりで』

 肝心なところだけ小声になって彼女に届いていない。

「それじゃまたカバレあとで。」

「うん、あとでね。」

 ポルターはそれだけ言うと帰っていった。


 午後3時頃ノイレンはカバレでシャルキーとユニゾンの練習をしているとそこにポルターが配達にやってきた。

「こんにちは。お昼はごめんね!」

 練習を続けながらノイレンはポルターに声をかける。

「ううん、ありがとう。スープ美味しかったよ。」

 ポルターはにこっと笑い返した。ノイレンの前で見本を見せながら踊るシャルキーは2人のやり取りを見てその切れ長の目を細めた。

「うまくいっているようじゃないか。」

 シャルキーは振り向きもせずにノイレンに声をかけた。

「何が?」

 ノイレンはなんのことかわからずに聞き返す。

「あはは、野暮を言わせるんじゃないよ。それよりしっかりあたしの動きに合わせるんだよ。あたしの呼吸を意識しな。」

「はいっ。」

 ノイレンはシャルキーの背中を見つめ、彼女の息遣いに集中する。彼女の動きにほんの少しでも遅れまいと緊張感に包まれながらシャルキーの心を見透かすように視線をまっすぐに向けている。


 その日の夜シャルキーズカバレはこれまた大賑わいになった。ノイレンとシャルキーのユニゾンが披露されたのだ。それまでカバレではラクスをはじめ、シャルキーもノイレンも1人で踊っていた。だからカバレに集う客たちは初めてそれを観た。

 最初の踊り出しのところから2人が同じ動きをする。それだけで客たちは目を奪われた。2人はいろいろな技を使ってダンスを披露する。2人が手を広げるのも、足を前に出すのも同時。体の軸をぶらさずにヒップスライド、まるで2人の腰がロープでつながっているかのように同じ動きをする。スネイクアームズでは蛇のようにうごめく両腕の波打つ動作が連なって大きなうねりにも見える。そして腰を打つのも同時。まるで鏡を見ているみたいに同じ動きをする2人に大興奮。

 練習ではノイレンの前にいたシャルキーが本番では隣に並んでいる。2人は互いの姿が見えないのに動きがぴったりと合っている。ノイレンは横にいるシャルキーの気配を感じとり練習の時のように彼女の息遣いに集中する。シャルキーの心に自分の心を重ねてタイミングを見計らう。

「こりゃ魔法か?」

「まるで1人の人形師が2体同時に操っているみたいだ。」

 客たちはまるで夢でも見ているように感じた。鏡なら動きが同じでも納得できるが、シャルキーとノイレン、見た目が全く違う。どう見ても鏡じゃないことだけは分かる。それなのにまるで合わせ鏡のように同じ動きをするのだ。客たちは脳がバグった。

「すげー、なんだこのダンス。」

「冥途の土産話ができた。」

「もう一回ってくれ!」

 演奏係の終演と同じくして2人はダンスを終える。ぴったり横に並んで一緒にお辞儀して締めくくる。割れんばかりの歓声と拍手。

 ノイレンが満面の笑顔でシャルキーに寄り添う。

「ユニゾン楽しいね。」

「そうだろう。これからもやろう。」

「うん!」

 シャルキーはその切れ長の目を細めてノイレンを見たあと店を埋め尽くす客たちに笑顔を向けた。

「楽しんでくれて嬉しいよ。ありがとう。」



次回予告

シャルキーとユニゾンダンスを披露したノイレン。誰かと協力して1つのことを成し遂げることの楽しみや嬉しさをかみしめた彼女は充実した日々を送る。そのなかでポルターとも次第に心を通わせるようになった。そんなある日ノイレンの前に”悪ガキノイレン”を知る者が現れた。かつて受けた屈辱を晴らすべくノイレンを脅してきた。ノイレンはそれに屈することなく一人で解決しようとするがその異変に気付いたカバレに集う人々がノイレンを心配して声をかける。

君は彼女の生き様を見届けられるか。

次回第四十九話「あなたは独りではありませんよ。」

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