第4話
「――『聖光防壁(ホーリー・フィールド)』!」 「甘い! その程度の盾で、私の『黒竜』が止まると思うな!」
ズドォォォン!!
早朝。爽やかな目覚めと共に俺の耳に飛び込んできたのは、大砲が炸裂したような爆音だった。 飛び起きて窓を開けると、庭――もとい、家の前の荒野がクレーターだらけになっていた。
砂煙の中から現れたのは、二人の美女だ。 一人は、黄金の輝きを纏った障壁を展開する聖女セレスティア。 もう一人は、漆黒の大剣と蒼白の片手剣を構えた剣聖レイシャ。
「ふふ、さすがですねレイシャさん。私の障壁にヒビを入れるなんて」 「貴殿こそ。今の斬撃は山を断つ出力だったのだがな。……よし、次は本気で行くぞ」 「望むところです。アルト様の安眠を妨げる害虫駆除のシミュレーション、続行します」
バチバチと火花が散っている。 仲が悪いわけではない。むしろ、互いの実力を認め合った結果、トレーニングという名の怪獣大決戦が日課になってしまったのだ。
「おーい、お前ら。朝から地形を変えるな」
俺が声をかけると、二人はピタリと動きを止め、パァッと表情を明るくして駆け寄ってきた。
「おはようございます、アルト様! 見てください、新しい魔法の応用を思いついたんです!」 「主殿、おはよう! どうだ、この剣の切れ味は。昨晩、主殿が研ぎ直してくれたおかげで最高だぞ!」
キラキラした笑顔と、尻尾を振らんばかりの忠誠心。 可愛い。可愛いのだが、彼女たちの足元には深さ二メートルの溝ができている。
「……とりあえず、朝飯の前にその穴、埋めておいてくれよ」 「「はい!」」
この二人がいれば、魔王軍が来ても門前払いできるんじゃないだろうか。 そんなことを思いながら、俺は平和で騒がしい一日を始めた。
◇ ◇ ◇
異変が起きたのは、昼食後のことだった。 セレスティアが淹れてくれたハーブティー(雑草を『修繕・品種改良』して作った最高級茶葉)を飲んでいると、レイシャが鋭い視線を遠方に向けた。
「主殿。何者かが近づいてくる」 「魔物か?」 「いや、足音に知性がある。数は……およそ三十。武装しているようだが、戦意は低い。むしろ、疲弊しているな」
レイシャの索敵能力は、強化された聴覚と『気配察知』のスキルでレーダー並みだ。
「行ってみよう」
俺たちは家の外に出た。 しばらくすると、荒野の陽炎の向こうから、薄汚れた集団が姿を現した。
獣の耳と尻尾を持つ人々。亜人種だ。 狼の耳を持つ者、兎の耳を持つ者。老若男女が入り混じっているが、共通しているのは全員がボロボロの服を着て、痩せこけていることだった。
先頭に立つのは、灰色の毛並みを持つ狼族の老人だった。 彼は俺たちの姿――特に武装したレイシャを見ると、警戒して足を止めたが、意を決したように進み出てきた。
「……突然の訪問、許していただきたい。我々は流浪の身。危害を加えるつもりはない」
老人は嗄れた声で言った。 その背後では、子供たちが親の足にしがみつき、怯えた目でこちらを見ている。
「俺はこの場所の管理者、アルトだ。あんたたちは?」 「私はガロウ。かつては北の森林に住んでいた森狼族の長だ。……もっとも、今は『魔王軍のスパイ』という濡れ衣を着せられ、人族の騎士団に森を焼かれた敗残者だがな」
ガロウと名乗った老人は自嘲気味に笑った。
ここでもか。 どうやらこの王国は、異質なものを排除することに余念がないらしい。 役に立たなくなった英雄を捨て、気に入らない種族を追い出す。徹底した純血主義というか、ただの排他主義だ。
「我々は安住の地を求めて南へ向かっている。だが、食料も尽き、水もなく……この荒野で行き倒れる寸前だったのだ。不躾な願いだが、水の一杯でも恵んではもらえないだろうか」
ガロウが頭を下げる。 誇り高い獣人がここまで低姿勢になるのは、後ろにいる子供たちのためだろう。
俺は彼らの装備を見た。 折れた槍、刃こぼれした斧、穴の空いた鍋。 そして彼ら自身の身体も、傷だらけで疲労の極致にある。
(対象:森狼族の難民) (状態:極度の飢餓、脱水、疲労、装備破損)
俺の中で、いつもの口癖が漏れそうになる。 ――もったいない。 彼らの瞳には、まだ生きようとする光がある。 それに、亜人は一般的に身体能力が高く、手先が器用だ。 ただ捨て置くには惜しい「人材」だ。
「水ならいくらでもあるぞ。食料もな」 「ほ、本当か!?」 「ああ。ただし条件がある」
俺はニヤリと笑った。
「タダでとは言わない。俺はここを開拓中なんだが、人手が足りなくて困ってるんだ。あんたたち、俺に雇われないか?」 「雇う……? 我々をか? 人族は亜人を毛嫌いしているはずだが」 「俺は人族じゃなくて『修理屋』だ。壊れたものを直して使うのが仕事でね。あんたたちが傷ついてるなら治すし、道具がないなら直す。その代わり、働いてくれ」
ガロウは呆気にとられ、それから背後の仲間たちと顔を見合わせた。 やがて、彼は震える声で問い返した。
「……本当に、ここにいても良いのか? 我々は、汚れた亜人だぞ」 「俺の連れを見てみろ」
俺は親指で後ろを指した。 元聖女と、元剣聖。 二人とも、国から「汚物」扱いされて捨てられた過去を持つ。
「ここは『ゴミ捨て場』だ。国中から嫌われた連中が集まる場所さ。今更、狼耳が増えたくらいで誰も気にしないよ」 「……っ!」
ガロウの目から涙がこぼれた。 彼はその場に膝をつき、地面に手をついて頭を垂れた。
「感謝する……! この御恩、我ら一族の命に代えても!」 「だーかーら、命はいらないって。労働力が欲しいだけだ」
こうして、リペア領(仮)に、三十名の新たな住民が加わった。
◇ ◇ ◇
人が増えれば、衣食住が必要になる。 食料に関しては、俺の『修繕農業』で促成栽培した野菜や、リサイクルした保存食が山ほどあるので問題ない。 問題は「住」だ。 三十人が野宿するわけにはいかない。
「よし、やるか」
俺は集落予定地――ログハウスから少し離れた平地――に立った。 ガロウたち亜人と、セレスティア、レイシャが見守っている。
「アルト様、家を建てる木材を集めてきましょうか?」 「いや、その必要はない。ここには『材料』ならいくらでもある」
俺は地面に突き刺さっている瓦礫の山を見た。 かつて王都で解体された古い城壁の残骸や、崩れた石造りの建物の廃材。 それらが大量に廃棄されている。
俺は両手を広げ、意識を集中させた。 範囲は、半径五百メートル。
(対象:廃棄された石材、木材、金属片) (実行:修繕・再構築(リサイクル・ビルド)) (設計図:集合住宅、防衛壁、上水道、広場)
「――『天地修繕(ワールド・リペア)』!」
ズズズズズズズ……ッ!!!
大地が唸りを上げた。 ガロウたちが「ひぇっ!?」と悲鳴を上げて腰を抜かす。 無理もない。 地面に埋まっていた巨大な石材が、まるで重力がないかのように次々と浮き上がり、空中でダンスを踊るように組み合わさっていくのだから。
ガシャン! ガシャン! 石と石が接合し、継ぎ目が消え、一枚の強固な壁になる。 砕けたレンガは元の美しい形を取り戻し、整然と並んで石畳の道を作る。
「な、なんだこれは……魔法か? いや、精霊の御業か!?」 「いいえ、あれがアルト様の『修理』です」
呆然とするガロウに、セレスティアが誇らしげに解説している。 修理の定義が広すぎると自分でも思うが、まあいい。 「瓦礫の山」という無秩序(壊れた状態)を、「街」という秩序(正しい状態)に直しているだけだ。
数分後。 土煙が晴れたそこには、美しい石造りの街並みが誕生していた。
堅牢な長屋スタイルの集合住宅が三棟。 中央には広場と、水を汲み上げるポンプ場。 そして周囲を取り囲むのは、高さ五メートルの白い城壁だ。 廃材の中に混じっていたミスリル片を壁の内部に『修繕』して組み込んであるため、魔法耐性もバッチリだ。
「……城が、できた」 「一夜城どころか、一分城だな」
レイシャが感心したように壁を叩いている。
「よし、次は水だ。井戸はあるが、水脈が枯れてるな」
俺は広場の井戸に近づいた。 地下の水脈は、土砂崩れや地殻変動で「流れが壊れて」いる状態だ。 ならば、それも直せばいい。
(地下水脈の閉塞箇所を特定。岩盤を『修繕(整形)』して流路を確保)
ボコッ、ボココッ…… シューーーッ!!
井戸の底から、凄まじい勢いで水が噴き出した。 透明で冷たい、新鮮な地下水だ。 水は水路を満たし、街全体を巡るように設計された上水道へと流れていく。
「み、水だぁーっ!!」 「飲めるぞ! 甘い水だ!」
亜人たちが歓声を上げて水路に駆け寄る。 彼らにとって、安全な水と住居は何よりも代えがたい宝だ。
「すごい……。これほどの技術、ドワーフの建築士でも不可能だ……」 ガロウは震える手で石壁を撫で、それから俺に向き直った。
「アルト様。いや、主よ。我々は貴方に一生ついていく。どんな命令でも下してくれ」 「じゃあ、まずは風呂に入ってくれ。そのあとに服を『修繕』するから」
こうして、住環境は整った。 亜人たちは働き者だった。 狼族は狩りと警備を、兎族やその他の種族は農業や家畜の世話を積極的に引き受けてくれた。 レイシャによる戦闘訓練も始まり、彼らは単なる難民から「リペア領の自警団」へと生まれ変わりつつあった。
◇ ◇ ◇
それから数日後。 城壁の門の前に、一台の馬車が止まった。
「お、おい……なんだこれは。地図じゃここは『ゴミ捨て場』のはずだぞ?」
御者台から降りてきたのは、恰幅のいい中年男だった。 ベルンという名の行商人だ。 彼は「掘り出し物」を探しに辺境まで来る物好きな商人で、以前からたまにゴミ捨て場を漁りに来ていたのだが……。
彼が目の当たりにしたのは、荒野に突如現れた要塞都市だった。 白亜の城壁、整備された街道、そして門番として立つ、屈強な狼族の戦士たち。
「ひぃっ! あ、亜人の砦か!?」 ベルンが逃げ出そうとした時、俺が声をかけた。
「よう、ベルンさんじゃないか。久しぶりだな」 「あ、あんたは……管理人のアルト!? 生きてたのか!」 「失礼な。ピンピンしてるよ。ちょっと迷い込んだお客さんかい?」
俺は彼を街の中へと招き入れた。 ベルンは終始、口を開けっ放しだった。
「な、なんだこの整備された道路は……。それに、あの畑! この不毛の大地で、あんなに青々とした野菜が育つなんて!」
畑では、セレスティアの聖魔法と俺の土壌改良によって育った、巨大なキャベツや黄金色の小麦が実っている。 さらに、広場の隅には、亜人たちが狩ってきた魔獣の素材や、俺が暇つぶしに『修繕』して作った魔道具が山積みになっていた。
「こ、これは……『疾風の靴』!? しかも新品同様……いや、魔力付与が増幅されている!?」 「ああ、捨てられてたボロ靴を直したんだ。ちょっとバネを強化しておいた」 「こっちの剣は……ミスリル銀の含有率が異常だ! 国宝級の業物だぞ!?」 「折れた剣を溶かして混ぜたからな」
ベルンの目が、商人の色――つまり、金貨の輝きに変わった。
「ア、アルトさん……いや、アルト様! これ、どこかに卸す予定はありますか!?」 「いや、今のところは自分たちで使う分だけで……」 「もったいない! これを王都で売れば、白金貨が山のように積めますよ! 特にこの野菜! 『聖女の加護付き野菜』なんて売り出せば、貴族たちが血眼になって買い求めます!」
ベルンは興奮して捲し立てた。 確かに、人数が増えてきた以上、貨幣経済も必要になる。 塩や香辛料、書物など、ゴミ捨て場では手に入らない物資もあるからな。
「わかった。じゃあ、余剰分をあんたに預ける。その代わり、必要な物資の調達と、外の情報収集を頼めるか?」 「もちろんですとも! この『ベルン商会』、今日からアルト様の専属商人として働かせていただきます!」
ベルンは揉み手をしながら、宝の山に飛びついた。 これで経済的なパイプも繋がった。 衣食住、軍事力、そして経済。 国としての機能が、急速に整いつつある。
だが、光が強くなれば、影もまた濃くなる。
ベルンは帰り際、少し声を潜めて俺に忠告してくれた。
「そういえばアルト様。ここに来る途中、勇者パーティの馬車とすれ違いましたよ」 「……ほう?」 「ひどい有様でした。馬は痩せ細り、装備もボロボロ。まるで幽霊船のような雰囲気で……。彼ら、しきりに『北に光が見えた』とか『魔王軍の拠点があるはずだ』とかブツブツ言ってました」
どうやら、俺たちが派手に『修繕』したり、レイシャが剣の稽古で光の柱を上げたりしているのが、目撃されてしまったらしい。
「なるほど。魔王軍の拠点だと思って襲撃してくるつもりか、あるいは……」 「物資を略奪するつもりでしょうな。今の彼らは、追い詰められた獣と同じ目をしています。お気をつけて」
ベルンはそう言い残し、大量の商品を積んで去っていった。
俺は閉じていく門を見上げ、ふっと息を吐いた。 隣には、いつの間にかセレスティアとレイシャが立っていた。
「来るようですね、グレインたちが」 セレスティアの声は冷徹だ。かつての仲間に対する情は、微塵も感じられない。
「丁度よい。この新しい城壁の強度テストと、我が剣の試し斬りを兼ねるとしよう」 レイシャは獰猛に笑い、剣の柄に手をかけた。
「まあ、話し合いで済めば一番いいんだけどな」 「アルト様は優しすぎます」 「主殿、甘い顔をするとつけあがるのがあの勇者だ。最初から心を折るつもりでいかねば」
俺たちは夕日に染まる荒野を見つめた。 地平線の彼方から、不穏な砂煙が近づいてくるのが見えた。
勇者パーティの到着まで、あとわずか。 彼らはまだ知らない。 自分たちが捨てた「ゴミ」が築き上げたこの場所が、今の彼らにとってどれほど高く、越えられない壁となっているかを。
「――全員、配置につけ! お客様のお出迎えだ!」
俺の号令に、亜人たちが「オオォォッ!」と雄叫びを上げた。 リペア領、初の防衛戦が始まろうとしていた。
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