事件と怜雄

「その映像は」


村瀬も口早に聞いた。


「これです」


彼が手に持ったタブレットの映像をこちらに向けてくれた。人も車も通らない夜に、一台のバンが倉庫の中に入っていくのが確かに写っていた。撮影された時間を見ると午後10時、被害者の死亡推定時刻とも矛盾はなさそうだ。


「これなら足跡追えるかもしれませんね」


山形が興奮気味に言った。この車のナンバーをたどれば、犯行現場を特定できる可能性も出てくる。そうなれば捜査が飛躍的に進歩するのは間違いなかった。しかし、何かが引っかかる。そしてそれは山形も同様らしい。何かに思い立ったような顔になった後、映像を渋い顔で凝視している。


「運転手とナンバーは」

「運転手は男で間違いないようです。ナンバーは今照会中ですね」

「わかった」

「もう捜査本部も立ち上がりますし、捜査会議も始まります。お三方にも参加していただきますが、よろしいですね」

「もちろんだ」

「では2時間後に浦和署で会いましょう」


そうして彼は車に乗り込み、去っていった。


「手がかり見つけて、一歩前進ですかね」


村瀬はそう言ったが、言葉とは裏腹に、その口調にはどこか固さがあった。


「どうしたんですか、村瀬さん」

「いや、考えすぎかもしれんが・・・」

「それでもいい。気になることがあるんなら言ってみろ」

中垣に促され、村瀬はゆっくりと、口を開き始めた。

「11年前も今回も、犯人はおそらくわざと遺体を残してますよね」

「ええ」

「そうだな」


山形と中垣がそれぞれ頷く。


「わざと証拠になる遺体を残してるってことは、犯人には何か狙いがあるはずなんです。あの防犯カメラの映像も、写真も、犯人がわざと残したものだとしたら・・・もちろん今回の事件と11年前の事件がつながっていることが前提ですけど」

「11年前と同じか。こっちを手詰まりに追い込むためのヒントってわけだな」

中垣が腕を組んでうなった。


「なんというか、犯人は警察を動かしたがっている気がするんです。そのために、わざとこちらにヒントを与えている」


村瀬は再び思考の海の中に潜った。警察への挑戦だとしたら、なぜ今頃犯行を再開した?再び世間の注目を浴びたかったのか?いやそれはない。そうだとしたらもっとセンセーショナルなメッセージを残すはずだ。ならば・・・・


「でも現状、俺たちには遺体、車、あの写真、それ以外のヒントはありませんよ。罠だろうが何だろうが、もう乗るしかないでしょ。さっきも言いましたけど、いったん11年前のことは忘れましょう」


山形の言葉は不本意だが、その通りだ。

「嫌なもんだな。年を取るってのは」

三人は車に乗り込んで浦和署に向かったが、その間、言葉を交わすことはなかった。


朝パトカーのサイレンが鳴り響く音で、怜雄は飛び起きた。ついに倉庫を住居としていることがばれたのか、それとも裏稼業がばれたか、周りを警察が囲んでいるとすれば逃げ場がない、どうする、寝起きの頭を必死に回すが、ろくな考えが浮かんでこない。そこまで考えたところで、おかしいことに気づいた。突入するような気配もなければ、呼びかけもない。それにパトカーのサイレンは少し遠くの場所でなっているような気がした。


恐る恐る外に出てみると、怜雄のいる倉庫から200メートルほど離れた場所に、警察がいた。鑑識もいるようだし、規制線も張られている。海から遺体でも流れ着いたのだろう。だがこの場所に遺体が流れ着いたことなど今までなかったはずだ。少なくとも怜雄がこの倉庫に住み始めてからはない。海流が変化して、たまたま流れ着いたのだろうか。


とにかく警察がいるとなると、今日は外に出れないだろう。七瀬とも今日は会えない。今日はある程度仕事が片付いたから、久しぶりに七瀬とゆっくりできるはずだったんだがなぁ、そんな憂鬱な気持ちで怜雄は、スマホで電話をかけた。


「もしもし七瀬?」

「怜雄?どうしたの」

「すまん。今日は倉庫に来ないでくれ」

「えっ、なんでよ」

「多分だが、あの倉庫街で遺体が見つかった。警察も来てるし、今日こっちに来るのはいろいろ面倒なことになりかねない」

しばらくの間があった。

「そっか。じゃあしょうがないね」

「本当にすまん。今度またどっかに遊びに行こう」

「ホント?じゃあ次は遊園地ね。お昼代はおごってよ」

「あ、ちょっと。おい」


画面に向かって呼び掛けてみても、返事はなかった。遊園地に行きたい、と言ったときの七瀬の声は非常に楽しそうだった。遊園地が好きなのか、それとも怜雄が自ら誘ったからか、後者だといいなと思った。


今日は平日なので学校があるが、欠席せざるを得ないだろう。少し咳払いをして、学校に電話を掛け、クラスと名前を言って体調不良で休むということをガラガラ声で伝えた。電話に出た教師は興味なさそうに相槌を打って、最後に思い出したように「お大事に」と小さく言って電話を切った。またあいつ休みか、そう職員室で愚痴る担任の顔が頭に浮かんだ。


外にも出れず、学校もない、七瀬も来ない、そう考えると暇になったので、ネットニュースを見るとやはり一番上に出てくるのは、与党大物政治家の不祥事だった。

売春に賄賂、その他にも汚職のオンパレードで連日ニュースになっているこの政治家はマスコミの、説明責任を果たすべき、という声を見事に無視し、今現在も病気で入院中だそうだ。未成年を買える元気はあるのに、病気とはなんだ、思わず笑みがこぼれる。


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