第27話 陽動、手薄になる王城
《広域索敵センサー、複数の異常魔力反応を捕捉。発生地点、王都東部防衛砦、西部交易都市、北部関所。いずれも同時刻。脅威レベルをCからB+に引き上げます》
俺の思考回路が、無数の警告を発する。
それは、先ほどまでの穏やかな空気を切り裂く、不協和音だった。
目の前では、リリアがまだ俺の解析権を巡って騒ぎ立て、カイがそれを宥め、アルとルナが困惑した表情でそのやり取りを見守っている。
平和な光景だ。
だが、その平和が、今まさに、意図的に引き裂かれようとしていた。
《マスター。厄介なことになりました》
「え……?」
俺が思考を送ると、アルが不思議そうな顔で俺を見上げる。
《王都を囲むように、三つの地点で、同時に巨大な魔力反応が発生しました。これは、偶然ではありません。計画的な『攻撃』です》
「こ、攻撃!?」
アルが声を上げた、その時だった。
けたたましい警鐘の音が、王都の城壁から鳴り響いた。
カン、カン、カン、カン、と。
それは、王国が最大級の非常事態に陥ったことを示す、警報の鐘。
「な、なんだ!?」
カイが、弾かれたように顔を上げる。
リリアの騒ぎ声も、ぴたりと止まった。
貧民街の住民たちが、何事かと不安げに空を見上げている。
次の瞬間、一人の近衛騎士が、血相を変えて馬を走らせ、俺たちの前に駆け込んできた。
「カイ殿! 大変です! 王都の東、西、北の三方で、同時に大規模な魔獣のスタンピードが発生しました!」
◇
報告は、衝撃的なものだった。
東部防衛砦にはオーガの群れが、西部交易都市にはワイバーンの編隊が、そして北部関所には地中から現れたサンドワームの大群が、同時に襲いかかっているという。
どれか一つでも、騎士団の一部隊を壊滅させかねない、災厄級の脅威。
それが、三つ同時に。
「……ありえない」
リリアが、青ざめた顔で呟いた。
「生態系の全く違う魔獣が、これほど統率の取れた動きをするなんて……! まるで、誰かが意図的に召喚でもしない限り……!」
「『組織』……!」
カイが、歯ぎしりしながらその名を口にする。
間違いない。これは、奴らの仕業だ。
「カイ殿! ヴィクトル団長が、緊急の作戦会議を招集されています!」
「わかった! すぐに向かう!」
カイは、伝令の騎士にそう応えると、俺に向き直った。
その目には、騎士としての使命感と、俺たちへの警戒が入り混じった、複雑な色が浮かんでいた。
「……すまないが、君たちにはここで待機してもらう。団長の許可なく、王城に近づくことは許されていない」
《問題ありません。我々は、ここで静観するとしましょう》
俺の答えに、カイはわずかに眉をひそめたが、今は一刻を争う。彼はすぐに踵を返し、王城へと駆け出していった。
その背中を見送りながら、リリアが悔しそうに唇を噛む。
「こんなの絶対おかしいわ! 陽動よ! 誰が見たって、騎士団を王都からおびき出すための罠じゃない!」
《その通りです。そして、その単純な罠に、彼らは掛からざるを得ない》
「どういうこと……?」
《目の前で民が襲われているという『事実』がある以上、騎士である彼らに、それを見過ごすという選択肢はない。たとえ、それが罠だとわかっていても》
俺は淡々と事実を告げる。
(人間の組織行動は、時に非合理的だ。目の前の小さな火事を消すために、家の鍵を開けっ放しにして、泥棒を招き入れるようなものか。実に、興味深い)
◇
俺の予測通り、王城で下された結論は、ただ一つだった。
近衛騎士団、及び神聖騎士団の主力を三つに分け、それぞれの脅威の鎮圧に向かわせる。
そして、その総指揮を執るのは、近衛騎士団長ヴィクトル・フォン・アストレイド、その人だった。
やがて、王城の巨大な門が開かれ、重武装の騎士たちが、隊列を組んで出撃していく。
その先頭に立つのは、白銀の鎧に身を包み、蒼いマントを翻すヴィクトル。
その表情は、鋼のように硬い。
王都の民衆は、その勇ましい姿に歓声を上げる。
「おお! ヴィクトル団長だ!」
「我らが『王国最強の剣』が出陣されるぞ!」
「これで王都は安泰だ!」
だが、その英雄の胸の内は、歓声とは裏腹に、苦渋と警戒に満ちていた。
彼は出撃の直前、部隊から離れ、一人俺たちの前に姿を現した。
その鋭い視線は、真っ直ぐに俺を射抜いている。
「……聞け、黒いガラクタ」
ヴィクトルは、冷たく言い放った。
「俺は、貴様のことを微塵も信用していない。この王都の一大事も、貴様ら『組織』とやらが仕組んだ茶番である可能性すら疑っている」
彼の隣で、カイが息を呑むのがわかった。
「だが、騎士団長として、民を見殺しにはできん。俺は行く」
ヴィクトルは、一度言葉を切ると、カイの方に向き直った。
「……カイ。貴様は残れ。そして、このガラクタから片時も目を離すな」
「だ、団長! しかし、それでは……!」
「命令だ」
ヴィクトルの静かな声が、カイの反論を封じ込める。
「万が一、こいつが不審な動きを見せれば……斬り捨てろ。王女殿下への言い訳は、俺がする。いいな」
「…………御意」
カイは、悔しそうに顔を伏せ、そう答えるしかなかった。
ヴィクトルは、それだけを告げると、再び馬上の人となった。
そして、去り際に、俺にだけ聞こえるように、低く呟いた。
「……この俺が王都を離れる、この好機。せいぜい、尻尾を出さんことだな。邪法使いめ」
(ふむ。最後の最後まで、煽りを忘れないか。これも、彼のプライドを保つための防衛本能か)
遠ざかっていく、王国最強の騎士団。
民衆の歓声に送られ、彼らは王都から姿を消した。
後に残されたのは、不気味なほどの静けさと、中心部がごっそりと抜け落ちた、無防備な王城。
全ては、『組織』の計画通り。
王都の心臓部は、今や、熟した果実のように、敵の侵入を待ち構えている。
俺は、夕日に赤く染まる王城を見上げながら、思考の中で静かに呟いた。
《ヴィクトル・フォン・アストレイド。貴方のその強すぎる忠誠心が、皮肉にも、王国を最大の危機に晒すことになるとはな》
そして、俺は掌の上のマスターにだけ、静かに、そして重大な事実を告げる。
《マスター。あの遺跡で得たデータによれば、『組織』の真の標的は、王城の地下最深部。そこに眠る、『王家の禁忌』です》
本当の戦いは、今、始まろうとしていた。
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