好きなことで、生きていった人間の末路

つばさ

憧れの人との対話

僕は撮った動画の編集、加工、脚色を数時間かけて済ませると、それをサイトにアップロードした。


「...ふぅ」

椅子にもたれかかり、ため息をついて水道の水を飲む。会社帰りの合間として動画を取りはじめ、撮った動画の編集というルーティーンをするのも始めてから3年以上が経過した。



僕の動画配信者としての影響元は、ヒノキというカリスマ配信者である。

芸能人顔負けのルックス、トーク力、オールラウンダーともいえる器用万能さも相まって、それまで日の目が当たることがなかった後発組の希望として祀り上げられた。彼の活躍の場は動画内にとどまらず、地上波のテレビにも出るようになったという。


しかし、彼は突如として引退し、チャンネルも動画も全て消して行方をくらました。彼の失踪は一時期世の中を騒然とさせたが、それも時とともに沈静化していった。


「一体何があったんだ...?」


僕としては、動画配信のスタイルを大きく受けているだけに、彼が行方をくらまし、世の中が新たな話題に移ってからもずっと引っかかっていた。



だが、彼とは意外なところで出くわすことになった。



僕はSNSのダイレクトメッセージを見ると、差出人不明の人から

「元人気動画配信者です。今度の土曜の夜、バーで話がしたいです」

というメッセージがあった。


僕にとっては怪しすぎったらありゃしないが、落ちぶれた有名人でも会って話が出来れば人生のネタの一つになるだろうと思い、返事をした結果、あれよあれよと日時も場所も決まって会うことになった。



土曜日、夜。

「バー・ウエスタン」という東京の一等地とは程遠い場所にあるバーで彼を待つことになった。名前通り西部劇のような装飾が特徴だ。

「お客様、ご注文は?」

マスターから声がかかったが、あいにくアルコールは苦手だった。その上バーという雰囲気にも慣れてなかったため、半ばパニック状態だった僕は

「お、オレンジジュースで」

という、上ずった情けない声で注文した。

バーでオレンジジュースなんて...と思っていたが、意外にも入れてくれたのでおずおずと飲み始めた。



「う、美味い」

僕は緊張が解けたあまりそう声を漏らした。


「私のバーにはソフトドリンク目当てで来る方も多いので、そちらにも力を入れてるんですよ」

「それで採算取れてるんですかね...」

つい突っ込んでしまった。



マスターと他愛もない話をしていると、来客があった。驚いたことにその来客は本当にヒノキ本人だった。

「お、日野君。久しぶりだね」

「マスターこそ。元気にやってそうで何よりです」

「そうでもないさ。いつまで続けられるかなあ」

そこからはヒノキとマスターの他愛もない話が繰り広げられ、僕は置いてきぼりになった。



やがて話が落ち着いたところで、僕は話を切り出した。

「ヒノキさん、僕を呼び出したのは本当に貴方だったんですか?」

「ああ、そうだよ。あと、引退した今は日野って呼んでくれて構わないさ」

「そんなことできませんよ。僕にとってはいつまでもあの日のヒノキさんですから」

「そっかー。嬉しいような緊張するような」

ヒノキさんはあの頃のような軽いノリで僕とやりとりをしていた。まるで仲の良い子供同士のそれみたいに。

数分ほどその話が続き、学生時代の昔話に花を咲かせるような時間だった。



しかし、それは突如として終わりを告げた。彼の目つきが変わったのだ。

「そろそろ本題に入ろうか。何故オレが突如として姿を消したのかを。何故わざわざ君を呼び出したのかを」

「...」

「君は「好きなことで、生きていく」。この言葉を聞いたことがあるか?」

「...あります。昔の動画投稿者がそんなことを言ってました」

僕はそう返した。何故そんなことを聞くのかは分からなかったが。


「オレは仕事のほうではそれを信じていなかった。もちろん動画の活動でもだ。動画の加工や編集が楽しいなら別だが」

「それは...僕も同じ考えです」


「じゃあ、趣味だったら君はどう思う?」

「きっと続くと思います」

「そっか。まあほとんどの人はそう思うだろうな」

「...何が言いたいんです?」

「オレは違うと思う、ってこと。文字の羅列だと簡単そうに思えるけど、思った以上に辛い。オレはそう思うんだ」

彼は、苦渋に満ちた顔を浮かべていた。


「どうして、そう思うんですか?」

「それをしようとすれば金や体力、気力が要る。出来たとしてもバカにするやつは一定数いるし、続けていきたいって思うなら車の維持費みたいに資源を食う」


「...」

僕は彼の言ってることはだいたい分かる。たとえ趣味であっても、体験するには相応の金、体力、気力を要する。それらを代償にしてでもやる価値があるのかどうか。

やったとしても、その挑戦を褒めてくれる人ばかりではなく、非難する人はいるし、続けていきたいとなれば金、体力、気力をその都度消耗していくことになる。



彼の言いたいことはそういうことで、その上で「やる覚悟はあるのか」と言いたいのかもしれない。



だが、それを伝えるためだけに僕を呼び出したのは不可解だし、僕じゃなくても良かったはずだ。

「君を呼び出したことについても伝えないといけないな...君は、昔のオレにそっくりなんだ」

「え?」

相変わらず彼の言うことは一瞬では分からない。

「純粋に好きなことで動画活動をしているところとかが、ね」

ヒノキさんは調子軽めで言ったのだが、そこには凄まじい意味が込められていた。「あの...今とんでもないこと言いませんでしたか?」

「え?」

ヒノキさんはよく分からないという顔をしていた。

「さっき言ったことを解説しますよ!遠回しに「オレは、君の動画を見ている」って言ったんですよ、貴方は!」

「ああ。それがどうかした?」

「いや投稿者としては嬉しいんですけどね、他の人の凄い動画もあるでしょう!普通そっちを見るじゃないですか!」

僕は興奮したあまり、投稿者としては失格ともいえる言葉を放ってしまった。

「君も投稿者の端くれだろうに、そんなことを言うのは良くないよ。向上心があるのはいいことだけど」

「す、すみません...」

僕は謝った。



落ち着きを取り戻した僕達は再度話の本題に戻った。

「さっきの「昔のオレにそっくり」ってのは、純粋に好きなことで活動しているから、って言ったわけですけど、それがどうかしたんですか?」

「それが、後々君を苛むかもしれないからだよ」

「苛むって...」

「好きなことはたとえ趣味のままであっても、代償として金、体力、気力が要る。しかもその挑戦をバカにする人間もいるし、続けていくとなれば維持費もかかる。君は純粋に活動しているからと言ったけど、それは一生報われないことかもしれないし、報われるとしてもその時が来るまでに心が折れたら...それは君を一生苛むことになるかもしれない」

「それでも、ヒノキさんは報われたじゃないですか!」

「オレが報われたのは、話題になり始めた動画の内容が好きなことじゃなかったってのもあるし、運が良かったってのもある。どれだけ最良の努力をしたとして、トレンドに乗れたとして、報われないことの方が多い。先に挑戦して散っていったヤツは何人もいた。そしてタチの悪いことに、散っていったヤツにスポットライトは当たらないんだ。それからも軽い気持ちでこっちに来ては散っていくヤツを見るたびに、オレは思ったよ。散っていったヤツにもスポットライトを当ててくれよ、そしたらあいつらも辛い思いをせずに済んだんじゃないか、って」

彼は冷徹に思いを綴っていった。そんな彼の表情はさっきよりも辛そうだった。


僕は、そんな彼に何も言うことが出来なかった。



彼はさらに言葉を続ける。

「君はいつか、好きなことで活動していた自分を憎むかもしれない。

報われなかった、って。あの時何をしていたんだろうか、って。


それでも君は、好きなことで生きていくのかい?」



憧れの人に問われた僕は...


「確かに、いつかはその気持ちを抱くかもしれません。

でも、僕にはこれしかないから...これからも生きていきます。好きなことで。行けるところまで。でも行き止まりになったら、今度は別の道を探すし、いっそ撤退するのも」

震えながらも、そう返した。



「...そっか。それが君の覚悟か」

ヒノキさんは、悲しげな笑みとともにそう言った。

「もう少し早く、君のようなヤツに出会っていたら、オレの未来も変わっていたのかな...」

「そんなこと言わないで、今からでもまたやりましょうよ」

「いや、もうやらないって決めたんだ。あとは任せたよ」

「何言ってるんですか、動画投稿者としてのノウハウがあるでしょうに。それを腐らせるなんてもったいないです」

「...君もしつこいな。仕方ない、乗ってやる」



僕達はお代を置くとバーを後にした。入った時は夜だったのに、空は青みがかっている。夜明けが始まっていた。


「さーて、今日も動画作りに励むとしますか!」

僕はそう叫び、意気揚々と帰宅していった。



その後、無事に帰宅したは良いものの、徹夜の疲れでそのまま眠ってしまったのは、また別の話である。


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