君は友達の恋人
夏野夕方
君の隣(1)
人生で難しいことは、いくつかある。お金を多く稼ぐこと、家族を手に入れること、自分の才能を見つけること、何かの種目で一番を取ること――。
人の数だけ欲は存在し、それを手にできない人がいる。どんなに欲しくても、どんなに頑張っても、手に入らないものがある。
それは、人の気持ちだ。
私は、好きな人の一番好きな人になることができない。どんなに着飾っても、どんなに良い子に振舞っても、どんなに有能かをアピールしても、自分の弱さをさらけ出して見せても。一番欲しい言葉や一番欲しい立場も、その気持ち一つで、手に入れることはできなかった。
私の心は、こんなにもあなたに揺れ動くのに。私の気持ちは、あなたの苦しみを一つも取ってあげられない。
――私は、私という存在が心の底から憎い。
私立の中学校に通う、二年二組の
「あらあら、愛しの彼ですか?」
「毎回言うが、ここからじゃ豆粒で見えないだろ」
部長の声につられて、後輩の面倒を見ていた副部長の増田が、隣にやってきて細い目をしながら、一緒にグラウンドを見つめた。
「いますよ!」
瑠姫は、指を差した。二人は目を凝らして首を傾げて苦笑いする。
「やっぱ見えないわ」
「いくらイケメンでもね~。でもさすが津村ちゃん」
「さっさと片づけて帰ろうぜ~」
荒っぽい口調で増田は、部員たちに片付けをするように指示を出した。瑠姫も、いつまでも見ていたい気持ちを抑えながら、作業に入る。次第に、その声は遠くなっていった。
部活が終わると、いつも通り優しい先輩たちに挨拶をして、急いで昇降口に向かう。そして靴を履き替え、暗くなっていく空を見上げながら、グラウンドのフェンスに走った。グラウンドには誰もおらず、野球部の部室からはたくさんの部員が出てきた。
――違う、違う……。
出てくる人たちの顔を確認しながら、この世で最も好きな、幼馴染の
「あ、津村さんだ」
部員の一人が瑠姫の苗字を呼んだ。同じ二年生だということしか知らない。他の部員も瑠姫を見て頬を緩めて近寄ってくる。
「津村さん、今日もかわいいね!」
「永人ならもうすぐだと思う」
「あ、出てきた。おーい、永人! 津村さん!」
瑠姫はその場から二歩下がって、部員の影から永人を視認する。瞬時に頬が綻ぶ。
「永人、お疲れ」
永人は色素の薄い瞳を和らげ、小走りで瑠姫の前に立った。
「瑠姫。お疲れ」
――私はこの人が好きだ。
誕生日は、八月十八日。獅子座。二年一組、出席番号二十三番。身長百七十センチ。体重不明。少し人より色素の薄い瞳と、猫みたいな軟らかい髪の毛が特徴的。好きな食べ物は漬物で、特にキュウリが好き。嫌いな食べ物はキノコとチョコレート。好きな科目は英語、嫌いな科目は数学。友達は多いほうで、中学からいろんな女の子に告白されるほどの整った顔をしている。
永人は、百六十五センチの瑠姫に少し近づいて、見下ろした。
「今日は、何を作ったの?」
「オリジナルドレッシング」
「相変わらず、変なのばっか作ってるんだね」
「そうでもないよ? 油にも相性があるんだからね」
「へえ、油ってオリーブオイルとサラダ油以外にあるんだ」
「死ぬほどあるよ」
永人はふっと笑みを零した。
「じゃあ、帰ろうか。みんなまた明日」
「いいなぁ、永人。津村さんと帰れて」
「ほんとほんと、こんなかわいい幼馴染がいて羨ましい」
永人は「ハハハ」とだけ言って、視線を一定に留めた。あとからやってくる人を待っているのだろう。
現れたのは、
波川は瑠姫を視界に入れて、疲れて欠伸をしようとしていた口を途中でやめて呑み込んだ。
「じゃあね、平介」
「お、おう。津村さんも」
「……あ、はい」
瑠姫は永人に合わせて、一緒に歩きだした。そして、同時に校門を出た。
永人との距離は十五センチくらい。周りはこの距離を、「恋人」と呼ぶ。私たちは、この距離を「友達」と呼ぶ。それはいつまでも変わりなく、この人生が終わるまで続く。
――私は、私を呪っている。
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