Pride and Preference 9

 男をたぶらかすつもりでいたのが逆に遊ばれていことに気づいて、ベス子の怒りはいっぺんに沸点に達したようだった。恨みがましそうにジリンを睨みながら、後ろ足でドンドン地面を蹴り始めた。俗にいうウサギの「足ダン」である。

 が、実のところ、ジリンのこの〝庭〟は中途半端に実写っぽいアバター造形なので、まあ目元に青筋マークぐらいは出せるのだけれど、しょせんただのウサギのグラフィックであり、それほど迫力はない。そもそもウサギといえば、愛玩種の中では無表情・不愛想のイメージが群を抜いて高い動物なのである。同じく実写風でも、口の開き具合を様々に変えたり牙を見せたりできるクマの方が、よっぽど表情豊かだったりする。

 なので、今もジリンと愛熊は、楽しそうにでれっと半口開けた顔のポーズで、ベス子の神経を逆なでするようなことを口にしていた。

「うーん、可愛いね~」

「私、激怒してるんです! って、何なのこの設定! 足ダンする以外に能がないわけ、このアバターは!?」

「そんなにブチギレなくてもいいじゃないか」

「ブチギレるでしょ、意味不明でしょう!? 何がしたかったの!? カニバリズム、それとも猟奇ミステリー!? 私に被害者役をやらせて、テンプレサスペンスでも連載するつもりだったの!? で、タイトルは『注文の多い料理店殺人事件』とか!? お笑いだわ!」

 ジリンと愛熊が顔を見合わせ、急に真面目な顔つきになると、二人していきなり拍手をし始めた。感極まったように、ジリンが叫んだ。

「合格だ。おめでとう!」

「はいぃぃ?」

 面食らったベス子は呆然と立ち尽くし、しかしすぐにおびえたように後退あとじさった。拍手をしているクマの姿が、突然増え始めたからだ。ジリンと愛熊の横に同じようなのが二匹、さらにそれがダブり、もう一度倍増し、と、いつの間にかベス子を取り囲むように、二十匹ぐらいのクマがばふばふ手のひらを打ち付けて、祝福の歓呼を響かせている。なぜだか足元は月の表面みたいな荒れ地に変わっていて、空まで青空に切り替わっている。

「おめでとう」

「おめでとう!」

「おめでとーっ!」

 セリフは全部ジリンの声だし、よく見れば全部ジリンのアバターで分身の術をやってるだけだとわかるのだけど、色々と支離滅裂なだけにベス子はほとんどパニックしかけていた。

「何? 何!? 何なの!? 今度はエヴァ!?」

「あ、わかるんだ」

 本気で感心したようなジリンの声があって、途端に場面は元通りになった。暮れなずんできた森の風景に、大鍋と焚火代わりの火があって、ベス子の傍にジリンと愛熊が佇んでいるだけの。

「テレビ版エヴァの最終話を知っているとは。この『ジリンの流転図書館』に単身で乗り込んでくるだけのことはあるね」

「道場破りじゃないっての! って、いいかげん人で遊ぶの、やめてもらえません!?」

「だから、遊んでるんじゃないってば」

「どこが!? 宮沢賢治とかエヴァネタとか、何の意味もなしに並べて面白がってるだけでしょう!?」

「意味ならあるよ。君を試すためという大きな意味がね」

「試す? バカにしてんのっ? 『注文の多い料理店』って、小学三年の教科書に載ってるような話でしょ! 私がそのレベルだって言いたいの!? そりゃ私の原稿なんてこっちの作品なんかとは天地ほども開きがあるでしょうけど! そこまで侮辱するんなら、私だって――」

「ああ、そんな意味でのテストじゃなかったんだよ。わからないかな? ……試したのは君の文才じゃなくて、君の中身だよ」

「……はい?」

 ジリンが笑うように少しだけ口を開けた。ゆったりとした足取りでベス子の前まで歩み寄ると、あぐらをかくように座り込んで、口調だけはまじめに付け加えた。

「AIビジネスに興味を持ってるんなら、そこんところはちゃんと勉強しといた方がいいんじゃないかな。こういう空間だと、今どきはマジで区別がつきにくくなってるからね。そのためのテストってこと」

「何の……話?」

「だから、君の中身だよ。〝中の人〟の正体。ちゃんと小説ネタで遊べてバカも言い合える人間なのか、それとも人間のふりをしたAIエージェントなのか」



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