第11話

王都の空は、鉛色に澱んでいた。


「おい、パン一つで銀貨三枚だと!? ふざけるな!」 「嫌なら買うな。こっちだって仕入れがないんだ」 「『リペア製品』は入荷しないのか? あの安いポーションがないと、息子の病気が……」 「大声で言うな! 衛兵に捕まるぞ!」


大通りでは、市民たちの怒号と溜息が満ちていた。 王国政府と教会による「リペア王国への経済封鎖」。 それは、リペア王国の製品に依存し始めていた王都の経済に、大打撃を与えていた。 高品質で安価な商品が途絶え、代わりに粗悪で高価なギルド製品が戻ってきたのだ。生活水準の急激な低下に、人々の不満は爆発寸前だった。


王城の地下牢。 そこには、手枷をかけられた商人ベルンの姿があった。


「……愚かな男だ」


鉄格子の向こうで、大臣ゲオルグが冷ややかな笑みを浮かべていた。


「黙って従っていれば、私の飼い犬として優遇してやったものを。あの『ゴミ捨て場』の肩を持つからこうなる」 「へっ……。あんたこそ、まだわかってないようだな」


ベルンは殴られた頬の痛みに顔を歪めつつも、商人の意地で睨み返した。


「アルト様を敵に回したこと……後悔することになりますよ。あの方は、あんたが想像するような常識の枠には収まらない」 「ハッ! 負け惜しみを。奴は袋の鼠だ。物流を止められ、教会に『異端』と認定された。今頃、飢えと恐怖で震えているだろうよ」


ゲオルグは高笑いをして踵を返した。


「明日、広場でお前の処刑を行う。見せしめだ。……楽しみに待っていろ」


足音が遠ざかる。 ベルンは冷たい石床に座り込み、天井を見上げた。 (頼みますよ、アルト様……。このままじゃ、商売あがったりだ)


◇ ◇ ◇


一方その頃。リペア王国。


「――接続完了。映像出力、音声出力、共にクリアよ」


司令室にて、エライズがキーボードを叩きながらサムズアップをした。 目の前にあるのは、前回の戦いで回収した教会の聖遺物や、古代の通信魔導具を『修繕・魔改造』して作り上げた、超広域放送システムだ。


「よし。いよいよだな」


俺、アルトはマイクの前に立った。 隣には、正装(真っ白な聖女の法衣を『修繕』してドレス風にしたもの)に身を包んだセレスティアと、いつもの戦闘服のレイシャ、そして――特別ゲストとして連れてこられた、作業服姿の勇者グレインが控えている。


「アルト様、本当に私の姿を映すのですか? 教会からは『醜い魔女になった』と宣伝されているのに……」 セレスティアが不安げに胸に手を当てる。


「だからこそだよ。百聞は一見に如かず。君の元気な姿を見せれば、教会の嘘なんて一発で吹き飛ぶ」 「主殿の言う通りだ。堂々としていろ。今の貴様は、誰よりも美しいぞ」 レイシャがぶっきらぼうに励ますと、セレスティアは頬を染めて頷いた。


「時間は?」 「王都の正午きっかり。一番人が集まる時間帯ね」 エライズがニヤリと笑う。 「王都の上空にある『結界の魔力膜』をスクリーン代わりに使うわ。皮肉ね、彼らが私たちを閉じ込めるために張った結界が、最大の放送機材になるなんて」


「よし、始めようか」


俺は深呼吸をして、スイッチを入れた。


「作戦名、『真実の修繕(リアル・リペア)』。……放送開始!」


◇ ◇ ◇


王都、正午。 処刑台の設置準備が進む中央広場に、突如として異変が起きた。


キィィィィン……!!


耳をつんざくような高周波音が響き渡る。 人々が耳を塞ぎ、空を見上げた。


「な、なんだ!?」 「空が……光っている?」


王都を覆っていた灰色の空。そこに張られていた見えない結界が、突如として虹色に輝き始めたのだ。 光は収束し、巨大な「映像」となって空一面に投影された。


『――あー、あー。テステス。王都の皆さん、聞こえますかー?』


空から降ってきたのは、気の抜けた若い男の声だった。 映像には、黒髪の青年がアップで映し出されている。


「だ、誰だあれは?」 「魔法の映像か? こんな巨大なもの、見たことがないぞ!」


王城のバルコニーに飛び出してきたゲオルグも、空を見上げて絶句した。 「な、なんだこれは! 結界に何をした!」


映像の中の青年――アルトは、カメラに向かって軽く手を振った。


『こんにちは。リペア王国国王、兼・修理屋のアルトです。今日は皆さんに、大事なお知らせがあって放送ジャックしました』


「ふ、ふざけるな! 消せ! すぐに魔法部隊に命じて映像を消させろ!」 ゲオルグが叫ぶが、部下たちは呆然とするばかりだ。 「む、無理です! 結界そのものが乗っ取られています! 干渉できません!」


アルトは続ける。


『最近、王都では「リペア王国は悪魔の巣窟だ」とか「聖女は魔女になった」とか、変な噂が流れてるみたいですね。……物流も止められて、皆さんも困っているでしょう?』


広場の市民たちがざわめく。 まさに、彼らが不満に思っていたことだ。


『その原因を作った悪い政治家さんたちには後でお仕置きするとして……まずは、本当の僕たちの姿を見てください。……おいで、セレスティア』


アルトが手招きをする。 画面が切り替わり、一人の女性が映し出された。


その瞬間、広場のざわめきが止まった。


輝くような金髪。宝石のような青い瞳。 そして、見る者の魂を浄化するような、慈愛に満ちた微笑み。


『王都の皆様、ご無沙汰しております。……セレスティアです』


「せ、聖女様……?」 「嘘だろ、あんなに綺麗だったか?」 「魔女になったんじゃなかったのか? どう見ても、以前より神々しいぞ……」


教会のプロパガンダである「醜い魔女」説が、映像一つで崩壊した瞬間だった。 彼女の美しさと聖性は、どんな言葉よりも雄弁に真実を物語っていた。


『私は今、リペア王国でとても幸せに暮らしています。ここでは誰もが助け合い、飢えることも、理不尽に傷つけられることもありません』


カメラが引いていき、リペア王国の全景が映し出される。 美しく整備された白亜の街並み。 地竜と共に畑を耕す亜人たち。 山盛りの収穫物と、温泉でくつろぐ人々。 そこは、不況に喘ぐ王都とは対照的な「楽園」だった。


「な、なんだあの豊かさは……」 「野菜が……山積みだ……」 「亜人と人間が、笑い合っている……?」


市民たちの目に、羨望と疑問の色が浮かぶ。 なぜ、あそこはあんなに豊かなのか。 なぜ、自分たちは「あそこは地獄だ」と教えられてきたのか。


『さて、ここからは少しショッキングな映像をお見せします』


アルトの声がトーンダウンする。


『皆さんが信じていた「勇者様」の真実と、今回の騒動の黒幕についてです。……グレイン、入れ』


画面の端から、作業着を着てツルハシを持った男が、恐る恐る入ってきた。 かつての英雄、勇者グレインだ。 だが、その顔つきは以前のような傲慢さはなく、労働によって引き締まり、どこか憑き物が落ちたような表情をしている。


「ゆ、勇者様!?」 「生きていたのか!」


グレインはカメラの前で深々と頭を下げた。


『……王都のみんな、すまない。俺は……嘘をついていた』


彼は語り始めた。 セレスティアを追放したのは、彼女の力が落ちたからではなく、自分たちが慢心していたからであること。 レイシャを見捨てたこと。 そして、黒騎士団と共にリペア王国を襲撃し、返り討ちに遭ったこと。


『俺は今、ここで罪を償うために働いている。……キツイ仕事だが、不思議と充実はしている。アルト……国王陛下は、俺のようなクズにも、やり直す機会をくれたんだ』


勇者の懺悔。 それは、王国が隠していた「勇者美談」を根底から覆すものだった。


そして、アルトが再び口を開く。


『グレインを唆し、活動費を横領し、さらに今回の経済封鎖を主導した人物。……それが、誰あろうゲオルグ大臣です』


画面に、一枚の書類が映し出された。 それはベルンが密かに入手していた、ゲオルグの裏帳簿と、教会との密約書だ。


『彼は自分の利益のために、勇者パーティを崩壊させ、黒騎士団を私兵として使い潰し、あまつさえ「聖女を魔女に仕立て上げろ」と教会に指示を出しました。……これ、証拠の音声データです』


ザザッ……。 『フン、聖女など魔女として処分してしまえ。リペア王国の富はすべて私がいただくのだ……』


まごうことなき、ゲオルグの声が王都中に響き渡った。


「…………」


静寂。 そして、爆発。


「ふざけるなあああああ!!」 「全部、あの豚大臣のせいか!!」 「俺たちの生活を返せ! 聖女様を返せ!」


市民たちの怒りが臨界点を超えた。 今まで抑圧されていた不満が、明確な「敵」を見つけたことで、暴動となって噴き出したのだ。


「ま、待て! これは罠だ! 捏造だ!」


バルコニーでゲオルグが叫ぶが、もう誰も聞いていない。 広場にいた群衆が、雪崩を打って王城へと押し寄せ始めた。 衛兵たちも、戦意を喪失して道を空ける。彼らとて、家族が生活苦に喘いでいる被害者なのだ。


「お、おしまいだ……」


ゲオルグはへたり込んだ。 空のスクリーンの中では、アルトが冷徹な瞳で見下ろしていた。


『ゲオルグ大臣。貴方は国を「壊し」すぎた。……もう、修理不能(ジャンク)ですね』


アルトが指を鳴らすと、プツンと映像が消えた。 だが、王都に点火された革命の火は、もう消えることはない。


◇ ◇ ◇


数時間後。 王城の玉座の間。


怒れる群衆と、彼らに加担した一部の近衛騎士によって、ゲオルグは拘束され、玉座の前に引きずり出されていた。


そして玉座には、騒ぎを聞きつけて療養から復帰した老王が座っていた。


「……ゲオルグよ。余が病床にある間に、随分と好き勝手をしてくれたようだな」 「へ、陛下! 違います、これは誤解で……!」 「黙れ。あの空の映像、余も見たぞ。……それに、商人のベルンからも話を聞いた」


老王の隣には、地下牢から解放されたベルンが控えていた。 彼は傷だらけの顔で、しかし誇らしげに胸を張っている。


「陛下。リペア王国のアルト王は、こう仰っていました。『国交を結びたいなら、まずは膿を出せ』と」 ベルンがアルトからの書簡を差し出す。


「……うむ」


王は書簡を読み、深く頷いた。 そして、冷厳な声で宣告した。


「大臣ゲオルグ。貴様を国家反逆罪、および公金横領の罪で捕縛する。……一生、冷たい地下牢で罪を数えるがよい」


「そ、そんなぁぁぁ! 私は国のためにぃぃ!」


衛兵に引きずられていくゲオルグの絶叫が、広間に虚しく響いた。


こうして、王都を揺るがした動乱は、一滴の血も流れることなく幕を下ろした。 情報という武器によって、「嘘」が暴かれ、世界が「修繕」されたのだ。


◇ ◇ ◇


リペア王国、司令室。


「作戦完了。視聴率100%、大成功ね」 エライズが満足げに伸びをした。


「ふぅ、緊張しました……。噛まなくてよかったです」 セレスティアがへなへなと椅子に座り込む。


「よくやった、みんな」 俺は仲間たちを労った。


今回の放送で、リペア王国の存在は世界中に知れ渡った。 聖女と勇者がいる国。 高度な技術と豊かな資源を持つ国。 もはや、誰もここを「ゴミ捨て場」とは呼ばないだろう。


「主殿。王都から通信だ」 レイシャが通信機を渡してくる。 相手は、解放されたベルンだ。


『アルト様! やりましたよ! ゲオルグは失脚、王様が正式にリペア王国との国交樹立を希望されています!』 「そうか。ベルンさんも無事でよかった」 『ええ! それに、この放送のおかげで、リペア製品の注文が殺到しています! 王都だけじゃありません、近隣諸国からも問い合わせが山のように!』


嬉しい悲鳴だ。 これで経済封鎖は完全に解除された。 むしろ、これからはリペア王国が世界経済の中心になっていくだろう。


「忙しくなりそうだな」 「はい! でも、アルト様と一緒なら頑張れます!」


セレスティアが最高の笑顔を見せる。


こうして、俺たちは王国との戦争(冷戦)に完全勝利した。 だが、物語はここで終わらない。 放送を見たのは、人間だけではないからだ。


世界の裏側。魔王城。 深淵の玉座にて、その放送を見ていた「魔王」が、静かに立ち上がった。


「……ほう。人間にしては面白い力を持つ者が現れたか」


魔王の赤い瞳が、画面の中の俺を捉える。


「『修繕』……。ならば、この壊れかけた世界も、貴様なら直せるというのか?」


魔王の口元に、興味深げな笑みが浮かぶ。


「試してやろう。勇者を退けたその力が、我ら魔族にも通じるか」


本当の脅威。 世界の「破壊」そのものを司る存在が、リペア王国へと視線を向け始めていた。

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