ワタスキ見てスキーにハマった!

鷹山トシキ

第1話 ​🎿 ゲレンデに恋をして:つくば、雪への序章

 夜中の三時。つくば研究学園都市の静寂を破るのは、青年の部屋から漏れる、微かなビデオの再生音だけだった。

​ 彼の名は、高野 隼人たかのはやと。大学院で情報科学を専攻する24歳。モニターに映し出されているのは、古びた名作映画――『私をスキーに連れてって』のクライマックスだった。

​「ひゅー、ひゅー、ひゅー!」

​ 三上博史さん演じる主人公・矢野 文男が、夜の雪山を滑り降りていく。疾走感。鮮やかな原色のウェア。そして、「サロット」のセリフと、雪の奇跡が起こしたロマンス。

​ 隼人はリモコンを握りしめ、画面に向かって熱くつぶやいた。

​「これだ。俺が今すべきことは、論文作成じゃない。矢野のように、雪だ!」

 数日後、スポーツショップのゼビオにやって来た。

「お客様、スキーウェアをお探しですか?」

​ 声をかけてきたのは、スキー板のワックスのような香りがする、ベテラン風の店員だった。

​「あ、はい。実は…『私をスキーに連れてって』を見て、急にスキー熱が上がっちゃいまして…」

​ 隼人がそう打ち明けると、店員はニヤリと笑った。

​「なるほど。我々の世代にはバイブルですからね。矢野さんのあの格好は、今見ても痺れます。ただ、今の雪山はサロットより、もっと快適ですよ」

​ 店員は迷う隼人を横目に、流れるような手つきでウェアとブーツ、そして板の組み合わせを提案し始めた。

​「隼人さん、初めてならカービングスキーのオールラウンドタイプが良い。そして、ブーツは安全性が最優先。これで、日本のどんなゲレンデにも対応できます」

​ そして、最後に店員は、隼人に一つの小物を差し出した。

​「ただし、これだけは映画へのリスペクトで。夜のゲレンデで彼女を探す時、必須ですよ」

 ​それは、黄色いレンズの球面ゴーグルだった。

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