第6話 ママの目はごまかせない
委員会が長引いちまった。誉はちゃんと副部長やれているだろうか。三間森先生の青筋を増やしてないだろうか。
人に任せるってのはこうも不安になるもんだな、と中間管理職みたいな悲哀を感じながら荷物を取りに行くため、一旦教室に戻った。既に放課後でありクラスには誰もいない。
……と、思ったらベランダに誰かがいる。涼風でクリーム色の煌めきが優しく揺れている。柔らかな髪質の下、白い花のように清楚な面立ちが俺の方へ振り返る。
福路さんだ。ベランダから黄昏る趣味なんてあったんだ。と思ったのも束の間、ほとほと困ったと言わんばかりにキョロキョロと見渡していた。
「どうしたんだ?」
「あっ、赤古君。な、なんでもないよ」
どう見てもなんかある。
ベランダに出ると、向こう側に反射光が見えた。
「あれ、福路さんが良く鞄に付けてたキーホルダーだよな」
某テーマパークにありそうな猫耳付けたゆるキャラ風のキーホルダーがうまい具合に引っ掛かっていた。
彼女があそこに投げる理由がない。あの一軍女子の嫉妬がこんなバカなことをしたに違いない。女子同士の諍いって奴か、面倒くさそうだ。
「あー、あそこに引っかかっちゃったら仕方ないですよね。赤古君行こ、ねえ、行こう?」
で、当の福路さんも『女子が男子に試す理不尽な試練』なんて捻じ曲がった様子は微塵も見せずに、俺に介入させないよう気を遣って離れようとしている。地元でも名家なお嬢様とは聞いていたが、実際に話してみると確かに雰囲気は滲み出ている気もする。
しかし彼女の目が追っているのは、塗装が剥げたキーホルダーだ。お嬢様には相応しくない。なのに後生大事に付けていたって事は、結構大事な代物っぽいな。それなら。
「よっと」
手摺を乗り越え木へ飛び移った。やってみると案外近いもんだな。
昔よく真理と遊んでた頃、木登りってやったなぁ。
「ちょ、ちょっと赤古君!? 危ないですよ」
「ヘーキヘーキ、それより大事なストラップなんだろ? キャッチしてくれ」
ほい、とストラップを福路さんへ投げた直後だった。
足元でペキ、と簡素な音が響いた。
なんだろう。俺は下を見る。
足場にしていた枝が折れたのか。大した事ねえや。
――いや大した事あるわっ!!
「おわあああっ!!」
「赤古君!?」
当然の自由落下に見舞われた。やばい、と言った時には既に着地し終えていた。意外と木の上ってのは高さが無いもんだ。
「やばい部活の時間が。三間森先生に殺される! じゃあまた明日!」
とベランダから心配そうに顔を覗かせる福路さんに手を振りながら、三間森先生の怒髪天を少しでも減らす為俺は全力疾走でテニスコートに向かうのだった。
……少し足痛ぇ。着地した時ちょっと捻ったかも。
◆◇
「赤古先輩。三間森先生が委員会にしては遅いと言っていました」
テニスコートの直前で真理とすれ違う。
「ワリワリ、委員会が長引いちゃって。誉は上手くまとめられているか?」
という質問はテニスコートから怒号となって帰ってきた。『やる気がないなら』云々まで引き出されちまってる。こりゃ誉、相当チームをまとめ切れていないな。
ここから挽回しなければ次のオフもミーティングで埋まりそうな気がする。それだけは避けなければとテニスコートへ向かった時だった。
「ママの目はごまかせません」
と、周囲を一瞥して誰もいない事を確認してから袖を掴まれた。テニス部の『妖精』ではなく、俺の『ママ』に。
「……真理?」
テニス部マネージャー兼妖精のクールな目つきはどこにもなかった。代わりに心配と若干の怒気を孕んで頬が膨らんでいた。
「足。どうしたの?」
「別に大したことは……」
「捻ってるでしょ。それに所々に葉っぱや木で擦った様な傷もある。さっきまで木登りしてたの?」
「マジか。真理はごまかせないな」
「だから言ったでしょ。ママの目はごまかせません」
「でもこれぐらいやれるって」
「駄目です。それで重傷化しちゃったらママは哀しいんだから」
腰に手を当て怒っているポーズ。周りには誰もいない事を確認するくらいの冷静さはあるのだろうけど、学校で『ママ』になるのは本当に珍しい。それは即ち真理が本音で俺のことを心配しているということだ。
流石にこんな顔をした真理を退かして行くのは忍びない。かといって部長の責務を果たさないとテニス部が回らない……という俺の苦悩もお見通しのようで、こんな提案をしてきた。
「三間森先生に言ってくる。隆司ちゃんが怪我しているから、先に保健室行かせています、って」
「いや、それくらい自分で……」
「いつも三間森先生から酷い事言われて辛いでしょ。こういう時は、ママが話してあげます。そうしたら保健室一緒に行こ。今日保健室の先生休みだから、ママが診てあげる」
すると一目散に三間森先生の所へ行き出し、『妖精』として終始冷静なコミュニケーションをした結果、すんなり保健室に行く許可が取れたらしい。こちらに戻って来た真理はほんの少し嬉しそうに顔を緩ませ、俺を連れて保健室に行くのだった。
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