UFO─未確認飛行物体
神原 仁
UFO─未確認飛行物体
太平洋上空を飛行する旅客機のパイロットは、それを最初に見た人間のひとりだった。
「……管制、こちらボーイング107 。東南東方向に、ものすごい速度の光を視認。航空機とは思えない挙動だ」
同時刻、沿岸レーダーは「識別不能物体」を捕捉。
米軍基地では警報が鳴り響き、スクランブル発進の命令が下される。
レーダー室は騒然としていた。
「高度変動、ゼロから五千に跳んだぞ!?」
「どうやってだよ! 物理的にあり得ない!」
SNSは「UFOだ!」の文字で溢れ、アマチュア天文家のライブ配信は数万の視聴者を集めていた。
人々は空を指さし騒ぎ、軍は「未知の侵入者」として臨戦態勢に入る。
だが、その飛行物体は軍用機数機の接近と同時に、始めから存在しなかったかのように消えた。
「消失……? レーダーから完全にフェードアウト……」
緊張の余韻だけを残し、空は静寂に戻った。
地上に残されたのはは、混乱だけだった。
――地球から、わずか数百キロ上空。
小型探査艇のコクピットで、ひとりの若者がはしゃいでいた。
「ウッヒョー! やっぱ地球マジ最高!あの青、映えが違うんだよな〜。低文明って逆にエモい!」
彼は光学迷彩を切り、船体を地球に向けて傾ける。
彼はもちろん知っている。
地球は、絶滅危惧文化種生息域を理由とした特定保護区域だということを。
だが、知っているだけだった。
「前も逃げ切れたし、今回もヨユーっしょ!」
嬉々として高度を下げる彼の姿は、地球側から見れば「未確認飛行物体」そのものだった。
「警報! 特定保護区域内に未登録船!」
宇宙保護庁・第三監視セクターの職場に緊急アラートが鳴り響く。
保護官たちは顔を見合わせた。
「……またアイツか?」
「流石に違うだろ。前は逃げ切ったんだぜ?わざわざ捕まりに来ないだろ」
「いや、識別コード……前回と同じだ。完全にあのバカだ」
上官は額を押さえ、深い溜息をつく。
「地球人に見つかる前に確保しろ!」
別の保護官から報告が上がる。
「報告! 地球の軍が迎撃機を発進させています!」
「SNSで拡散中! “光の玉が飛んでいる”と!」
「見つかっているのならサッサと捕縛に迎え!今回は逃すなよ!」
職場の空気は、戦場のように慌ただしかった。
そんな時でも若者の探査艇は、地球大気圏の縁で軽快に飛び回っていた。
「ヤッバー!地球の雲、まじ綿菓子じゃん!これは絶対バズるっしょ!今すぐ投稿一択だわ!」
そこへ、背後から巨大な影が迫る。
保護官船だ。
「無許可侵入船、停止しろ! そのまま留まれ!」
「お!キタキタキター!追ってきたー!」
迷惑宇宙人は楽しげに逃げる。
まるで遊園地にでも居るかのように。
保護官は容赦なく追跡フィールドを展開する。
「フィールド展開!捕縛モード!」
「ちょっ、やめろって地球人にバレ――痛っ!」
青白い光が探査艇を包み込み、若者はあっさりと捕らえられた。
「……おとなしくしろ」
「ちょ、おい!痛いって!話せばわかるって!」
それでわかりあえるのなら、この若者はここにいるはずがないのだ。
宇宙保護庁・拘束室。
若者は椅子に座らされ、
淡々と違反内容が読み上げられる。
特定保護区域への無許可侵入
光学迷彩の無断解除
原住民文明への文化干渉リスク行為
疑似戦闘状態を誘発した危険行為
前回の罰金未納
公務執行妨害
etc...
その合計罰金額が告げられると、若者は青ざめた。
「ムリムリムリムリ!払えねーよ!?」
「親に泣きついたらどうだ。連行中も親が富豪だなんだと騒いでいただろ」
若者はうなだれ、保護官は疲れ切った顔で書類をまとめるのだった。
そんな愚か者を中央へ受け渡した数日後、中央の議会は記者会見を開いた。
「特定保護区域への無断侵入が増加しています。これを受け、我々議会は航行規制強化案の検討をしております」
保護官たちは報道を見ても、大きな期待や喜びは抱けなかった。
なにせ、過去規制強化案は尽くが流れてしまったのだ。
そんな中でも、僅かに期待は抱いてしまうもの。
「またか……。いや、今回こそ通るはずだ。SNSでも議論が活発化したんだ。通して負担を減らしてくれ」
しかし、彼らの願望に近い淡い期待は、即座に潰えることになったのだった。
発表から数時間もしないうちに、議会の前で大規模なデモが巻き起こったのだ。
「特定保護区域は差別だ!」
「地球にも我々と同じ自由を!」
「移動の自由を奪うな!」
「保護官の暴力を許すな!」
もっともらしい言葉を並び立て、代替案も改善案も持ち合わせず、ただただ大きな声で叫ぶだけのやつら。
けれど、そんなデモの実体なんなより倫理的・道徳的に"見える"言葉が映えるというもの。
もっともらしいだけの主張に乗ったメディアが煽り立て、世論は数日もしないうちに「規制反対」の方向に傾いた。
それを鑑みた議会は、再度会見を開いた。
「世論を踏まえ、航行規制強化案は再検討と致します」
つまりは日和ったのだ。
大きい声に怯え、白旗に等しい撤回宣言を下したのだ。
その事実に保護官たちは、全員同時に天を仰いだ。
「また……またこのパターンか……」
「じゃあバリア強化はされないってことかぁ〜」
「つまり、またアイツみたいなのが来れるってことだよな……」
疲労が混じった沈黙が室内に満ちた。
その頃、地球のニュース番組では――
「謎の飛行物体、またも目撃。政府は現在調査中との声明を発表しました。」
画面には一般人が撮影した“光の点”が映る。
同時に、宇宙保護庁のモニターにも新たな警告が表示された。
《特定保護区域:地球周回軌道に不明船接近》
保護官は冷えたコーヒーを一口飲み、心底疲れた声でつぶやく。
「……ああ、まただ。この仕事、いつ終わるんだろうな」
UFO─未確認飛行物体 神原 仁 @kanbara_novel
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