【短編】かつて先輩にNTRれた幼馴染と、偶然二人きりで部屋にいる話

八木耳木兎(やぎ みみずく)

【短編】かつて先輩にNTRれた幼馴染と、偶然二人きりで部屋にいる話





「断る」

「うぅっ……!!」






 幼馴染の美継みつぐの頼みを、俺、まもるは一蹴した。


 わざわざ久々に二人で話す機会ができたのに申し訳ないが、だからってさっき彼女が言った頼みを承諾するかというとNOだ。






「よりを戻そうと言われても、俺はもう君とは関わりたくないんだ。ごめんな、美継」

「ねぇマモル君……もう一度チャンスを頂戴? また昔みたいに仲良くやろうよ!」

「その昔の思い出を汚したのは、君自身だろ」






 昔と全く変わらないあだ名で、俺のことを呼んで来る美継。

 はたから見れば微笑ましい光景なのかもしれないが、その事実に俺は反吐が出ていた。






 確かに幼稚園の頃の俺たちは、実の兄と妹のように仲が良かった。

 中学に入って、異性として意識し合い始めた結果、付き合うことにもなった。






 


 だが、そんな関係も、あの日すべて打ち砕かれた。

 高一の夏の日、ラブホテルから金持ちの先輩と出て来る彼女を見た、その日に。

 そう、あの日俺は彼女を寝取られ、彼女は俺を裏切ったのだ。






「大体君には、同じ大学へ行ったあの金持ちの先輩がいるじゃないか。あの人と一緒になればいい」

「マモル君も知ってるでしょ……あの人は最低のクズだったのよ! だから個人情報漏洩事件に関わって捕まっちゃったのよ!!」

「5年付き合っておいて、彼を庇う気もないのか。俺のこともそんな風に裏切ったわけだな」

「そ、それは……」







 美継の言葉は、全てが白々しかった。

 なびいた先輩のことを今になってクズ呼ばわりしてはいるが、誠意が一つも感じら

れない。

 そもそも本当によりを戻す気があるなら、今この状況下では頼んでこないはずだ。





「一生のお願いよ……マモル君、私とよりを戻して!」

「あのなァ!」




 ある種の牽制のつもりで、俺はそう声を荒げた。

 これ以上何か言ってきたら、人を呼んででも彼女をこの部屋から別の場所へ連れて行くつもりだった。

 そもそも俺がこの場にいるのは、こいつに会うためでは断じてない。

 俺は仕事中、たまたまこいつに遭遇したにすぎないのだから。

 こいつなんかには何の用事もない。今この瞬間も、これからも。







「今そういう話でここ座ってるんじゃないだろ、キミ」

「う……」




 無機質な部屋で、自分がなぜこの場にいるのかを、俺はやや声を荒げて彼女に自覚させた。




「今この場では、キミは観客、俺は責任者だぞ。俺はキミに厳重注意をして、キミはそれを聞いて反省する義務がある。プライベートを持ちだす場じゃない」

「で、でも私……大好きな人たちで、生で見れると思ってずっと楽しみにしてたから」

「だからってさ」




 俺は改めて、美継に向き直った。

 自分が何をしでかしたかを、改めて思い知らせるために。

 



 









「なんでアイドルグループのライブで全裸になってたわけ?」











 俺の幼馴染兼元カノにして、人気アイドルグループ・Heatmanの札幌ライブで全裸になってペンライトを振っていた厄介ファン・押勝おしかつ美継みつぐに、俺――同ライブの運営スタッフの責任者の一人としてここにいる間脚まあしまもるは問いただした。




「俺あんな形で幼馴染の全裸見ることになると思わなかったわ」

「えっでも子供の頃一緒にお風呂に……」

「行水だし二人とも水着だっただろ」





◆   ◆   ◆





 202X年、11月。

 国民的アイドルグループ・Heatmanの五大都市ドームツアーは、極寒の街・ここ札幌で幕を開けた。

 5万人を超すキャパでのドームでありながら、チケットは即日完売。 

 当日も満員御礼で、アイドルたちのパフォーマンス・コンディションも共に完璧、大成功に終わるかと思われた。

 全裸でペンライトを振っている観客がいる、という別の観客からの連絡を聞くまでは。




 それを別の観客の人から聞きつけ、控室でVTR越しにアイドルたちの活躍を観ていた俺はただちに出向かう羽目になった。

 だから、色々な意味で言葉を失った。

 5万人がいる公衆の面前で公然わいせつ罪をかましているので連れて行こうとした女が、幼馴染にして元カノだったのだから。

 



「公式では言及してないけど目白めじろ君もルウラー君も、浅澤あさざわ君もびっくりしてたぞ……前井まえい君と民舘たみだて君は笑ってたけど」

佐久側さくがわ君は、どう言ってたの??」

「うん、ピンクのペンライト降ってたから彼の推しだとは思ってたけどな。俺の口からは言えない、お前の承認欲求を満たすわけにいかないから」



 こう言っている俺自身も、佐久側君の口からは何も訊いていないし、訊くつもりもない。

 他のメンバーが彼女について話してる間、見るからに微妙そうな顔をしていたし、あんな推しがいるって思い出させるのは酷だと思ったので。



 そして、俺はこの後も残酷な真実に向き合わねばならなかった。

 この女がアイドルのいる現場で問題を起こしたのは、、という真実に。



「でね、公然わいせつ罪でキミのことを要注意リストに入れなくちゃって思ってさ、ちょっとキミについて2,3、調べさせてもらったんだ、SNSアカウントとかをね。そしたらさ、過去にやった色んな事が明らかになっちゃったんだ」

「し……してないよ。今日たまたま気持ちが昂っちゃっただけで……」

「うん、キミがそう言うならそうかもしれないね。ところでこれは個人的な話になるんだけどさ、俺の同僚兼今カノの真澄ちゃんって、ここのライブスタッフのバイトで知り合ったんだよね」




 ライブスタッフとしての職場仲間の葉樫はがし真澄ますみちゃんとは、去年スタッフ仲間として知り合った。

 人当たりのいい娘で国民的アイドルたちにも物おじせずに人一倍明るくサポートする、その元気に勇気づけられていたし、魅かれていた。




「ポニーテールがキュートな女の子でさぁ、性格もすごく明るくて優しいし、今はお前が空けてくれた隙間を埋めてくれる俺の大切な人にもなってくれてる。そんな彼女と一緒に撮った写真が、これ」

「え? ……こっ……この女って……」

「そうだよ、5月下旬に大炎上して誹謗中傷まで食らったハガシ役のスタッフだよ」



 当時のことを思い出すと、今でもはらわたが煮えくり返る。

 5月に幕張メッセで行なわれた音楽ライブで、真澄ちゃんはいわゆるハガシ役担当だった。

 ライブ終演後に会場を離れていくファンに出演アイドルが直接会うサービス、いわゆるお見送り会の際に、ファンを出口へと誘導するための役を任されていたのだ。

 彼女の誘導を直接は見ていないが、気の強い女の子だし、確かにやや強引なファン誘導だったのかもしれない。

 しかしその翌日、SNSで巻き起こった彼女をターゲットにした炎上は、明らかに度を超えていた。



 誹謗中傷がどのようなものだったかはもう思い出したくもないが、彼女を守るために、謝罪文を出そうとするライブ運営スタッフに「誹謗中傷には法的措置を取る、とはっきり書いて下さい」と直談判までしたことは覚えている。



 そうやって庇ったことがきっかけで真澄ちゃんの方から誘われた食事が、今俺達が付き合ってるきっかけだ。

 相手の不幸をダシにしたみたいで、あまり自慢できるようなきっかけじゃないけど。




「でな? 今回キミのアカウントを調べたんだけど、同じ個人情報のアカウントが、不正アクセス、および脅迫で凍結処分になってたことが明らかになっちゃったんだよね。それも5月下旬に」




 なぜか黙る美継に、俺は改めて向き直った。

 個人的な感情を、眉間のシワに寄せて。







「あの時、真澄ちゃんの住所特定しようとしてたのキミだろ?」







 あの当時の真澄ちゃんのアカウントへの不正アクセスと、同アカウントへの誹謗中傷の記録。

 その記録によって割り出された一つのアカウントは、美継の現在のアカウントと個人情報がそっくり一致していたのだ。

 こいつの前彼―――俺からこいつを寝取った金持ちの先輩が、不正アクセスの常習犯だったこともあり、こいつが彼から得た技術で真澄ちゃんの個人情報特定のために不正アクセスを画策していたのは明らかだった。




「【シュシュネキ】とか皮肉たっぷりのあだ名であの娘を罵倒しやがってよォ。感謝しろよな、元々気が強くて炎上にもそこまで傷ついてなかったから法的手段にまでは出なかった真澄ちゃんによ」

「うぅ……」




 若干キレ気味に言った俺に、怯えたような表情を見せる美継。

 俺も私怨でものを言い過ぎたとはいえ、どの面下げて、という言葉が似合う状況だった。



「ねぇ、家族にだけは言わないで。家族にまで、風評被害が来るのは避けたいから……」

「全裸でライブ観といてどの面下げて……そう言われても緊急連絡先に通報しないとならなかったから、君のお母さんに連絡しようとした。でもできなかった」



 めまいの原因はもう一つあった。

 今回は彼女本人がしでかしたことではないが、彼女の関係者に問題があった。



「彼女の今の連絡先を、誰も知らなかったんだ」



「だから母さんに、キミのお母さんのことで何か聞いてないか教えてもらった。キミが浮気して家族ごと縁を切るまで、母さんと彼女も友人同士だったからな。でわかったんだけど」




「今年6月に韓流アイドルグループの男性にキスして捕まってたの、あれキミのお母さんだったんだね」

 あまり無関係の家族にまで悪口を言いたくはないのだが、俺でも流石に思った。

 子が子なら親も親だ、と。




 いくらハグ会という名目で抱きつけるイベントとはいえ、流石に母親ぐらいの年齢の一般人が若い異性にキスをするのは完全に一線を越える行為だ。

 当然のように、彼女は強制わいせつ罪で起訴。

 まして海外の現場で海外アイドル相手の行為だったので、韓国で彼女は大炎上し、日本でも「日本の恥」という批判が殺到した。




「キスの瞬間を撮ったあの写真見た時、違和感あったんだよなー……どっかで見たことあるなーこのオバサンって。国またいで炎上したって意味ではある意味キミよりヤバいな」

「は、韓流アイドルってことは私自身はママから聞いてないし……」

「ともかく!!」


 

 論点がずれそうだったので、俺は声を荒げた。



「キミのやったことも、お母さんのやったことも、男女逆で考えてみな? 女性アイドルグループのライブに全裸でやってくる男性ファン、女性アイドルの握手会でキスする50代のおっさん。令和は男女平等の時代なんだから、これでも捕まらなかっただけ甘々な措置だぞ」

「ごめんなさい。二度としないから……私、辛かったの。あの先輩にも捨てられて、もうアイドルを推すことしか生き甲斐がなくなっちゃって……」

「うん、真澄ちゃんにもそんな過去があったって聞いたし、俺もお前に裏切られた時は女性アイドルを推してたよ。キミと違って俺たちは、境遇を言い訳に人様に迷惑をかけるようなことはしなかったんだけどな」

「私……どうなるの?」

「反省の意図がなければ、普通に考えて今後うちの運営する一切のライブには出禁かな。ちなみにHeatmanのライブはほぼ全部うちの運営がやってるから」

「……わかりました……反省、します……」

 白々しいんだよ、と言いかけた俺の口は、かつての幼馴染の表情を前にして止まった。

 どうせこの表情で、色んな男を垂らしこんできたんだろう。

 そんなもんには騙されない。

 理性では、そう考えていた。 






「マモル君、でも私……」

 だが、本能的な部分で思った。

 こいつ、相変わらず……

 外見だけだったら―――






♪キュートなだけじゃ、ダメですか?♪(そのまま引用したら怒られそうなので少し変えます)

「出禁」





 アイドルグループ【KAWAII STREET】の歌詞を引用してきた美継に、俺は二言で鉄槌を下した。







◆   一年後   ◆





「Clocklesz、ドームツアー最終公演お疲れ様でしたー!!」




 ポストHeatmanとも言われている若手男性アイドルグループ・Clockleszの全国ドームツアーは、ここ東京ドームで大成功のうちに幕を閉じた。

 ライブ運営スタッフ・それも昨年のようにバイトではなく社員として、パフォーマンスを終えてきたアイドルたちを拍手とねぎらいの言葉で迎える俺。


 



「皆さん、最っ高のパフォーマンスでしたね!! 俺まで途中からお客さんの気分になってました」

「信頼できる運営スタッフがいてくれるおかげですよ。いつも感謝してます!! それより間脚さん、いつ葉樫さんにプロポーズするんですか?」

「ちょっ……や、やめてくださいよォ!!! 彼女とはまだそんな段階じゃ……」

「でも彼女、インスタで間脚さんとのラブラブ写真ばっかり上げてますよ」

「二人のイチャイチャしてる光景、見てるこっちまで甘い気分になっちゃうんですよねー」

「で、俺ら楽屋で、葉樫さん絶対間脚さんからのプロポーズ待ちだよなって話してたんですよ!!」

「あーはいはい!! 俺らの話はそこまでにして、打ち上げに向かってください。僕らはもうちょっと後始末がありますんで!!」



 そう言って。Clockleszのメンバーたちを誘導する俺。

 推しの女性アイドルへの布施を溜める感覚で始めたバイトが、いつしか俺の天職になっているとは思わなかったな。

 まして、今同棲している真澄ちゃんとの出会いの場になるだなんて。



「いやー、今日が大成功でよかったよなー、時期が時期だけに……」

「ここ数週間、ちょっと厄介なことあったもんなー……」

「ほんとだよ、まったくなぁ……」

(ん……?)



 去っていくClockleszのメンバーの会話に、少し違和感を覚える俺。

 何か、直近で問題でもあったかのような会話だった。





「……彼ら、何かあったんですか?」

「ああ、気になりましたよね。その件でしたら、私が説明します。実は彼ら、最近SNS上で誹謗中傷を受けてたんです」



 彼らのマネージャーが、割って入ってくれた。




「誹謗中傷って、炎上……とかですか? ここ数ヶ月では不謹慎な一発ギャグでのプチ炎上以外で何も起こしていないような……」

「うん、実はそれとは違ってて。大っぴらな炎上沙汰とは違って、DMで厄介勢から中傷を受けてたんです」



 なるほどDMか。

 特に炎上していない時であっても、厄介で常軌を逸したファンによる個人攻撃が跡を絶たないこともある。

 公にはバレない形で、ろくでもないメッセージを送ってくるような連中が一定数要るから質が悪い。

 まして彼らは有名人なので、注意を喚起したり、苦言を呈したとしてもかまってほしさに余計悪意あるDMが殺到するという悪循環が起きるだけだ。




「でもアンチのDMなんかにいちいち傷つくようなタマじゃないでしょ、みんな」

「そうなんですけどねー、ここ数ヶ月で特に厄介な個人アカウントに出くわしちゃったんです。数日で1000DMなんて異常でしょ」

「そ、それは確かに異常ですね……」

「一番マシなのだけスクショしたんですけど、ほらこれ」

 




『よくもCMを交代してくれたわね? 絶対に許せない』

『ヨルマイルドのCMは、アンタたちみたいな素人崩れじゃなくて佐久側くんこそふさわしいのよ』

『清潔感ゼロじゃない、薄汚い』





「どうですか? ただ佐久側さんからCMのバトンを受け取っただけでこんな誹謗中傷を個人で1000も投げ込まれたら、そりゃ彼らも滅入りますよ……ドームツアーが無事終わって私もほっとしてます」

「……こいつ……」

「あー、はい、DMの内容から言ってHeatmanのオタクってことはわかるんですけど……」

「いや、そうじゃなくて、アイコン……」

「え?」




 その瞬間は、俺まで滅入りそうだった。

 一度凍結済みなのでアカウント名は微妙に違うが、アイコンが完っ全に見覚えのあるアカウントだった。





 プルルルル……

 マネージャーさんに別れを告げた後、俺はほぼ反射で電話をかけていた。






「もしもし、警察ですか? Heatman全裸女兼シュシュネキ住所特定女がまたやらかしたんで、通報していいですか?」



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【短編】かつて先輩にNTRれた幼馴染と、偶然二人きりで部屋にいる話 八木耳木兎(やぎ みみずく) @soshina2012

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