黒歴史ノートが生んだラスボスは、加減というものを知らない

小宮めだか

序章 そのラスボス。ノートより生まれる。

第1話 召喚

 25歳になった僕は、あの頃を思い出しながらこの小説を書き出していた。

 

 それは良くあるような異世界の話でも転生ものでもない。

 普通の高校生3人の日常から始まった物語だ。


 ただし、それは少し……いや、まったく違っていた。

【黒歴史ノート】

 僕たちがそう呼んだものから、『最強のラスボス』が現実に召喚されたんだ。 


 え? 何を言っているんだって?

 僕も今、何を打ち込んでいるのか正直意味不明だと、パソコンの前でキーボードを叩きながらそう思っているところだ。

 でも。

 この話は、僕が自分の物語に、たったひとつの責任を取るまでの話だ。



 ✛ ✛ ✛ 


 魔法陣の中心。

 そこに誰かが立っていた。


 部室内の空間がギシギシと軋む音がした。

 まだ夏の勢いが残る狭苦しいその部屋。


 燃えるような紅い瞳だ。

 そして、光を吸い込むような艶やかな紫色の長い髪が見えた。

 年齢はたぶん俺たちと同じくらいじゃないか。

 たくましい筋肉を貼り付けたような自分の体とは対照的。

 華奢でしなやかな体つきが印象的だ。

 服装は、現実離れした黒基調のコートとでもいえばいいのか。

 まるで小説の中から突然飛び出してきたような……その姿はとてもこの世に連なる者とは思えないような美少年。

 俺は、そんな目の前に現れた少年の事を知っていた。

 いや、知りすぎていた。


 間違いない。


 魔王――レイカ。


 俺が中学二年生の時から、とある事件をきっかけに誰にも見せず、たった一人でノートに書き綴ってきた小説があった。

 その小説の中の最強のラスボス。

 まさか、こんな簡単な儀式でアイツが召喚されてしまったのか?


 俺の頭は混乱を極めていた。

 だがそれよりも更に、自分の思考を占めていたものがあった。


 終わった。

 退屈ではあったが間違いなく平穏だった日常は今、崩れ落ちたんだ。


 自分が作り出したフィクションが、まさかこんな形で現実となるなんて。いったい誰が想像できたのだろうか。



 ✛ ✛ ✛ ✛ ✛


 話はそれより数時間ほどさかのぼる。


 放課後のチャイムが鳴り響いた。

 俺にとってそれは、自宅警備員たる使命感の呼び起こされる合図。

 凡々とした学園生活から抜け出し、つまりはさっさと家に帰るため。

 恵まれたこの筋肉質な肉体は、残念ながら自分の内面とは全く連動していない。


 それが俺、大門逸平だいもんいっぺいだ。


 またこの大門って苗字が、俺のイメージを屈強な男子と勘違いさせるらしい。

『一昔前の刑事ドラマの主人公』『失敗知らずの天才外科医』と同じ苗字とか知るか! 

 体育会系の先輩たちの猛烈アタックが今日も悩ませている。


「あ、いえ、その……俺こんなんですけど、全く役に立たないっすよ。じゃあ、これから執筆活動がありますので……」


 筋肉があるということと、運動神経があるということはイコールじゃないと懇切丁寧に説明しても先輩達は聞く耳を持たない。

 勧誘を半ば強引に振り切り、逃げるように高校を飛び出したはずだった。


 それなのにだ。

 俺は正門を出たところで待ち構えていた黒髪の美少女に呼び止められて、すごすごと校舎内に引き返す羽目になったのだ。



 なぜか俺は今、旧校舎の三階、最も日の当たらない北西の角にある『オカルト研究部』の部室で、床に引かれた奇妙な魔法陣とでも表現するしかないものの中に正座させられている。

 そんな目の前で残暑も厳しいというのに、暑苦しい血潮をたぎらせている女子。

 オカルト部の部長にして、唯一の部員である吉祥寺きちじょうじ彩音あやねだ。

 腰まで伸びる艶やかな黒髪、人形のように整った顔立ち。しかし、そんな整った外見とは裏腹に彼女のオカルトへの情熱は、常夏のジャワ島よりも熱いのではないか。


 部室内は、カビと埃とお香の匂いが混じり合った、独特の空気に満たされていた。壁際には怪しげな文献が並び、棚の上には水晶玉やタロットカード、果てはミイラの手のレプリカまで鎮座。


 床にチョークで描かれた魔法陣は、どう見てもこの間彩音に見せてもらった動画サイトの『魔法陣の描き方講座』と酷似していた。

 ところどころ線が曲がっているのは、彩音の性格からだろうか。


「いい? 逸平君。今日こそ、今日こそ! 悪魔ルシフェル様の召喚儀式を試させてもらうわよ」


「あ、彩音。俺はこれから帰って、今書いているファンタジー小説の続きをだな」


「今日は絶好の召喚儀式の日なのよ。朝からの蜘蛛占いでも大吉と出ているの!」


「蜘蛛占いとか訳分からない事言ってるんじゃない。悪魔の召喚なんて失敗するに決まっているだろ! そもそもなんで俺がこんな実験に付き合わなくちゃいけないんだ」


 なけなしの勇気を振り絞るようなセリフに、ふふふっと笑う彩音。

 彼女の不気味な眼差し。

 

「この召喚の儀式には、魔除けであり、更に強力な触媒である強靭な肉体が必要なの。つまり逸平君のような存在よ。昨日見た動画にそう出ていたんだから、間違いは無いわ」


 彩音は自信たっぷりに言い放った。


「をいをい! 動画を鵜呑みにするなとあれほど。それに呼ばれた理由が魔除けかよ」


 この筋肉は、そんな用途のために鍛えられたわけじゃない。

 ただ、気弱な自分を変えたくて続けてきた努力の結晶なんだ。

 その事は幼馴染の彩音だって知っているはず。


 本当にこの、熱に浮かされた様なオカルトへの突発症状さえなければな。

 一体いつからだろう。彼女がここまでオカルトに傾倒していったのは。

 黙って立っていてればどこぞのアイドルグループの中に居てもおかしくはない、そんな彩音を見上げながら肺の中の空気を吐き切る。


 そんな過去を思い起こしている暇は無かった。

 今や自分の肉体が、強力なる触媒だか何だかに使われようとしているという事実だ。

 

「さあ、始めるわよ」


 彼女の上気した真っ赤な頬。

 俺はゴクリと唾を呑みこむ。

 いよいよ召喚の儀式が始まろうとしていた。

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