『俺達のグレートなキャンプ180 酵母超たっぷり!ふわふわドーナツ作るか』
海山純平
第180話 酵母超たっぷり!ふわふわドーナツ作るか
俺達のグレートなキャンプ180 酵母超たっぷり!ふわふわドーナツ作るか
「おーーーーい!千葉ぁ!富山ぁ!今回のキャンプはまたスゲェぞぉぉぉ!」
石川の声が、秋晴れの空に響き渡る。キャンプ場の駐車場で荷物を降ろしていた千葉と富山が、ビクッと肩を震わせた。石川の目はいつにも増してギラギラと輝いている。両手を大きく広げ、まるで何かの宗教の教祖のような笑顔を浮かべている。その姿はもはや危険人物だ。周囲のキャンパーが警戒の視線を送っている。
「ま、また何か変なこと考えてる...」
富山が眉をひそめ、不安そうに呟く。長い黒髪を耳にかけながら、警戒心MAXの表情で石川を見つめる。過去179回のキャンプで培われた、野生動物のような危機察知能力が発動している。こめかみがピクピクと痙攣している。
「変なことって何だよ富山!俺達のキャンプはいつだってグレートなんだぜ!?」
石川が胸を張る。その自信満々な態度は、根拠がないからこそ逆に恐ろしい。
「いや、前回なんてキャンプ場で即席ラーメン風呂作ろうとして管理人さんに怒られたじゃん...あれ一歩間違えたら出禁だったよ...?」
富山が疲れた表情でツッコむ。額に手を当て、深くため息をつく。その肩は重く、まるで世界の重みを背負っているかのようだ。
「でもあれ、最高に面白かったっスよね!管理人さんの顔、真っ赤でしたもん!血管浮き出てましたもん!」
千葉がニコニコしながら頷いている。屈託のない笑顔だ。その無邪気さが逆に恐ろしい。
「千葉、お前それフォローになってない...というか悪化させてる...」
富山の声が震えている。こめかみをグリグリと押さえる仕草に、積年のストレスが滲み出ている。目を閉じて深呼吸を繰り返す。一、二、三...。
「ハハハ!まぁまぁ!今回は大丈夫!ちゃんと食べ物作るだけだから!しかも超美味いやつ!」
石川がポンポンと富山の肩を叩く。満面の笑みで自信満々に宣言する。その表情からは一切の反省の色が見えない。むしろ誇らしげですらある。
「...食べ物?」
富山の目がピクリと動く。若干の希望の光が宿る。普通の料理なら、まだマシかもしれない。いや、石川のことだから何か裏があるはず...。心の中で葛藤が渦巻く。期待と不安が交互に押し寄せる。
「そうそう!今回はな...」
石川が懐から、折りたたまれた紙を取り出す。ゆっくりと広げると、そこには手書きの文字で「酵母超たっぷり!ふわふわドーナツ大作戦」と書かれている。文字の周りには、やたらとキラキラしたシールが貼られている。しかも「大作戦」の文字は赤いマーカーで三重に縁取りされている。
「ドーナツ...?」
千葉が目を輝かせる。まるで子供のようにワクワクした表情で紙を覗き込む。鼻息が荒い。
「そう!ドーナツ!しかも普通のドーナツじゃねぇ!酵母を通常の五十倍...いや、百倍入れて、超ふわっふわにするんだ!」
「百倍!?」
富山が素っ頓狂な声を上げる。目を見開き、口をポカンと開けている。思考が一瞬停止する。脳が理解を拒否している。
「そして味付けは...バター醤油とぉぉぉ...エスプレッソクリームだぁぁぁ!」
「エスプレッソクリーム!?何そのカオス!?」
富山が叫ぶ。両手を振り回し、完全にパニック状態だ。
「バター醤油とエスプレッソクリーム!超美味そう!天才っスね石川さん!」
千葉が拍手しながら感動している。目には涙すら浮かんでいる。完全に洗脳されている。
「だろぉぉぉ!?俺も昨日の夜思いついて、一睡もできなかったぜ!興奮しすぎて寝れなかった!」
石川が拳を突き上げる。目の下には確かに真っ黒なクマができている。しかしそれを補って余りある興奮状態だ。目が血走っている。
「いや、待って待って...」
富山が両手を前に出し、冷静になろうと試みる。深呼吸を三回。しかし心臓のドキドキは収まらない。むしろ加速している。
「酵母を百倍って...それ絶対膨らみすぎるよ!?というか、バター醤油とエスプレッソって味覚崩壊してない!?甘いの?しょっぱいの?苦いの?どれなの!?」
「そこがグレートなんだよ富山!常識に囚われてちゃ、真のキャンプは楽しめねぇ!味覚の冒険だよ冒険!」
石川が富山の肩をガシッと掴む。目と目が至近距離で合う。石川の瞳は狂気じみた輝きを放っている。まるで何かに取り憑かれたかのようだ。
「い、石川...目が怖い...距離近い...息がコーヒー臭い...」
「大丈夫大丈夫!とりあえずサイト設営しようぜ!テンション上げていこうぜぇぇぇ!」
テントとタープを設営し終えた頃には、もう昼過ぎになっていた。秋の日差しが心地よく、周囲のキャンプ場には他のキャンパーたちもチラホラと見える。ファミリーキャンパーが子供と遊んでいたり、ソロキャンパーが静かに読書していたり、カップルがイチャイチャしていたり、平和な光景が広がっている。この平和を石川が壊そうとしている。
「さぁて!早速材料の確認だ!」
石川が大きなクーラーボックスを開ける。ガサゴソと中身を取り出していく。その動きは早く、まるで手品師のようだ。いや、マッドサイエンティストのようだ。
「強力粉5キロ、バター2キロ、砂糖3キロ、そして...ドライイースト一キロぉぉぉ!」
「一キロ!?!?」
富山が絶叫する。通常のパン作りなら5グラムとか10グラムの世界だ。それが一キロ。完全に異常事態である。これは事件だ。
「ちなみに普通はどれくらい使うんスか?」
千葉が首を傾げながら聞く。純粋な疑問の表情だ。無垢な瞳で石川を見つめている。
「多分...10グラムくらい?いや、多くても20グラムとか?」
富山が震える声で答える。顔が青ざめている。血の気が引いている。
「ってことは50倍どころじゃない!?100倍!?」
「細かいことは気にすんな!とにかく超超超ふわふわになるぞぉ!天国みたいな食感だぞぉぉぉ!」
石川がニヤリと笑う。その笑顔は確信に満ちている。根拠のない自信がみなぎっている。もはや宗教だ。
「あとこれ!エスプレッソマシンとホイップクリーム!」
石川がポータブルのエスプレッソマシンを取り出す。キャンプ用の小型のものだが、やけに本格的だ。
「なんでそんなの持ってるの...」
「前に『野点ならぬ野カフェ』ってキャンプやっただろ?あの時の!」
「あぁ...あの時も大変だったよね...」
富山が遠い目をする。記憶が蘇る。悪夢のような記憶が。
「じゃあまず、粉をボウルに入れて...」
石川が特大のボウルを取り出す。直径60センチはありそうな、完全に業務用のサイズだ。というかタライだこれ。
「なんでそんなデカいの持ってるの...」
「前回のラーメン風呂で使ったやつ!洗って取っておいたんだ!再利用だぜ!エコだろ!?」
「全然エコじゃない!むしろ余計ダメじゃん!縁起悪いじゃん!」
富山が頭を抱える。両手で顔を覆い、小刻みに震えている。もう限界が近い。
ザザザザザ、と粉が豪快にボウルに注がれる。白い粉塵が舞い上がり、石川の顔が真っ白になる。まるでゴーストだ。
「おぉ!石川さん、顔真っ白っスよ!お化けみたいっス!」
千葉が笑いながら指摘する。スマホで写真を撮ろうとカメラを構える。シャッター音が連続で鳴る。
「ハハハ!これが料理魂ってやつだ!全身全霊で挑むんだよ!」
石川が粉まみれの顔で笑う。前歯だけが妙に白く光っている。不気味だ。
「次は砂糖と塩を入れて...」
ドサッ、ドサッと豪快に材料が投入される。計量なんて概念は存在しない。すべてが大雑把、すべてが豪快、すべてがカオスだ。
「石川、それ計ってないよね...?絶対計ってないよね?」
「フィーリングだよフィーリング!料理は心で作るもんだ!愛だよ愛!」
「それ絶対失敗するやつ...というか失敗確定...」
富山が小声で呟く。もう止める気力もない。長年の付き合いで学んだ教訓がある。石川を止めることは、台風を素手で止めるのと同じくらい無理だ。いや、それ以上に無理だ。
「そしていよいよドライイーストォォォ!これが今回の主役だぁぁぁ!」
石川がドライイーストの大袋を持ち上げる。高々と掲げ、まるで聖杯のように扱う。太陽の光を受けて、袋がキラキラと輝いている。
「一キロ全部入れるの!?本当に!?」
「当たり前だ!中途半端は俺達のキャンプじゃねぇ!全力投球!全力疾走!全力酵母だぁぁぁ!」
ザァァァァッ!
茶色い粉末が一気にボウルに投入される。その量は異常だ。明らかに多すぎる。常軌を逸している。粉の表面が完全にイーストで覆われている。もはや茶色い山だ。
「うわぁ...すごい量...これ本当に大丈夫なんスかね...?」
千葉が若干不安そうな表情になる。さすがの千葉も少し引いている。
「次はぬるま湯を入れて混ぜるぞ!」
石川がペットボトルから水を注ぐ。そして大きな木べらで豪快にかき混ぜ始める。ゴリゴリゴリゴリ、力強い音が響く。腕の筋肉が隆々と盛り上がる。
「おぉ!だんだんまとまってきたぞ!」
生地が次第に一つの塊になっていく。しかし、その色は微妙に黄色がかっている。イーストの色だ。そして粘り気が尋常じゃない。
「うわ、めっちゃ粘るんスけど!」
千葉が生地を触ろうとするが、指が生地にズブズブと沈む。そして抜けない。
「うぉ!?抜けない!石川さん助けて!」
「引っ張れ引っ張れ!」
石川と富山が千葉の腕を掴んで引っ張る。ズズズズ...という音と共に、ようやく指が抜ける。
「なにこれ!?超強力接着剤みたい!」
「それだけ酵母が活性化してるってことだ!グレートだろ!?」
「グレートじゃない!異常だよこれ!」
富山がツッコむ。しかし時すでに遅し。生地はできてしまった。
「あとはこれを一時間くらい発酵させるんだ!」
石川が生地の入ったボウルにラップをかける。ピッチリと密閉する。まるで危険物を封印するかのように慎重だ。
「一時間で大丈夫なの?普通もっとかかるよね?」
富山が疑問を口にする。まだ少しの理性が残っている。
「イーストが100倍だから、発酵時間は100分の1でいいんだよ!単純計算!」
「そういう計算じゃないと思う...というか絶対違う...」
富山が弱々しくツッコむ。もう諦めモード全開だ。魂が抜けかけている。
「じゃあその間にバター醤油のタレとエスプレッソクリーム作るぞぉ!」
石川が新しいフライパンを取り出す。バーナーに火をつけ、豪快にバターを放り込む。1キロのうち半分をドサッと。
ジュワァァァァ!
バターが溶け始める。甘い香りがキャンプサイトに広がる。濃厚な香りだ。
「おぉ!いい匂い!」
千葉が鼻をクンクンさせる。完全に犬のような仕草だ。尻尾があったら振っている。
「そこに醤油をドバドバァァ!」
ジュゥゥゥゥ!
醤油の香ばしい香りがバターと混ざり合う。その瞬間、周囲のキャンパーたちが一斉にこちらを向く。何事かと首を伸ばしている。
「ん?何あの匂い?」
「バター醤油...?昼から何作ってるんだろう」
「いい匂いだけど...ちょっと変わってるね」
「というかすごい量じゃない?」
ヒソヒソと周りから声が聞こえてくる。視線が痛い。
「みんな注目してるぞ!人気者だぜ俺達!」
千葉が嬉しそうに言う。周囲を見回し、手を振っている。人懐っこい笑顔だ。
「当然だ!俺達のキャンプはいつも注目の的なんだぜ!グレートなキャンプは目立つもんだ!」
石川がドヤ顔で胸を張る。自信満々の表情だ。周りの視線を浴びて、むしろ喜んでいる。
「それって良いことなの...?私たち変な人だと思われてない...?」
富山が不安そうに周囲を見回す。視線が痛い。とても痛い。穴があったら入りたい気分だ。地面に埋まりたい。
「次はエスプレッソクリーム!」
石川がエスプレッソマシンをセットする。カチカチとボタンを押し、濃いエスプレッソを抽出する。ジジジジジ...という音と共に、黒い液体が注がれる。
「これにホイップクリームと砂糖を混ぜて...」
ボウルにクリームを入れ、泡立て器で混ぜ始める。シャカシャカシャカ、リズミカルな音が響く。
「おぉ!いい感じに混ざってきた!」
クリームがだんだん茶色くなり、エスプレッソの香りが広がる。ほろ苦い大人の香りだ。
「これ絶対美味いやつじゃないっスか!」
千葉が興奮して覗き込む。よだれが出そうな表情だ。
三十分後。
「そろそろ発酵終わったかな!」
石川がボウルのラップを外そうとする。しかしラップがパンパンに膨れ上がっている。まるで風船のようだ。いや、爆弾のようだ。
「え!?何これ!?ヤバくない!?」
富山が驚いて後ずさる。異常事態だ。明らかに異常だ。危険を察知した本能が逃げろと叫んでいる。
「大丈夫大丈夫!予定通りだって!」
石川が余裕の表情で言う。しかし、その額には大量の汗が浮かんでいる。手も若干震えている。
ラップをゆっくりと外すと...
プシュゥゥゥゥゥ!
ボコボコボコボコ!
生地が泡立ちながら、みるみる膨らんでいく。まるで生き物のようにうごめいている。ブクブクと音を立てて膨張する。
「うおぉぉぉ!めっちゃ膨らんでる!生きてる!生地が生きてる!」
千葉が目を輝かせる。完全にテンションMAXだ。叫びながら飛び跳ねている。
「こ、これヤバくない!?本当にヤバくない!?止まらないよこれ!」
富山が慌てる。生地はどんどん膨らみ、ボウルの縁に達しようとしている。そして縁を超え、溢れ出し始める。
「ちょ、ちょっと待って!溢れてる溢れてる!」
「予定通り予定通り!問題ない!」
石川が汗をダラダラ流しながら言う。しかし表情は明らかに焦っている。目が泳いでいる。
ボコボコボコボコ!
生地はボウルから溢れ、テーブルの上に広がっていく。まるで溶岩のようだ。粘性の高い、不気味な動きだ。
「うわぁぁぁ!止まらない!」
「早く成形しないと!」
三人が慌てて生地を掴もうとする。しかし生地の粘り気が尋常じゃない。手を突っ込むと、ズブズブと沈んでいく。そして抜けない。
「抜けない!抜けない!何これ超強力!」
千葉が必死に手を引き抜こうとする。顔を真っ赤にして全力で引っ張る。
「引っ張れ!全力で引っ張れ!」
石川と富山が千葉の腕を掴んで引っ張る。ズズズズズ...という音と共に、ようやく手が抜ける。手には生地がベッタリとついている。糸を引いている。
「うわぁ...納豆みたい...超粘る...」
「これ本当にドーナツになるの!?」
富山が半泣きになりながら叫ぶ。目に涙が浮かんでいる。
「なる!絶対なる!信じろ!」
石川が根拠のない自信で断言する。そして生地を無理やり掴み、引きちぎろうとする。しかし生地はビヨーンと伸びるだけで、なかなか切れない。
「ちぎれない!伸びる!めっちゃ伸びる!」
生地は2メートル以上伸びる。まるでスライムだ。いや、それ以上だ。
「千葉、そっち持って!富山、こっち!せーので引っ張るぞ!」
「了解!」
「もう知らない!」
三人がかりで生地を引っ張る。グイグイグイ!全力だ。筋肉が軋む。
ブチッ!
ようやく生地がちぎれる。しかし勢いあまって、三人とも尻餅をつく。
「いっ...!」
「痛い!」
「ケツが...」
起き上がると、手には巨大な生地の塊がある。直径40センチはある。もはやドーナツどころではない。
「とりあえず丸めて、穴開けよう!」
必死に生地をこねる。しかし粘りが強すぎて、形が定まらない。押しても、引っ張っても、ビヨーンと戻ってくる。
「無理だよこれ!形にならない!」
「諦めるな!絶対できる!」
十分近く格闘して、ようやく何とか丸い形にする。そして真ん中に穴を開ける。指をグイッと突っ込む。
プシュゥゥ!
穴は開いたが、生地の弾力で徐々に閉じていく。まるで生き物だ。
「閉じてくぞ!?」
「もっと大きく開けて!早く!」
三人で必死に穴を広げる。指を突っ込み、グルグルと回す。生地がビヨーンと伸びる。汗が滝のように流れる。
「よし!これでドーナツの形になった!...多分!」
何とか形を整えたドーナツ(?)を、石川が大きな鍋に入れた油の中に投入する。
ジュワァァァァァァァ!
激しい音を立てて、油が跳ねる。熱気が顔に当たる。
「うおぉぉ!揚がってる揚がってる!」
千葉が興奮して叫ぶ。スマホで動画を撮影している。手が震えている。
するとその時。
ボコボコボコ...
ドーナツがさらに膨らみ始めた。油の中で、まるで風船のように膨張していく。
「え?まだ膨らむの!?嘘でしょ!?」
富山が目を見開く。信じられないという表情だ。
ボコボコボコボコ!
ドーナツはみるみる巨大化していく。鍋いっぱいに広がり、今にも溢れ出しそうだ。表面が黄金色に色づいていく。
「ちょ、ちょっと!これ鍋から出る!溢れる!」
「大丈夫!もうすぐ固まるはず!多分!」
石川が楽観的に言う。しかし、その表情には明らかな焦りが見える。目が泳ぎまくっている。
ボコボコボコボコボコ!
ドーナツはついに鍋の縁を超えた。黄金色に揚がった生地が、まるで溶岩のように溢れ出してくる。ドロドロと流れ出す。
「うわぁぁぁ!溢れた溢れた!火消して火消して!」
「わ、わかった!」
三人が慌てふためく。バーナーの火を消し、何とか溢れ出すのを食い止める。その場は混乱状態だ。
「何やってるんですかぁ!?大丈夫ですかぁ!?」
隣のサイトのキャンパーが心配して駆けつけてくる。中年の男性だ。
「だ、大丈夫です!ちょっとドーナツが膨らみすぎただけで...」
富山が冷や汗を流しながら答える。顔が引きつっている。
「ドーナツ...?あれが...?」
男性が鍋を見て、目を丸くする。そこには、もはや何なのか分からない巨大な物体がある。
数分後。
鍋からはみ出したドーナツが、ようやく形を保ち始めた。それはもはやドーナツではなく、巨大なシフォンケーキのような、いや、UFOのような形をしていた。直径60センチはある。厚みも20センチはある。
「...これ、ドーナツ?」
富山が呆然と呟く。言葉を失っている。魂が抜けている。
「ドーナツだよ!穴も空いてるし!ほら!」
石川が強引に主張する。確かに真ん中に穴は空いている。しかし、それ以外の要素は完全にカオスだ。常識を超越している。
「まぁとりあえず、バター醤油とエスプレッソクリームかけようぜ!」
石川が先ほど作ったバター醤油タレを、巨大ドーナツの上からドバドバとかける。まるで豪雨のように。
ジュゥゥゥゥ!
香ばしい香りが一気に広がる。そしてエスプレッソクリームもタップリとかける。茶色いクリームがトロトロと流れる。
その匂いに釣られて、周囲のキャンパーたちがゾロゾロと集まってきた。まるでゾンビの群れのように。みんな鼻をクンクンさせている。
「あの...何作ってるんですか?」
若いカップルキャンパーが恐る恐る声をかけてくる。女性の方が興味津々な表情だ。
「ドーナツだよ!バター醤油とエスプレッソクリーム味の!」
石川が満面の笑みで答える。誇らしげに胸を張っている。
「ドーナツ...?」
カップルが顔を見合わせる。困惑の表情だ。
「食べてみるか!?超ふわふわだぞ!酵母百倍だからな!」
「ひゃ、百倍!?」
「遠慮すんなって!ほらほら!」
石川が巨大ドーナツを豪快に手でちぎって、カップルに差し出す。ブチブチと音を立てて、生地がちぎれる。ちぎった断面からは湯気が立ち上る。そして気泡がすごい。スポンジのように無数の穴が空いている。
「あ、ありがとうございます...」
カップルが恐る恐る受け取る。そして一口かじる。
モグモグ...
「...!」
二人の目が見開かれる。そして次の瞬間。
「うわ!めっちゃフワフワ!何これ!?」
「バター醤油が...エスプレッソクリームと...合う!?」
「気泡はんぱねえ!口の中で溶ける!」
カップルが興奮して叫ぶ。そしてガツガツと食べ始める。もう止まらない。
「だろぉぉぉ!?俺達のキャンプはグレートだろぉ!?」
石川が両手を広げて勝利宣言する。その姿はまるで救世主だ。
その様子を見て、他のキャンパーたちも次々と近づいてくる。
「私たちにも一つもらえますか!?」
「僕も!」
「うちの子供たちにも!」
あっという間に20人以上のキャンパーが集まってくる。みんな興味津々な表情だ。
「よっしゃ!みんなに配るぞぉぉぉ!」
石川が次々とドーナツをちぎって配り始める。千葉も手伝う。二人とも嬉しそうだ。
「はい!どうぞ!」
「ありがとうございます!」
キャンパーたちが一口食べると...
「うっま!何これ超うまい!」
「ふわっふわ!雲みたい!」
「この気泡!エアリーすぎる!」
「バター醤油とエスプレッソって...天才か!?」
「甘じょっぱくて苦くて...混乱するけど美味い!」
次々と歓声が上がる。みんなガツガツと食べている。もう止まらない。手が止まらない。
「おかわりください!」
「私も!」
すでに二個目、三個目を食べている人もいる。
「ちょっと待った!これカロリーヤバくない!?」
一人の女性キャンパーが叫ぶ。しかし手は止まらない。モグモグと食べ続けている。
「背徳のカロリーだが止まらない!」
「明日は筋トレするしかない!ジム行く!絶対行く!」
「今日のカロリーは明日の自分が何とかする!」
みんな罪悪感を口にしながらも、完全に止まらない。中毒性がある。
「ねぇねぇ、うちの子供にも一つもらえます?」
ファミリーキャンパーのお母さんが近づいてくる。小学生くらいの男の子が母親の後ろから顔を覗かせている。目をキラキラさせて、巨大ドーナツを見つめている。
「もちろん!子供は未来の希望だからな!」
石川が意味不明なことを言いながら、ドーナツをちぎって渡す。子供が嬉しそうにかぶりつく。
「おいしい!ママ、おいしいよ!ふわっふわだよ!」
「本当だ!これすごい...何この食感!空気食べてるみたい!」
お母さんも驚いた表情で食べている。モグモグと咀嚼しながら、何度も頷いている。そして気づくと二個目に手が伸びている。
「富山、これマジで美味いぞ!」
千葉が既に五切れ目を頬張っている。口の周りがバター醤油とエスプレッソクリームでドロドロだ。完全に子供の食べ方だ。幸せそうな表情だ。
「ちょ、千葉、食べすぎ...」
富山が呆れた表情で見ている。しかし、その手には彼女もドーナツを持っている。恐る恐る一口食べると...
「...あれ?意外と...美味しい?というか...超美味しい!?」
目を見開く。予想外の美味しさに、思わず二口目を食べてしまう。そして三口目。止まらない。
「だろ!?富山も認めたぁぁぁ!」
石川が富山の肩を抱く。富山は慌てて逃げようとするが、石川の腕力に負けて捕まったままだ。
「ちょ、やめてよ!みんな見てるから!」
顔を真っ赤にして抗議する。しかし周りのキャンパーたちは、ドーナツに夢中で誰も見ていない。みんなモグモグと幸せそうに食べている。
「でもさ石川、これ一個しか作れてないよね?もう半分以上なくなってるよ?」
千葉がふと気づいて言う。周りを見渡すと、既に30人近くのキャンパーが集まっている。そして巨大ドーナツは、もう三分の二が無くなっている。みんなの食欲がすごい。
「やっべ!材料まだあったよな!?」
石川が慌ててクーラーボックスを確認する。ガサゴソと中を漁る。その動きは必死だ。汗が噴き出している。
「あるある!まだ粉も3キロあるぞ!イーストも半分残ってる!」
「じゃあもっと作ろうぜ!今度は小さく作って、みんなに配りまくろう!量産だ量産!」
千葉が提案する。目がさらにキラキラ輝いている。完全にハイテンションだ。
「おぉ!いいねぇ!じゃあ量産体制に入るぞぉぉぉ!工場長モードだ!」
石川が拳を突き上げる。その姿はまるで革命家のようだ。
「ちょ、ちょっと待って...また作るの...?」
富山が制止しようとする。しかし声に力がない。諦めの色が濃い。
「当たり前だろ!みんなこんなに喜んでるんだぜ!?」
石川が周囲を指差す。確かに、キャンパーたちはみんな笑顔だ。幸せそうだ。ドーナツを食べながら、笑い合っている。
「おかわりまだですか!?」
「早く!早く!」
「子供がもっと欲しいって!」
キャンパーたちが催促してくる。みんな目がギラギラしている。完全に中毒だ。
「ほらな!大人気だろ!?」
「...はいはい」
富山が諦めた表情で頷く。もう何が起きても驚かない悟りの境地に達している。
「よっしゃ!第二弾いくぞぉぉぉ!」
石川と千葉が再び生地作りに取りかかる。ボウルに粉をザザザと入れる。白い粉塵が再び舞い上がる。
「今度は小さめに作るから、イーストは...300グラムくらいでいいか!」
「それでも多いよ!?」
富山がツッコむ。しかしもう本気で止める気はない。疲れている。
ザザザ、ドサドサ、ジャバジャバ。
材料がどんどん投入される。そして再び生地ができる。今度の生地もやはり粘り気がすごい。糸を引く。
「よし!これを30分発酵させて...」
ラップをかけて、テーブルの端に置く。そしてタイマーをセットする。
「その間に第一弾の残りを配るぞ!」
「はーい!」
残りのドーナツを次々と配る。キャンパーたちが群がる。まるでセールの初日だ。
「ありがとうございます!」
「美味しい!」
「気泡がすごい!」
「この背徳感がたまらない!」
みんな口々に感想を言う。そして止まらずに食べ続ける。
「あの...これ、作り方教えてもらえますか?」
一人の男性キャンパーが聞いてくる。メモ帳を持っている。
「おぉ!いいぜ!えーっとな、まず強力粉を適当に入れて...」
「適当!?」
「そう!適当!フィーリングが大事!そしてイーストを通常の百倍くらい...」
「百倍!?無理無理!」
「大丈夫大丈夫!やればできる!」
石川が熱く語る。男性は困惑した表情でメモを取っている。
30分後。
「よし!第二弾の生地チェックだ!」
石川がラップを外す。
プシュゥゥゥ!
今度もラップがパンパンだ。そして生地が溢れんばかりに膨らんでいる。
「また膨らんでる!」
「よし!今度は小さく成形するぞ!みんな手伝ってくれ!」
石川が周囲のキャンパーたちに声をかける。
「いいんですか!?」
「もちろん!みんなでやれば楽しいだろ!?」
「やります!」
「僕も!」
「私も手伝います!」
あっという間に10人以上が集まってくる。みんなワクワクした表情だ。
「じゃあこの生地を小さくちぎって、丸めて、穴開けて!」
「了解!」
みんなで生地と格闘する。しかし生地の粘り気がすごい。
「うわ!めっちゃ粘る!」
「抜けない!」
「引っ張って!」
「うおぉぉぉ!」
キャンプ場がカオスになる。あちこちで叫び声が響く。みんな生地まみれだ。
「これ楽しい!」
「変な感触!」
「スライムみたい!」
子供たちも大喜びだ。生地で遊んでいる。
「ほらほら!遊んでないで成形して!」
石川が指示を出す。まるで現場監督だ。
みんなで必死に生地を丸める。ビヨーンと伸びる生地と格闘する。汗だくになりながら、何とか小さなドーナツの形を作っていく。
「できた!」
「これもできた!」
「穴が閉じる!」
「早く揚げて!」
次々とドーナツが完成していく。大小様々、形もバラバラだ。しかしそれが手作り感があっていい。
「よっしゃ!揚げるぞぉぉぉ!」
石川が大きな鍋を二つ用意する。油をたっぷり入れて、バーナーで熱する。
ジュワァァァ!
次々とドーナツが投入される。油の中でプクプクと膨らんでいく。
「わぁ!膨らんでる!」
「すごい!」
みんなが鍋を囲んで見守る。まるで花火を見ているような表情だ。
数分後。
「できたぁぁぁ!」
黄金色に揚がったドーナツが次々と完成する。30個以上ある。湯気が立ち上り、いい匂いがする。
「バター醤油かけるぞ!」
ジュゥゥゥ!
「エスプレッソクリームも!」
トロォォォ!
ドーナツに味付けが施される。香ばしい匂いとほろ苦い香りが混ざり合う。
「いっただっきまーす!」
みんなが一斉にドーナツに手を伸ばす。そして頬張る。
「うっま!」
「ふわっふわ!」
「気泡がやばい!」
「背徳のカロリーだが止まらない!」
「明日は筋トレするしかない!ジム三時間コースだ!」
「いや、今日のカロリーは見なかったことにしよう!」
みんなが口々に叫ぶ。そしてガツガツと食べ続ける。止まらない。本当に止まらない。
「おかわり!」
「まだある!?」
「もっと食べたい!」
あっという間に30個のドーナツが完食される。みんなの食欲が恐ろしい。
「すげぇ...あっという間だった...」
石川が呆然とする。千葉も口をポカンと開けている。
「もっと作りましょうよ!」
「そうだそうだ!」
「材料あるんでしょ!?」
キャンパーたちが催促する。目がギラギラしている。もはや暴徒だ。
「わ、わかった!もう一回作る!」
石川が慌てて宣言する。そして再び生地作りが始まる。
もうキャンプ場全体がドーナツ祭りだ。あちこちで生地をこねる音、油で揚げる音、歓声が響く。カオスだ。完全にカオスだ。しかし楽しい。みんな笑顔だ。
「富山ー!お前も手伝えよー!」
「もう...しょうがないなぁ...」
富山も諦めて参加する。生地をこねながら、微笑んでいる。実は楽しくなってきている。
夕方まで、ドーナツ作りは続いた。合計で100個以上作ったかもしれない。キャンプ場のほぼ全員が参加した。みんなドーナツまみれだ。しかし満足そうだ。
「いやー!最高のキャンプだったなぁ!」
石川が満足そうに言う。夕日を背に、ドヤ顔だ。
「まぁ...確かに楽しかったかも...」
富山が小声で認める。顔は疲れているが、笑っている。
「最高でした!また次回も期待してます!」
千葉がハイテンションで言う。もう次回を楽しみにしている。
周りのキャンパーたちも、みんな笑顔で帰っていく。
「ありがとうございました!」
「楽しかったです!」
「また来ますね!」
みんなが手を振っている。
「おう!また来いよぉぉぉ!」
石川が大きく手を振り返す。
こうして、俺達のグレートなキャンプ180は幕を閉じた。酵母たっぷりのふわふわドーナツは、キャンプ場の伝説となった。
そして翌日、石川たちは全員筋肉痛だった。生地と格闘しすぎたのだ。
「痛ぇ...」
「腕が上がらない...」
「明日から筋トレって言ったのに...」
三人は呻きながら、次のキャンプの計画を立て始めるのだった。
「次は何作る?」
「そうだなぁ...今度は...」
石川の目がまたギラリと光る。
富山は、嫌な予感を覚えながらも、もう止める気力はなかった。
グレートなキャンプは、これからも続く。
『俺達のグレートなキャンプ180 酵母超たっぷり!ふわふわドーナツ作るか』 海山純平 @umiyama117
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