第10話 ぼうや。今週もお疲れ様、です
「おい全体!! 動きが悪いぞ!! いつまで新人マネージャーの入部に引っ張られてやがるんだ!!」
テニスコートには今日も鬼顧問が怒号を鳴らす。追ってテニス部員たちが掛け声を発しながら、テニスボールを強打する破裂音が木霊させる。我が市立百合籠高校の日常風景だ。
その中心で俺は人一倍練習し、人一倍声を出し、人一倍部員達の面倒を見なければならない。タオルでも拭いきれない程に汗だくになりながらも手拍子をする理由は部長だからだ。
「赤古ぉ! 部を引き締めろ!! 田中や佐藤がサボってんだろ!!」
そして名指しで三間森先生から雷を喰らう。疲労困憊の体にこれが一番つらい。
でも1年の田中と佐藤の動きが悪いのは確かだ。さっきから積極的に球拾いに行かない。最近は伸び悩み、モチベーションが下がっているように見える。スランプから脱却できるよう、あとで声を掛けてやるか。
にしても三間森先生のドスのような罵声がジンジンと心に響いて痛い。
こちとら猛練習しながら部長やってんだぞ。
もうちょっと手加減してくれてもいいだろう。いい加減泣きそうだ……。
「ボトル補充しました」
と福路さんと共に部員達のボトルを抱えてきた真理がコートに入って来た。
……あのボトルと入れ替わりたい。この疲れ切った心を抱きしめて、ヨシヨシしてもらいたい。
と、そんな風に自省しながらも今の『妖精』たる鉄仮面ではなく、家でエプロンを纏った『ママ』の事で頭がいっぱいになりかけた頃。
「――三間森先生。少し言い過ぎではありませんか?」
まるで父親を諫める母親のように、三間森先生の前に腕組をしながら福路さんが飛び出したのだった。
「部員達は皆頑張っていると思います。特に赤古君は部員達の一挙手一投足に注意を払って適切な指導をしていますわ。なのにここまで赤古君に言わなくても!」
しん、とコートが静まり返った。部員達が皆凍り付いた顔で三間森先生と福路さんを見守っている。架空の妹にしか興味のない誉でさえ口をあんぐり開ける程だ。
はっきり言うが三間森先生は怖い。時折ヤクザと見間違うほど怖い。かつて超面倒くさい
しかしその怖さを自覚している筈なのに福路さんは一歩も引く気配が見えない。それどころか俺に寄り添ってこっそりと、
「大丈夫、ママは隆司くんの味方ですからね」
と脳が微睡むヒーリングボイスを耳朶から注ぐぐらいだ。
……決して創られたものではない、ありのままの自然音声。
「マ……」
間一髪! なんとか口を閉ざす。
危ない、ニュートラルに飛び出す聖母っぷりで情緒が壊れそうになった。
「いいや部員達はまだできる。赤古もまだできる。ここで手を抜いたら後悔するのはこいつらだ」
かといって三間森先生も譲歩は一切ない。しかし果敢に意見する聖母の後姿に、俺達一同は胸を打たれる。ただ可愛いだけでなく、心からテニス部の事を想っている。
……なんで急にテニス部の母親みたいになったのかは分からんけど。
「真理?」
福路さんに注目して誰も気づいていなかったが、真理のあんなもどかしそうな表情、初めて見た。
◇◆
実は帰るのは部長が一番遅い。理由は三間森先生やコーチたちと遅くまで
実のところ、真理もそんな俺を見兼ねて残る(あくまで『妖精』として)と言ってくれたこともある。だがはっきり言って真理をそんな夜遅くまで外出させたくないし、何より周りに一緒に住んでいる事を悟られたくない。だから部活終了後は真理を無理矢理直帰させている。
しかし今日はいつもと違い過ぎる波乱の日だった……。
福路さん、初日とは思えないマネージャーっぷりだった。あれからも三間森先生がやり過ぎたと思えば部員達を守るように苦言を呈し(が、そこで手を緩めないのが三間森先生の凄いところではある)、ボトルやタオルなど部員達に必要なものを手心込めて準備してくれていた。
どこか事務的に熟す真理が隣にいるせいか、福路さんのホスピタリティが際立っていた。しかもタイプ的に真反対だし。小学生でも通じる様な真理と違って、高校生モデルみたいな体つきしているし。
結果マネージャーどころか、ついには『聖母』とまで崇められやがった。
と、俺は部室で一人横になる。色々ありすぎて疲れた。
着替え終わったはいいが、ベンチから起き上がれない。
横になったまま天井を見上げ続ける。なんというか身体が重い……。
「隆司くん。こんな所で寝てると、風邪ひいちゃいますよ」
とそっと丁度よくひんやりしたタオルが、俺の額に乗せられた。けれども優しい声は俺を温めてくれた。
「えっ、福路さん!?」
思わずタオルを落とした。
帰ったと思っていた聖母こと福路さんが、ベンチに突っ伏しながら緩慢な笑顔で俺の事を見つめていた。
超至近距離で。
「部長さん。お疲れ様、疲れが取れるまで絵本読んであげましょうか?」
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