秘密の守り人

@sun65445

殺人

「今日午前7時半頃にさいたま市の住宅で高齢男性の遺体が発見されました。佐々木さんは刃物のようなもので全身を刺されており―――」


テレビの向こうでアナウンサーが緊張した声を上げている。俺は画面をぼんやり見て、トーストにかじりついた。


目を閉じると、あの夜の光景が目の奥によみがえってくる。奴を押さえつけ、口をタオルで縛り、心臓を包丁で刺した。いや、刺したのは心臓だけだったか。他にもいろいろなところを刺した気がする。


普通なら殺人を犯した恐怖に震え、警察に見つからないように祈り、毎晩悪夢に襲われるのかもしれない。だが俺は、何も感じなかった。あの男を殺したことに後悔が毛ほどもないからだろうか。いや、ひょっとしたら俺はあの男を殺すためだけに生まれてきたのかもしれない。そう考えると、しっくりくる。


テレビの中では元警察とはとても思えないほど腹の出たコメンテーターが、犯人像を得意げに語る声が耳に入る。


「犯人はサイコパスで、殺人を好んでいるのでしょう。またほかの人が殺されるかもしれませんね」


えらく的外れな論評だ。こんな男が胸を張ってテレビに出れるぐらいだ、警察の能力も高が知れている。俺にたどりつくことは絶対にない。


――それでもどこかで、いつか報いは来るだろう。自分でもよくわからないが、殺人を犯して何もお咎めがないわけではないはずだ。なぜかそれは確信していた。


トーストを食べ終え、歯を磨き、最低限の身支度をして外に出ると、青空が無遠慮に広がっていた。いつもの散歩道、小学生の声、車の走る音。いつもと何も変わらない日常だ。そうだ、人が一人死んだからと言って、世界が変わるわけではない。当たり前だが、少し新鮮だった。


交差点を曲がって少し歩くと、橋が現れる。幽霊が出るとかで、地元の者が近寄らない場所だ。欄干に手をかけて下を覗くと、川面が黒くうねり、すべてを飲み込もうとする勢いで流れている。水深は四メートルほどか。ここなら、ありったけの事実を消せるだろう——誰かが見つけたとしても、特定は厳しい。


隠すための方法はいくらでもある。だが、自分が死ぬなら、ここで終わらせたかった。妻や娘との思い出の街ではなく、自分が生まれ、育ち、憎んだこの町で。別に俺は罪の償いをしたいわけではない。ただやるべきことをやったのだからけじめをつける。それだけだ。


欄干に足をかける。恐怖はない。惜しい命などもう残っていない。心残りは、妻と娘に言葉一つ残せなかったことくらいだ——殺人者になった今、それも叶わない。


準備はできている。息を吸い込み、体を震わせずに一歩を踏み出した。


落下する間、世界がゆっくりになる。走馬灯のように過去が流れ込む。娘が生まれた日、妻との思いで、一枚、一枚が写真のように心のアルバムに浮かんできた。


『ありがとう』


そして、体は黒い水の中へと姿を消した。




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