フォックスゲーム

明智吾郎

第1話 怪しい招待メール

 2900年、東京。

 パラレルワールドの研究とエネルギー技術が飛躍的に発展した未来。

 その裏で仕事の大半はAIに置き換えられ、人々の生活は貧困と絶望に浸食されていた。


 しがないカフェで働く青年は、店内でほうきに体を預けながら、ぼんやりとロボットを見つめている。


「ふぅ、これでいいか?ロボットさん」


「ありがとうございます、シン。配達に参ります」


 丸い配達ロボットが静かに浮遊し、客席へとコーヒーを運んでいった。

 青年はその後ろ姿を、ため息混じりに目で追った。


 ――夕方。


「シン、話がある。事務所までいいか?」


「どしたんすか?深刻そうな顔して」


 呼び出した店長は、言葉を選ぶように口を開く。


「いいからこい」


 エプロンを引き寄せて連れていくと、重い声が落ちた。


「残念だが、、店じまいだ」


「え?」


「本社からの命でな...うちの店もAIに業務を任せることになった...おれたちにできることはもう何もない...」


 沈痛な表情で肩を叩かれる。


「長い間...お前はよく働いてくれた...感謝してる、本当にすまない、すべて俺の力不足だ...」


 その日、青年は職を失った。


 がちゃり、と自宅のドアを開ける音だけがやけに響いた。

 アパートで求職アプリを開くが、画面に並ぶのはAIエンジニアの募集ばかり。


「やっぱ出てこないかぁ...」


 力なくソファへ倒れ込み、天井を見つめる。


「...シャワーでも浴びるか」


 気だるそうに立ち上がる背中に、スマホの通知音が小さく鳴った。


 ピロン♪


 しかしシャワーの水音に紛れ、気づくことはなかった。

 湯に打たれながら、胸の奥でわき上がる無力感に拳が震える。


「クソ...」


 シャワーを終えてスマホを開くと、見慣れない迷惑メールが一通。


「あ」


 誤操作でメールを開いてしまい、画面を切り替えようとした瞬間、文面が視界に飛び込んだ。


 ――シン様

 このメールは不特定の1000人の求職者にお送りしています。

 あなた方には配送会社フォックスの社長になる権利が与えられました。

 あるトーナメントで勝ち残った最後の一人になるまで終わりません。

 さぁ我々と共に未来を築こうじゃありませんか。

 ご応募お待ちしております。

 フォックスゲーム司会進行役 アルファ


 怪しすぎる。

 そう思いつつ削除ボタンに指を伸ばしたが、数秒だけ指が止まった。


(もうこの世にはAIエンジニアしか仕事がない…なら、これはチャンスなのか?)


 そんな半ば投げやりな気持ちが背中を押し、青年は応募フォームを送信してしまう。

 それが後の人生を大きく狂わせるとも知らずに。


 フォックスゲーム 会場


 薄暗い廃工場。

 そこでスーツ姿の社員たちが、淡々と準備を進めていた。


「いよいよですね...」


 一人の社員がリングスマホを操作して電話をかける。


「アルファ、期待している。お前にすべて任せる」


「御意」


 深々と頭を下げると、静かにコードを唱える。


「L806」


 転移ゲートが作動し、視界の先に別世界が開けた。

 鬱蒼としたジャングルに、魔獣たちの咆哮がこだまする。


「ぎょえええ!」


 巨大なこうもりの魔獣が飛びかかるが、反応は一瞬。


 ズドン!


 輝くエネルギー弾が放たれ、魔獣は破裂して霧散した。


「ごちゃごちゃとうるさい魔獣どもですねぇ...」


 端末を操作し、ゲートを閉じる。


「これで準備は整いました、皆さん、いい夜を。私は先に休みます」


 元気よく返事をあげる社員たちを横目に、男はホテルへ歩き去った。

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