七瀬の過去

性的描写がございます。苦手なことはご注意ください



店長が部屋に入ってきた。手には鍵を持っている。


「おっ、もうそんな時間か。じゃあ、ナナちゃん。行こうか」


「はぁい」


気丈な声を装ったつもりだが、少し声が裏返ったかもしれない。動揺するな。これまでもやったことがないわけじゃないじゃないか。

廊下に出て、まっすぐ歩き、階段を下っていく。正面に見えるのは殺風景な廊下には似合わない、煌びやかに装飾されたドアだ。


部屋の中には、中央にキングサイズのベッド、天井にはシャンデリア、まるでキャバクラとラブホテルのスイートルームを合わせたような空間が広がっている。


ここはプレイルーム、言ってしまえば客が未成年の女の子たちとセックスをいたすための場所だ。普通のラブホテルに行くのは、リスクが高いので、大体未成年に体を売らせるような店は、店の地下にこのような場所を設けるのである。この場所は上で働いている正規のキャバ嬢たちにも知らされていない。知っているのは客を除いて、七瀬、店長、あとは、七瀬と同じように未成年で働いている女の子たちだけだ。


客がドアを開け、部屋に二人が入った瞬間に、七瀬は押し倒された。


「ナナちゃぁん、気持ちよくしてあげるからねぇ」


気持ち悪い笑みを浮かべながら、キスをし、胸をもまれる。


「あぁ、うぅん、いやっ」


そんな喘ぎ声をあげれば、客がますます興奮して息遣いが荒くなるのがわかった。


「あぁ、やっ、うぅ、あっ、だめっ」


客が盛り上がってくるにつれて、七瀬の体には赤いキスマークが散らされていく。


「やっぱ若いからだってのはいいなぁ。すぐ濡れてくれるねぇ」


何がすぐ濡れてくれるだ。こっそりジェルを塗り込んでいるだけだ。お前なんかで快感を覚えるわけないだろう。心の中で悪態をつく。


「ほらぁ、見てよ。もうこんなに大きくなった。私もまだまだやれるもんだ」


勃起したペニスを目の前でちらつかせられる。それを見た時、七瀬が心の中でついていた悪態、虚勢が霧のように消えてしまった。怖い、いやだ、逃げたい、そんな声に上書きされてしまう。もう何回も経験しているはずなのに、その気持ちが消えることはない。


怜雄、助けてよ、怖いよ

心の中で怜雄を思い浮かべ、呼んでも、打ち消せないほどの不安。ここにいる時はいつもこんな感情に襲われる。この感情にもいずれ慣れて、最終的には何も感じなくなるのかもしれない。そうなりたくはないな、と思った。


「じゃあいくよ」


コンドームを付けたそれが、自分の体を汚していく。その現実から逃げたくて、七瀬はぎゅっと目を閉じた。

会計が終わると


「ナナちゃぁん、また来るからね」


と言って、七瀬の手にキスをして去っていった。白馬の王子様でも気取っているつもりなのだろうか。だとしたら吐き気がする。王子様なんてものはいないし、ましてや私はお姫様でもない。仮に王子様なんてものが本当にいるとするならば、それは怜雄だけだ。


店長の車で送ってもらい、家に帰ってきたのは午前4時だった。正直眠すぎて、今にも眠ってしまいそうだが、入浴を済ませなければいけない。一刻も早く、体に染みついた酒とたばこのにおいを落としたかった。


出勤する前に沸かしておいた風呂につかると、体がほぐれ、緊張が取れていくのがわかる。この時間は至福の時だが、同時になんで、自分はこんなことをやっているのか、ここまで苦しく、気を張る必要があるのか、という思いを芽生えさせる場所でもあった。


今日の客の口づけを思い出し、一瞬涙が出そうになる。しかし、この仕事を続けなければ、お母さんにも会えず、何より怜雄に自分の秘密がばれてしまう。それだけはなんとしても避けたかった。もしばれれば、怜雄は自分から離れて行ってしまうかもしれない。


だからこそ頑張らなきゃダメなんだ。くじけるな、踏ん張れ、何回も自分に言い聞かせながら、七瀬は目を閉じた。


「やめて、あなた。この子を殴らないで!!!」

「うるせえ!!むしゃくしゃすんだよこのガキ!!」


ごめんなさい、お父さん、ごめんなさい、あやまるから、やめてください。小さいな声でそうつぶやきながら、小さな女の子が殴られている。女の子の肌には無数のあざ、やけど跡が散らばっていた。


母親は必死に父親に縋り付き、


「お願い、もうやめて!!殴るなら私を殴って!!」


そう泣き叫んだ。しかし父親の拳は止まらない。それどころか抵抗に腹を立てて、一層強くなったように思える。


なんで、あやまったのに、とめてくれないんだろう。いたいから、やめてほしいのに。


ないちゃいそうになる。でも、ないちゃダメ、またなぐられる。そうおもって、いっしょうけんめい、とめようとしても、ぽろぽろと、なみだがでてくる。


「おい何泣いてんだ。クソガキ!!!」


お父さんがこっちをむいた。またげんこつだ、めをぎゅっとつぶると


「おい、大丈夫か?美南、おいって」


その声ではっと目が覚めた。殴られる、そう思って辺りを見回しても、真っ暗で何も見えない。


「美南、大丈夫か。随分うなされてたぞ」


隣で怜雄の心配そうな声が聞こえた。そうだ、今は怜雄と二人で倉庫で寝てたのだ。


「なんか、ダメ、ごめんなさい、とか寝言で言ってたから、おかしいな、と思ってさ」

「そう、ごめん。心配かけて。なんか変な夢見ちゃってさ」


そう、今のは変な夢だ。年端もいかない女の子が父親に暴力を振るわれている、見ていて胸糞の悪くなるような、ただの夢だ。




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