Pride and Preference 14

 一瞬だが、恐怖に近い何かが、ジリンの胸の底を駆け抜けていった。ようやく理性的に話のできる状態になった彼女たちが、ここからさらに豹変するという展開はアリだろうか? わからない。いつの時代も、この年齢の少女の最後の行動は、その物語が終るまでえてして予測困難なものなのだから。マーク・ベス子と名乗ったこのキャラが、魔女の哄笑を残してこの場を去ることになるとしても、何の不思議もないのだ。

 部長役のウサギが、くすりと上品に笑った。

「そう不安そうになさらなくても大丈夫です。私たち、ちゃんと話し合って、今日はここに来ました。……二人ほど、どうしても直接本人に問い質したいことがあるって言い張るのがいたもんで、ちょっと恥ずかしい流れにもなりましたけど」

 そう言ってリーダーウサギが横へ目線を流すと、並びの中の二匹ほどが決まり悪げに顔をそむけ、他のウサギたちが冷やすように目配せし合う。何と言うか、教室で見かけそうな女子学生の仕草そのものである。

「みんな、とにかく一度会いたかったんです。会えば前に進めるからって。色んな噂が飛び交ってるし、もしかしたら騙されるかも知れないけど、アバター越しでも対面してみたら、半分ぐらいはジリンさんの人となりが確認できるはずだからって」

「なるほど、君たちはこういう時でも〝人となり〟って言葉を使うんだねえ」

 ちょっと感慨深げに、ジリンが頷いた。

「で、満足はしてくれたのかな?」

 ウサギたちが顔を見合わせた。何かを言いあぐねている様子のリーダーウサギの隣で、二番手のようなウサギが手を挙げた。

「あの……ジリンさんの実物には会えないんですか?」

「……そんなに会いたい?」

「会いたいというか……会わなくちゃいけないんです、私たち」

 ジリンが首を傾げた。部長役の彼女より、さらに一枚論理派らしいそのウサギは、たまっていたものを吐き出すように語り始めた。

「あの、八つ当たりみたいな話ですみませんけど、私たちってこの七年間、さんざん間違った話を聞いてきたんです。私たちも二重三重に間違い続けて、もう今じゃ何が正しいのかわからない。だから、これだけは本当だって言えるところからやり直したいんです。ジリンさんの実物に会って、本当にこの人が『クマさんパラダイス』を書いた本人なんだって納得して、ここの庭で語ってるようなことを、本当に生身の頭で思考してるんだってことを実感したい。……ダメですか?」

 ジリンはほとんど迷わなかった。

「じゃ会おうか」

「えっ!?」

 素っ頓狂な声を上げたのは愛熊だった。

「いいんですか? リアルジリンとの対面なんて、うちでも全部門前払いしてるんですけど」

「いや、この子たちには権利があると思う。最初から身元を明かしてコメント書き続けてくれてたし。僕も、最後まで実体不明を気取るわけにもいかないよね」

「しかし、その」

「うん。……君たちには念を押しておかなきゃならないんだけど、実のところ、僕は君たちが想像しているよりも、多分まだ年寄りでね。今時の後期高齢者と言えば、未成年が対面してあまり気持ちのいい姿じゃない。言ってる意味、わかる?」

 ウサギたちが恐る恐る頷いた。

「それでも、来る?」

「……話はできるんですよね?」

「それはもちろん。ここでこうやってコミュニケーション取れてるんだから、その場でも同じことはできるよ」

「書いてるんですよね?」

「え? ああ、手先はまだちゃんと動くからね。文字入力は普通にできる」

「作品書いてるところ、拝見できますか?」

「まあ……構わないけど」

「じゃあ……行きます」

 七匹のウサギが一斉に頷いた。ジリンは柔らかい笑みでそれに応え、少し不思議そうな顔をしながらも、よしよしというように、どっかりと地面へ座り込んだ。


「イマドキの女子高生って、意外と保守化してるもんなんですかね。リアルの人間に会わないと納得できないなんて」

 ウサギたちの退室を見送ってから、愛熊が感心したように言った。ちょっと考えてから、ジリンは自説を展開した。

「考えてみれば、あの世代は生まれてから生活のほどんどをヴァーチャルな存在に囲まれてるからね。家とか学校の中で、先生や生徒と相手を見ながら話してる分には問題ないけど、一歩外に出れば、もう全部生成AIのデータでしょう? 無理もないかな。……あの子たち、最後まで僕のことを百パーセント信用してなかったよね。生身のジリンなんて、やはりどこにもいないんじゃないかって」

「ああ、それは私も実は」

「え、君もか!?」

「冗談です。私は一人置く形で、あなたの実物とつながってますからね」

 ジリンがいくぶん素に戻ったような挙動で愛熊を見つめ、薄く笑った。

「……やっぱり君は狩山に言われて来たんだな」

「そうです。というか、狩山さんと一緒に来たんですけどね」

 そう、ちらりと斜め上に視線をやり、改めて人好きのする営業笑いを浮かべると、退出のシークエンスに入った。

「お会いできて光栄でした。また寄らせてもらいますので。――ところで、せっかくの機会ですから言わせていただきたいのですけど……あのウサギさんたちが最後に口にしていたこと、私も全く同じ意見ですから」

「え、何の話?」

「『クマさんパラダイス』の最終回ですよ」

 眇めたジト目を残しながら、愛熊のアバターが透明になっていく。

「あのラストはないだろうって、彼女たち言ってたでしょう? 同感ですよ。今からでも改作リクエストの署名、私自身で集めたいぐらいです。じゃ」

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