第25話 鏡

 その日の放課後。

 場所はオカルト部からほど近い旧校舎の3階、新校舎を繋ぐ渡り廊下近くのトイレ。

 現在時刻は17時。旧校舎は人けが少なくなってきていて、照明も古い物なので薄気味悪さは段々と増してきている。


「この3階の一番奥の男性トイレの鏡がね。どうやら鏡面世界への扉が開かれるんじゃないかって、そういう噂を聞いたのよ」


 真剣な表情をしながら、夕日が沈みかけて段々と暗くなりつつある廊下を俺と彩音、数歩ほど遅れてレイカが歩いていく。

 どこかざわざわとした空気の違和感を覚えて、首の後ろがなにやら寒気を感じる。何か冷たい手で触られてでもいるかのような気味悪さ。


「前はもっと生徒がいたから、旧校舎も使っていたんだろうけどね」


 彩音がしんみりと呟く。

 自分の影が壁に映り込んで、幽霊が大きく歪むように笑ったかのように錯覚し、小さな悲鳴を上げた。


「逸平君、レイカさんを見なよ。全然怖そうにしてなくて、つまらないじゃない」


「つまるとかつまらないとかいう問題なのか? それにレイカは元々魔王設定だから、こういう状況の方が慣れているんじゃないのか」


 そんなレイカが不意に後ろを振り向く。右手に持った扇子を突き出し廊下の端を指し示すと高らかに宣言する。


「さっきからボクたちの後ろから付いてきているお前。用があるなら出て来ればいい。それとも無理やり引っ張り出してやればいいのかな」


 誰か付けてきている?

 俺と彩音が顔を見合わせる。その時右の教室から顔を出した冴えない表情の男子生徒。ボサボサの髪が特徴的だ。旧校舎の暗がりが彼の姿を更に怪しげに映えさせる。


「2組の竹内君じゃない? どうしたのよ。こんなところで」


 彩音が無造作に近づき、竹内君と呼ばれた男子生徒を頭の上から足元まで食い入るように眺める。見つかるとは思っていなかったのか、かなり困惑したような顔。更に俺が近づくと、筋肉の見た目に騙されて目が挙動不審な動き。


「いや、あのその……人の姿が映らない鏡って噂に興味があるんだ」


 たどたどしい言葉を口から発する竹内君。

 明らかに辻褄の合わない理由に俺はチラッとレイカを見る。

 レイカは扇子を広げ、それを口元に合わせると考えこむようなポーズ。しかし目元が笑っている。


「レイカ。お前、完全に楽しむモードに入っているな」


 レイカはそれには答えずに、俺に目線を合わせてきただけだ。すると彩音が大きな声を上げて、旧校舎内に不自然にこだました。


「もしかしたら竹内君、超常現象に興味があるの! オカルト部に入ってよ」


「いや、吉祥寺さん。僕はもう違う部活に入っているから掛け持ちはちょっと……」


 周囲を常に気にしながら、おどおどした様子を見せる竹内君。更に怪しい。レイカの唇が何かを呟いた様に細かく動く。


「この先のトイレだよ。旧校舎の3階なんてほとんど人が来ないからさ」


 竹内君が先頭に立って再び歩き始める。確かに俺の記憶にも、この曲がり角の先にある男性トイレに、なぜか全身を映すタイプの縦に大きな鏡が備え付けられていたような覚えがある。

 俺たち4人は狭い男性トイレになだれ込む。彩音がトイレの電気のスイッチを付けようとして全く反応しない事に訝し気な声を上げる。

 パチパチっと何かが爆ぜる様な小さな音がどこかから響いてくる。どこか生暖かい風が吹き抜けていくような感覚。それは俺の気のせいか、この旧校舎の不気味さが生み出した錯覚か。


「普通に映っているじゃないか。なんだよ彩音、ちょっと期待して損したよ」


 そう言いながらも、不安な気持ちを押し隠しながら大きな声が出てしまう。

 電気が壊れて暗くなっているトイレはとても不気味で、誰かが奥に立っている様なそんな気さえしてくる。


「うわっ! なによこれ……なんであたしの姿が映ってないのよ!」


 彩音がいきなりそんな事を言うのでびっくりする。

 俺や竹内君の姿はしっかりと映っている。


「これは鏡面世界への入り口になっているのかもしれないね。入ってみる?」


 そんなオカルトチックな一言を発するレイカ。

 しかし、本気で言っていない事はすぐに分かった。

 唇の端を少し上げて笑いを堪えるように俺の顔を横から見ているレイカ。何かを言いたげな赤い眼差し。

 ん? これってもしかして……


「竹内君。鏡に何か仕組んでるだろ?」


 俺の言葉にゆっくりと固まる竹内君。

 やはりか。

 レイカが小さく頷き、瞳を輝かせる。彩音が一歩前に出る。

 すると今まで映っていなかった彩音の姿が鏡に現れる。

 彩音がハッと息を呑む音がトイレ内にいやに大きく響く。


「鏡になにか……たぶん偏光シートみたいなのが貼ってあるんじゃないかな。それで立つ位置によっては、人が消えたように見えるってトリックだ」


 彩音が一目置いたような視線を送る。


「へぇ……逸平君、なんか変わったな」


 それに同調するかのように、扇子を不必要なまでに煽るレイカ。


「ふふ、逸平。すごいじゃないか。ここまではボクの出る幕が無かったね」


 ここはまでは? 意味ありげな言葉をつぶやく。

 なんだろう、さっきからレイカの言葉がどうもなにかを隠している様な気がしている。


「ここからが楽しくなるんじゃないかな。竹内君とやら」


 そう言ったレイカの言葉が合図となった。

 バタバタと何かが男子トイレの外側に押しかけてきている音が俺達に聞こえてきた!

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