第2話 狐狗狸
午後の教室では、平穏で退屈な授業が行われていた。
机に置かれたノートに安倍 無明は、黒板に書かれた内容を真面目に写していた。
《 ――何故、我を殺す―― 》
《 ――我は、おまえのことを―― 》
また頭痛と共に、知らない男の声が流れてきた。
「…………」
意識がまるで乗っ取られたかのように虚ろになっていき――。
「……行かないと……」
「無名、どこに行くのよ?」
車椅子を動かして放課後の教室を出た。
後ろから幼馴染の伊佐美が疑問に感じながらもついていく。
引き寄せられるように身体がその場所に向かっていった。
◆
「……ここに……いる……」
校舎から出て、裏山の林に到着した。
そこには―――
「――ッ!」
『巨大で、醜悪な蜘蛛』が存在していた。
人間を遥かに超える巨躯。
邪そのものを体現したような存在が、そこには顕現していた。
「……ばッ、化け物……!」
《 ――妖怪【病蜘蛛】だ……殺せ―― 》
「――ッ!」
頭の中に痛みと共に声が流れ、
「――伊佐美、逃げろ――!」
車椅子のハンドルをつかむ友人に振り向いた。
「え? なんでよ?」
この状況で平然としていた。
(……見えて……いない……?)
ブ ス リ ッ。
はあ……?
伊佐美のお腹が、巨大な蜘蛛の爪先によって貫抜かれた。
非日常の光景に 無名は錯乱する。
「 うわあああああああああああッ! 」
刺されたお腹を触り伊佐美は、べっとりとした真っ赤な血に呆然とする。
「な、なによ……? こ、これ…… ? ご ほ っ !」
吐血した血が無名の顔にかかり、全身の熱が奪われていく。
ゆっくりと持ち上げられ伊佐美は、視認できなかった醜悪な蜘蛛の姿を視る。
「ば、化け物……? む、無明……逃げ……て……」
息絶える寸前で手を伸ばすが投げ飛ばされ、地面にゴロゴロと転がった。
動かなくなった友人を眼にし、全身の血が沸騰する。
―――あ ああ ああああああああああああああああああああああ――――!
殺す……。
ブッ殺す……!
粉々にしてブチ殺してやる……!
無名の内側から怒りと憎悪が湧いて出てきた。
「―――ッ!」
全身にヒビが入ったような痛みが貫いた。
安倍 無明に施されている、霊力の封印に亀裂が入ったのだ。
車椅子を動かすと、病蜘蛛はビクッと震え、向けられた殺気に後ずさった。そして友人を突き刺した爪先で、敵対者を殺傷しようと動く。
ボ キ ン ッ !
刺し伸ばした爪先が折れ曲がり――。
美しい『笛の音』が流れてきた。
ゴキッ! ボキッ! ゴキッ! ボキッ!
笛の音と共に、病蜘蛛の全身 あらゆる箇所が折れ曲がっていく。
団子のように変形した病蜘蛛の前に、1人の少女が降り立った。
長い黒髪に、ジャージと着物を合わせた物珍しい格好で、腰に着けた『鞘』から刀を引き抜き―――
一閃―――――
病蜘蛛は真横に両断された。
黒髪をなびかせる少女の後ろ姿に、無名は自然と声をこぼす。
「狐狗狸……」
「――っ!」
自身の名を呼ばれ、黒髪の少女が振り返る。
美しく、この世のすべてを魅了する
「……おまえは……。おまえの名は……?」
尋ねられ、口にする。
「……安倍 無明……」
瞳を見開き狐狗狸は、かつての主君――『安倍 晴明』と姿を重ねる。
「――姉様、どうやらハズレだったようですね」
声を掛けた少年が近づいてくる。
黒髪の少女と似た雰囲気の少年だった。
平安の古風な着物を着て、手には細長い笛が握られていた。
恐らく先ほどの美しい笛の音は、この少年による演奏だろう。
「大きな霊力を感じて来てみれば……ただの野良陰陽師とは……」
少年はがっかりと息を落とし、車椅子の無明を睨む。
息絶える友人を抱きかかえ。
「……伊佐美……ううぅっ」
泣き崩れる無明を前にして、狐狗狸は激しく心を痛める。
「……『血狐』、この娘を生き返らせてやれ。まだ魂がある……」
「…………。はい。わかりました、姉様」
血狐と呼ばれた弟は、手に持つ細笛を唇に当てた。
――『神笛 輪廻命々』――
〜〜寂しい笛の音と共に、抱きかかえる伊佐美のお腹の傷がふさがり、血の気が戻っていく。
「い、伊佐美! よかったぁ……」
息を吹き返した友人の身体をぎゅっと抱きしめた。
「いくぞ、血狐」
踵を返して去っていく姉弟に手を伸ばす。
「ま、待ってくれ、あんたたちはいったい……? それに、あの化け物はなんなんだ……?」
「『未来』――」
「はい、狐狗狸様」
脚を止めて、
「た、狸が、喋った……!」
「し、失礼な、狸とは……!」
大きな胸元からジャンプして無名の頭にガブリと噛みついた。
「こう見えてあたしは、れっきとした陰陽師見習いですぅ! 呪いで、狸の姿に変えられただけですぅ! 由緒正しき、御雷家の次女なんですぅ!」 そして小さくぼそりと――「……まあ、落ちこぼれですけど……」
噛みつく子狸を、後ろから狐狗狸が掴んだ。
「未来。こいつに聞かれたことをすべて教えてやれ」
「ええええっ!」
「その男なら見つけられるかもしれないぞ、『冥界門』を」
「で、でも……さすがにすべては……」
「機密レベル4までだ。それで十分だろう」
「は、はい、わかりました……」
子狸を降ろし、そっくりの弟と向き合った。
「行くぞ……血狐」
「はい、姉様……」
「――私は『奴』を探す。 血狐。おまえは近隣の住人を神笛で、できるだけ遠くに避難させろ。 最悪――、この東京すべてを吹き飛ばさないといけないからな……」
「――なッ!」
驚愕する無明に、黒髪の少女は腰に付けた刀を差し出した。
「――これを持っていけ」
年代物の鞘に納められた刀を受け取った。
「大事に使えよ。――いや、元々おまえの物だ、好きに使え」
「?」
「ではな、晴……いや、安倍 無明……」
姉弟は去っていき、子狸とともに残された。
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